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    betsuno_nanika

    @betsuno_nanika

    ロクセリという鳴き声のやつです

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    betsuno_nanika

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    昨日のつづきだよ!ロクセリだよ!
    前編とはテンションに落差があるよ。わざとだよ。

    愛を花に載せて(後編)2月14日 20:10

    冬のキンと凍った空気が鼻から肺に流れ込み、血管が収縮する。そのまま息を数秒止めれば脳に冷えた酸素が行き渡り、火照った思考が鎮静していくのを感じた。
    膝掛けに使っていたブランケットを肩に掛け直したセリスが後ろに着いて来ているのを肩越しに確認して歩を進める。
    乾いた草原に停泊したファルコン号のがらんとした甲板には風が吹き抜けるが、それが運ぶのは以前の旅に誘われるような瑞々しい青臭い草の香りではなく、死にゆく枯れ草の断末魔のような匂いだ。一年経ったが慣れたくも無い。
    日が沈んでもなお赤黒く陰鬱な空だが、その厚い雲と塵の先に薄らと月が見え、お互いの表情が認識出来る程度には明るかった。

    「寒いな。悪い。」

    甲板の中腹まで辿り着くとくるりと向き直る。少し遅れて着いて来ていた彼女との距離は三歩程で、細い月明かりに照らされた白い顔には何か伝えたげにこちらを伺う様子が浮かんでいる。
    促すように小首を傾げてやると、

    「ロック…その、チョコレート…」

    と、今日の騒動で失われてしまった彼女の手作り菓子の件だったので、気にしていない事を伝えるべく片手を顔の前で軽く振る。

    「いや、いいんだ。」

    まだ何か言いたげだったがそれを制するように逆の手に持っていた物をセリスの前へと差し出した。

    「俺から渡したい物があって今日一日、渡せるタイミング探してた。」

    柄にも無く緊張したりしてな、と笑って見せたが向こうの不安げな様子を取り除くには至らなかった。
    リルムに話した「半分ハズレ」は、俺からセリスに渡したい物があったからだった。
    手が汗で滑り始めたのがどうにも落ち着かず箱を持つ反対側の手を頭のバンダナで拭う。
    手のひら二つ分程の長さがある木箱を開封し、相手に中身が見えるように傾けた。はっと息を呑む音が正面から聞こえたが素知らぬふりで続ける。

    「これな、いつかお前に渡したいと思ってずっと持ってた。」

    箱の中身を見つめながらぽそりと零す。

    「前にバレンタインデーについて話しただろ?」

    こくり、と頷く彼女を一瞥し、また手元の箱に視線を落とした。大切な相手にチョコレートや花束を渡して日頃の感謝を伝える行事。そう彼女に教えた。

    「けどな、俺の生まれたところではちょっと違う。」

    壊れないようにそっと中身を取り出し、木箱を艇床上に落とすと薄闇の向こうにいる彼女にすいと差し出す。

    「この先ずっと一緒にいたい奴に花を贈るんだ。」

    それはサマサで見かけた一輪の赤い薔薇だった。
    風魔法を応用して乾燥させた花に職人が加工を施して長期保存を可能としたものだと言う。
    その繊細な美しさと人を惹きつける鮮烈さ、そして儚さが似ていると思った。他ならぬ彼女に。


    「だからこの花、一本だけど滅茶苦茶重いぜ?」

    右手の親指と人差し指で取り上げた花は一見生花と見紛うがそれと比べれば軽く、風が吹けば攫われてしまいそうだ。しかししっかりと存在を主張する鮮やかな姿は、誰をも魅了する月明かりの下の彼女にやはり良く似ていた。
    一歩、彼女の方へと踏み出した。お互いが手を伸ばせば触れそうな距離だ。

    「どうする?」

    努めて軽く受け取ってもらえるよう笑おうとしたが失敗して表情筋が引き攣れたのを感じ、内心焦る。こんな事は初めてだ。あの日以来、帝国に弓引き汚れ仕事も厭わずに生きてきた。生き抜く為にどんな時でも表情というものは完全に自身の制御下にあったのに。ともすれば泣きそうな顔に見えるかもしれない。

    受け取ってくれ。断ってくれ。

    受け入れて欲しいくせに突き放す様な、試す様な言い方をする。他人事の様にそう思った。レイチェルが過去から解き放ってくれたというのに未だに俺の足元は時折、底無し沼に沈んでいく感覚がある。そこに一緒に沈んでほしい。いや俺を置いて出来るだけ遠くへ逃げてほしい。どちらも本当の気持ちだ。それをセリスに選ばせようとしている。俺はどうしようもなく狡く臆病な奴だ。
    こんな重い呪いのような告白がこの世にあってたまるか。

    差し出した手が、もう以前の二人には戻れない恐怖に震えそうになるのを叱咤し、セリスがじっと花を見つめているのを感じながら息を詰めて待つ。
    どれくらい時間が経っただろうか。ぽつりと呟く声が闇に溶けた。

    「酷いわ。」

    その意味を脳が理解する前に全身からザッと血の気が引き、花を持つ手が重力に逆らえず落ちる。卑怯な心の内を見透かされたのではないか、と思ったのだ。
    断ってほしい、という思いは嘘じゃない。セリスには人間の欲望の泥海を泳ぎ過ぎて汚れ切った自分なんかより余程良い相手が世の中にはいるじゃないか、と考えない日は無い。

    なのに心がこんなにも悲鳴を上げるのは何でだ。

    自分自身にも嘘を付くのに慣れてしまっていた。
    リルムに話したようにもっとシンプルで良いはずなのに、捩れ合いながら海底に沈んだ網のように硬く絡まった俺の心は自分でもほどけない程になっていた。

