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    fgo_sawara

    @fgo_sawara
    小説あげるマン

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    (おげんこう)

    本にしたいケイぐだちゃんや 大理石を血でなぞり、始めに引いた赤い線と繋げる。寸分の狂いもない魔法陣が淡い光を帯びたことに、成功を悟った。
     愛する人の亡骸を抱いたまま、悪魔の救いを待ち続ける。やがて現れた黒い靄が、自らの願いを叶える者だと理解した。
    「……願いは」
     何度も繰り返したやり取りなのか、気怠げだ。私の腕の中で眠る少女をちらりと見た……ような気がする。つられるように彼女へ視線を向けた。
     かつて薔薇色だった頬は青白く、ピンク色の唇も色を失っている。防腐魔法を何度もかけてどうにか持ち堪えているが、限界が近いとわかっていた。
     見つめていると、いつの間にか伸びた自分の髪の毛が少女に縋る。顔を上げるなり、靄はため息を漏らした。
    「もういい、わかった」
     ありふれた願いなのだろう。全てを察したとでも言うように、悪魔は何事かを呟いた。すると、抱き締めていた肢体が少しずつ熱を帯びる。頬は赤く、唇も潤いを取り戻し、小さな心音が聞こえ始めた。
     歓喜、驚愕、胸が震えるほどの愛おしさに表情が歪む。柔らかな感触を取り戻した体を掻き抱いて、小さな嗚咽を漏らした。
    「……お前にへばりついて離れない魂を、とっ捕まえて入れてやった。一ヶ月は幸せに暮らせるだろう」
    「一ヶ月……それまでに、何をすればこの命は定着しますか?」
     わざと口にしなかったであろう、完全な蘇生への条件を問えば、靄は考え込むように押し黙った。彼女を失って以来、あらゆる魔法を調べ尽くしたのだ。そうして辿り着いた最後の方法、知らぬことは一つもない。
    「……それは、この屋敷から出ることを能わず、自らの神秘を知ることを能わず」
     一言も聞き漏らすまいと、息すら止めて理解に励んだ。そんな私を嘲笑うように、悪魔は言葉を続ける。
    「一ヶ月を永遠にするのは容易い。ただ……もう一度心を通わせれば良いだけだ」
     拍子抜けするほど簡単なように思えるが、裏があるに違いない。そんな予測は間違いではなかったようだ。
    「こうなってから何日が経った? 何ヶ月か? 時間が経つごとに魂からは記憶が剥がれ続ける……もう何も覚えていない方がいっそ楽だろうが」
     言葉を切って、少女に視線を落としたようだ。そしてクスクスと笑う。
    「一ヶ月後、楽しみにしている」
     そう言い残し、魔法陣ごと靄は消え去った。薄暗かった部屋に灯りが灯る。まるで何もなかったかのようだ。
    「立香……」
     柔らかな頬に触れ、淡い色の唇を親指でなぞる。今はただ、彼女を取り戻せたことが嬉しくてたまらない。もう二度と手放してなるものかと、その寝顔を見つめる。
     ……彼女をこの屋敷から出してはいけない。悪魔に頼んで生き返らせた存在だと、知られてはならない。おそらく記憶は残っていないが、一ヶ月以内にその心を取り戻す。
     再び手にした温もりを見つめ、その唇に口付けた。
     
