Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    betsuno_nanika

    @betsuno_nanika

    ロクセリという鳴き声のやつです

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    betsuno_nanika

    ☆quiet follow

    ス◯バ現パロロクセリちゃんのクリスマスです。寒いですねえ。

    寒い日のコーヒー俺に信仰心は無い。故にこの日を祝う気持ちは特段無く、一緒に過ごす家族や相手も無く、いつもと変わらない日曜日としてだらだらと時間を消費するつもりだった。もしかしたら髭とメガネの白い服着たおじさんの店かコンビニでチキンを買うくらいするかもしれないな、といった程度の認識だった。

    社用のスマホがけたたましく鳴り、取引先への急な商品納入が発生したと告げられ家を飛び出したのは12月25日日曜日朝8時。日頃の出社と比較すれば遅い時間だが、前日の動画サブスクでの海外ドラマ一気見や、友人達と遅くまで通話しながらゲームをしていたのが祟り、鉛のように身体が重い。翌日休みだという解放感から好き放題して明け方就寝したところを着信音で叩き起こされる絶望感たるや。
    いつもは座る事など想像だにしない角席に座り、がらがらの電車に揺られ会社の最寄り駅の改札を出れば師走の空は鈍色で、俺の心情とシンクロした。体温を容赦なく奪う風に晒された耳は痛み、アスファルトに溜まった冷気が足の先から体内に侵入してくるようだ。今日は雪が降る、と雑につけていたテレビのお天気コーナーで言っていた気がする。

    信仰心は無いが、クリスマスに浮き足立つ空気感を楽しいと思う心根は持ち合わせている。勤め先の近くにある都立の公園に差し掛かり、園内に目を向けた。ここでは毎年12月中頃からクリスマスマーケットが開催されており、夕方から露店が開き平日でも多くの人で賑わいを見せているのを以前から会社帰りに見かけていた。それが今は灰色の空の下、人々の温かな熱気は無く夜を彩るイルミネーションも夢だったかのように消え、がらんとした物悲しい姿を晒している。その様子を目に留めると自分までが空っぽになりそうで、慌てて視線を行く先へ向けた。そこはいつも俺が朝コーヒーを買いに立ち寄るチェーン店だった。

    (・・・居るかな。)

    12月の冷たい風が吹いた心に、暖が欲しくなった。
    ここに買いに来る理由はシンプルに美味いから。2杯目が安いから。という建前もあるが、実際はその店にいる店員の女性が酷く綺麗で、姿を見るだけで癒されるからだ。名札も無いので名前も知らない相手。それが俺が今夢中になっている人だった。

    期待を胸に透明な扉を押し開け、カウンターへ歩を進める。不自然にならない程度に視線を走らせれば、思い描いていた人物の月光のように輝く髪は見当たらない。心の温度が更に下がった気がした。落胆を表に出さないようホットコーヒーを一つ頼み、片手に持って店舗を後にする。

    (・・・そうだよなあ。)

    今日はクリスマスだ。世の中には予定がある人間の方が多いのだろう。きっと、彼女だって。

    (・・・彼氏とか、いんのかな・・・。)

    あんな美人だ。周りが放っておかないだろう。こんな、何度も足を運んでいるのに声を掛けられない男なんて論外だ。急な休日出勤、前日の疲労が抜けない寝不足の身体、もぬけの殻の公園、人気の無いビジネス街、灰色の空、そして店にいない彼女。皆の楽しいクリスマス。いつもなら気にならないその一つ一つが、全てまとめて襲い掛かる。今の俺の心には重く、重くのしかかった。車も人も通らないしんとした雪雲の静けさの中、世界でたった一人になった様な孤独感に苛まれる。こんな日は己の心と対峙してはいけないと経験で知っているのだ。蓋をしろ。目を背けろ。仕事を片付けて早く帰ろう。それだけを考えて今日を乗り切ろう。そう心の中で唱え、爪先まで下がっていた視線を上げて会社へと続く道を踏み出せば、






    俺に 雪が 降ってきた。



    その雪はふわり、ふわりと白のコートを靡かせながら近づいてきて、俺の薄暗かった世界が遠ざかる。いつも暖色のランプに照らされて、優しく地上に降り注ぐオレンジがかった月光の様に見えた髪は、今は青灰色の空から薄く差す光を集めて蒼白く反射し、朝の澄んだ空気の中風に吹かれきらきらと宙に遊ぶ様はダイヤモンドダストのようで心を奪われ足が動かない。


    ただ純粋に、美しいと思った。


    お互いまで街路樹二本ほどの距離となったところで我に返る。相手がこちらに気付いたように少しだけ目を見開き、驚いた表情をしたのだ。それはそうだ自身の進む先に棒立ちの男がいたら怖いだろう。なるべく自然にすれ違えるよう彼女と反対側の道に視線を落として歩き出した。会釈ぐらいするべきだろうか、と考えたが即座に打ち消す。俺はただの数多いる中の客の一人。認知されているはずもない。クリスマスに姿を見る事が出来た。それだけで十分だ。