     *******
     
    「んっ……ぅう」
     いやに重たい瞼をゆっくりと開いていく。
     見慣れた天井を見つめながら、ここはどこだろうと思案した。まるで、長いこと眠っていたかのように体が重たい。
    「ふあ……ぁ、いたたっ!」
     身を起こしただけで背中がポキポキと物騒な音を立てた。寝ている間にお婆さんになってしまったのかと、ベッドサイドの姿見をずらして確認してみる。
     どうやら急激に歳をとったわけではなさそうだ。一体いつから眠っていたのだろう。ふらりとベッドを抜け出してみても、壁伝いでないと満足に歩けない。
    「あ……れ?」
     歩き出してすぐに、不思議な感触を覚えた。見れば、細い金属の輪が足首を飾っている。綺麗な装飾のもので、一見すると拘束具には見えない。それだけに、輪と繋がった細くて長い鎖は異質だった。
     力一杯引っ張れば、引きちぎれそう。何かの罰を受けている最中だったとか?
     一抹の不安を覚えながらも廊下に出て、屋敷の広さを目の当たりにする。見慣れているような、初めて見たような。
    (私の家、だっけ?)
     一人で住むのに適した大きさではない……三、四人くらいがちょうど良いだろうか。
    (誰かと住んでたのかな……)
     記憶がすっぽりと抜け落ちたみたい。このまま屋敷を見て回れば、家族に会えるだろうか。
     そんなことを考えつつ、白い寝間着のままダイニングへ向かった。美味しそうな匂いがする。きゅるる、と寂しげに腹が鳴いた。
     扉に近づくほどに、向こう側に人がいるということを確信する。不思議と胸が少しだけ苦しくなった。
     そっとドアノブを捻り、木の扉を押す。テーブルに食器を並べていた人物が振り返った。
    「……おはようございます、立香」
    「お、おはようございますっ」
     木蘭色の長い髪をキュッと一つに束ねた、綺麗な人が振り返った。体つきががっしりしていて、なんだかドキッとする。お父さん、と言うわけではなさそう。
    「……ケイローン、です」
    「あ、えっと」
     緑の瞳の男性は、黙ったままの私を見て切なく笑った。私の記憶がないことを知っているのだろうか。ほんの少しの頭痛と、胸の苦しさを覚える。
     彼の……ケイローンの引いてくれた椅子に大人しく腰掛けた。テーブルには美味しそうな朝食が並べられている。
    「さあどうぞ、空腹でしょう?」
     言われた途端、思い出したみたいに腹の虫が鳴いた。頬を赤くしつつ彼を見上げると、それはそれは愛おしげな眼差しに見つめられる。まるで、この世の何よりも大切な宝物を慈しむかのよう。
     恋人……いや、伴侶? 信用して良いのだろうか。こうして疑心を持つことさえ、彼を傷つけているかもしれないけれど……。
    「いただきますっ」
     詳しいことは後でいい。目の前の誘惑に抗えない。差し出された銀のフォークを手に取る。焼き色のついたウインナーに突き刺せば、パリッと皮が破ける音がした。そのまま口に運び、ケイローンに見守られながら咀嚼する。噛み締めるたびに、じゅわりと肉汁が滲み出た。
    「んっ……!」
     あまりの美味しさにぶるりと震えた。隣の目玉焼きにフォークを向ける。深いオレンジ色の黄身を割り、とろりと溢れ出した卵液を纏った一切れを口に入れた。ウインナーの味をまろやかにする黄身の風味がたまらない。
     思わず頬を押さえてうっとりしていると、頭上から笑い声が降ってきた。
    「はは……失礼、愛らしくて」
    「っ……!」
     一気に顔が赤くなる。頬が膨れるほどに料理を詰め込んだことが恥ずかしい。言い訳のしようもなく俯いていると、彼の指先がそっと髪の毛を払ってくれた。
     以前にも、こうしてもらったことがあるのだろうか。心地が良い。
    「……こちらもどうぞ、おかわりもあります」
    「あ、ありがとうございます……」
     おずおずと礼を言えば、彼は少しだけ寂しそうな顔をした。何もしていないのに罪悪感を覚える。不思議な感情ごと噛み砕くみたいに、バターの塗られたバゲットを齧った。
     
     *******
     
    「それで、その……教えて欲しいことが」
    「……食休みは十分ですか? 隣の部屋に柔らかいソファがあるので、休んでからでも」
    「早く、知りたいです」
     たらふく食べて満足した頃、真面目な顔を作ってケイローンを見つめる。私の口元に引っ付いたパンくずを慣れた手つきで取り払った彼は、こくりと頷いて向かいの椅子に腰掛けた。
    「さて、まずは何が知りたいのですか?」
    「とりあえず……これ、とか」
     自らの足首の輪を指差し、疑問をぶつけてみる。すると萌葱色は優しげに細められた。
    「……今の貴女に記憶がないのは、階段から落ちたことが原因です。記憶を失う前の貴女はかなりのお転婆でして、何日も目を覚まさなかったのです」
     語られた事実にあんぐりと口を開ける。そしてすぐに閉じた。口の中に食べ残しがあったらと恥ずかしくなったからだ。
    「なので、私が安心するまでは、それをつけて生活してもらいます。屋敷の中であれば自由に行き来できる長さにはなっていますので……」
    「……わかりました」
     そう言わざるを得ない。お転婆すぎて階段から転げ落ちて記憶を無くしただなんて……我ながら情けない。
     自らの失態に頭を押さえつつ、実は一番気になっていたことを口にした。
    「わっ、私たちって、その、いわゆる……恋人だったんですか?」
     記憶を失い、見慣れているようなそうじゃないような屋敷で目を覚ました。側には甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる美形の男性。関係性が気にならないわけがない。
     彼は少しだけ驚いたように目を瞬かせ、フッと笑った。
    「いいえ、夫婦です。連れ添って三年になる」
    「ふ、ふうふ! さんねん!」
     目の前の綺麗な人と、私が夫婦だなんて。恋人だったらいいな、などと淡く思い描いていただけに、我知らず口角が上がってしまいそうだ。
    「ど、どうやって出会ったの⁉︎仲良かった?」
     思わず身を乗り出せば、ケイローンはクスクスと笑った。
    「貴女が毎日、私に花をくれたのです。それが愛らしくて……結婚を申し込みました。毎晩抱き合って眠るくらいには、仲睦まじいと思いますよ」
    「まいばん……っ」
     続々と明らかになる新事実に脳が揺れる。どうやら私は相当な幸せ者だったみたい。
     熱くなる頬に手を当てつつ、無数に浮かぶ質問から一つを選んで口にした。
    「お、お仕事は何を……?」
     予想外だったらしく、ケイローンは少しぽかんとした。そしてにやりと笑みを浮かべ、人差し指を軽く振る。
    「え……」
     ふわりと浮かび上がるコーヒーカップと角砂糖。彼の方にあったそれらが、ゆっくりと私の目の前に降り立つ。角砂糖がちゃぷんちゃぷんとコーヒーの中に身を投げ、金のスプーンがくるくるとそれをかき混ぜた。
     驚きのあまり口をパクパクさせる私に、萌葱色の柔らかな眼差しが注がれる。
    「魔法使いです」
     カチン、とカトラリーが食器にぶつかる音を立てる。それと同時に、私の興奮は最高潮に達した。
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