    すれ違うまであと10メートル。相手の表情まではっきりと分かる距離だ。しかし俺は顔を上げられない。彼女の顔に「見知らぬ人」と書かれたのを見つけ、惨めになるのだけは避けたかった。何事もなくすれ違ってほしい。強張った手のひらの中で紙のカップが少しだけ悲鳴を上げる。

    彼女が通り過ぎた。

    俺は不自然ではなかっただろうか。怖がらせはしなかっただろうか。安堵感と一抹の寂しさとが押し寄せたその時、

    「あ、あの!」

    斜め後ろから声が掛かり、驚きのあまり反射的に振り向く。

    「…おはようございます!」

    張りのある中に芯の通った声で、心の中を占めていた人が俺に呼び掛け挨拶のため頭を下げていた。

    「お、おはようございます!」

    いきなりの事に気が動転し、舌がもつれながらも辛うじて返事をする。何故俺に挨拶を?人違いか?いやもしかすると俺の事知っていてくれたのか?一度に幾つも疑問符が湧いて出た俺の表情を読んだのか、彼女はスッ、と人差し指を上げ俺の右手の中のカップを指した。

    「…それ…」

    …ああ、ああそうだよな。ちょっと期待しちゃって恥ずかしいな俺…。彼女はただ単に自分の店の商品を持っている客に挨拶をしただけなのだ。白く細い指が示す先と共に俺の視線と心が下を向く。勘違いに恥入る俺に対し、彼女は思いがけない事を聞いてきた。

    「中身はドリップコーヒーですか?」

    白のカップを指し示し、中身を問われている。
    どうやらそれ、を持っているから客だと判断した、という話ではなく、それ、は何を買ったんですか?という事だと遅まきながら理解した。

    「あ、ああそうです。普通のホットの…」
    「少し待ってください。」

    そう言いながら彼女は黒の小ぶりなショルダーバッグの中を物色し、つかつかと歩み寄り紙切れをすいと一枚差し出してきた。突然距離を詰められどきりと鼓動が大きく音を鳴らす。俯き加減で視線こそ合わないが、雪の様に白い頰に長い睫毛が影を落とす様は砂糖細工を思わせ、自分とは全く異なる繊細な造りに内心感嘆のため息を零す。反射的に受け取ってしまい、内容を確認すれば目に飛び込んできたのはコーヒー店の見慣れたマークとタンブラーのイラストだった。

    「これ、好きなドリンクと引き換えられるチケットです。クリスマス限定のドリンク、今日までですが美味しいので是非!」

    ではこれで!と頭を下げて足早に去っていく彼女を呆然と見送っていたが、はっとして背中に届けと声を掛ける。

    「ありがとう!仕事帰りに使わせてもらいます!」

    振り向きもせず野うさぎのように駆けていく白いコートを見送り、手元のチケットをコートの合わせから手を入れ、スーツの内ポケットへ大切にしまう。
    ひとつ間を置き、手元に持っていた白いカップを口元へ近づける。プラスチックの蓋の小さな飲み口を開け、一口。

    (…あったかい。)

    …なんだ。なぁんだ。今日出勤なのか。
    ふふっ、と笑いが込み上げてくる。手の中の小さなカップの温もりを感じながら足を踏み出した。今日の仕事の算段を頭の中でしながら、今なら何でも出来る気がしてくる。今日は早く上がろう。チキンを買って帰ろう。あの公園の、クリスマスマーケットを覗いてみるのもいいか。けどその前に。

    スーツの内ポケットの上から手を当てる。

    (…あったかいな。)

    ほんの僅かに紙切れのかさりとした感触が腹と指に伝わり、知らずのうちに口角が上がる。いつからか降り出していた粉雪はふわふわと舞い輝き、先程見た美しい情景を思い浮かばせた。
    ほうと一息、コーヒーで温められた呼気を吐けば白い吐息が空中を漂いすぐに霧散した。
    見上げた空は、心は、いつの間にか鈍色から白く光る銀灰色へと変わっていたのだった。






    ********************

    余談

    猛烈な勢いで仕事を終わらせ、件の店に駆け込んだ17時前。今朝の礼を伝え、ふと気になっていた疑問を投げ掛けた。

    「そういえばどうしてチケット下さったんですか?」

    すると今日初めて彼女の大きな瞳が俺の方を向く。雪空の下で見た海を凍らせたような青も良いが、暖灯に照らされた夕焼けと夜の狭間色をした瞳も美しいと思う。つまるところどちらの彼女も好きだった。
    オレンジ色のランプのせいか俺の願望か、雪のように白かった頬が赤く染まり、

    「いつもと比べて顔色が悪いようでしたので甘いもので少しでも癒されてほしいと思って…。いえっ、いつもブラックで持ち帰りされているので甘い物は苦手かもしれないとは思ったのですが…!」

    と早口で説明され、認知されているレベルではない事にようやく気付き、心臓に爆撃を落とされたので神とかサンタとか本当にいるんじゃないかと聖夜の俺にほんの少しの信仰心が生まれたのはまた別のお話。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖😍😍😍💕💴💴💴🎄🎄🎄🎄💝🎉💝💘💞😍🎅
    Let's send reactions!
    Replies from the creator