    血の気が失せ冷えた手の先にある花を見つめる。そこには相変わらず存在を主張する赤があり、まるで俺の心から流れ出た血の様だ。
    いや違う。散々傷付けてきた彼女の血の色だ。そう気付いた瞬間この上なく悲しく苦しく、愛おしい色だと思った。
    下がっていた腕を上げ、その色に唇を寄せようとした時、


    「私が先に渡そうとしていたのに。」

    俺の心に静謐な声が届き、そちらを見遣った。
    月明かりに白くほの光る細い指先が持つ青い箱に銀色のリボンが美しいそれは。

    「…あの店のチョコレート、か…?」

    弱々しくそう呟く俺を尻目にあっという間に距離を詰め、呆気に取られている俺の空いている左手に箱を握らせる。垂れ下がって無意識の内に固く握りしめていた右手を優しくほどいて大切そうにそっと花を引き取った。

    「ありがとう。」

    「大切にするわ。」

    ずっと、ずっと。

    そう潤む声で囁き、慈しむように両手で花を包み込む。

    ああ、そうだ。

    共に沈むでもなく逃げるでもなく、海底から引き上げて息が出来る様にしてくれる。そういう奴だ。だからこそ惹かれた。


    そうだ、好きだからだ。だから一緒にいたい。こんな簡単な事が何故分からない。何故言えない。

    堪らず抱きしめる。
    突然の抱擁に彼女の肺から呼気が締め出され、俺と彼女の間に咲く花の上に溶ける。

    「俺の方こそありがとう。」

    震える声は隠せているだろうか。駄目だろうな。涙は肩のブランケットに吸ってもらう事にする。
    花を持って暫く固まっていた彼女の両手のうち、左手がそろそろと上がり、俺の肩甲骨の上にぎこちなく置かれたのが服越しに分かった。厚いジャケットに阻まれ指先の熱が伝わる訳もないのに、ああ、あったかいな。

    お互いの肩口に顔を埋めるようにして暫くそのままでいたが、小さくしゃくり上げる声が聞こえたので顔を上げると、相手も同時にこちらを見ていた。

    「…泣いてる。」
    「ロックこそ。」

    ふはっ、と二人で笑い合った。お互い涙でぐちゃぐちゃだったがどうせ月しか見ていない。
    ひとしきり笑って、先程握らされた青い箱をセリスの左手の上に乗せる。

    「で。このチョコレートは、どういう意味?」
    「わ、分かってるでしょ?!」
    「セリスの口から聞きたいなぁ。」

    今までの照れ臭い空気を霧散させる様に殊更のんびりとのたまえばキッと睨まれる。涙目でそうされても可愛いだけなのにな。
    ぐいと押し返された菓子箱を受け取る際に締まりのない顔でにやにやと顔を覗き込んだら、ふいと顔を背けてブランケット越しにぽすりと腕にパンチをされた。なんだそれ可愛い。
    流石に薄手の彼女をこのまま寒空の下に置いておけなくなってきたので、花を入れていた木箱を拾い上げ艦内へと促す様にゆっくりと歩き出す。

    「チョコレート、無駄にならなくて良かったわ。」

    面映い空気を変えたい彼女が話の舵を切る。一緒に食べましょう?と涙を拭い隣を歩き出した彼女の話す横でシュルシュルと銀のリボンを解き、青い長方形の箱を開けて一番目を引いたつるりと赤いハートのチョコートをぽいと口に運ぶ。咀嚼すればコーティングされていたチョコレートが口内でパリッ、と音を立てて崩れ、中に入っていたフランボワーズソースの酸味とチョコレートの甘みが混ざり合い、絶品だ。

    「うん、うまい。」
    「あ、それ私が一番食べたかったやつなのに…」

    甘味と酸味に口元を綻ばせていれば、恨めしげな視線と声が隣から届く。おいおい、俺にくれるんじゃなかったのか?と内心苦笑しながらセリスの細い腕を引く。

    「チョコレートの意味、さっき聞いたけどやっぱ俺から言わせて。」

    閉じ込める様に右腕を背に回し肩を抱き、吐息の届く距離まで近づいた。春空を映したような色合いの瞳が突然の事に動揺し見開かれている。
    想いは思った時に口にしなくちゃ後悔するって散々学んできたんだ。すう、と冷えた空気を吸い込み、俺が散々焦がれた、今は失われた澄んだ空を閉じ込めた輝く瞳をひたと見つめて口にする。


    「お前が好きだ。ずっと一緒にいたい。」


    伝える事の出来た言葉は、至極シンプルなものだった。ようやく、言えた。
    更に大きく開かれた目に再度水膜が張って端から零れ落ちる。
    震える珊瑚色の唇が紡ごうとした答えはチョコレートの口付けで封じた。

    応えるように回された腕と、赤い花が愛おしげにその手に握られている事こそ、彼女からのなによりの答えだと思った。





    ********************



    2月14日 20:30


    「おあついね」
    「若さ、じゃのう」

    甲板に続く階段の下。私は『長生きしろよ!』と殴り書かれた似顔絵入りのチョコレートをほくほく顔で齧るじじいと一緒になって聞き耳を立てていた。ロックの心配、もとい好奇心、ってやつ?
    「好きだー!」みたいなのが聞こえてきたからついさっきのおじいちゃんとよく言うやり取りが出ちゃった。
    セリス、良かったねえ、って思ってたら急に慌てたおじいちゃんに耳を塞がれ回れ右させられた上に「ほうら、よい子は寝る時間じゃゾイ!」って部屋に向かってぐいぐい背中を押されちゃったからよく聞こえなかったけど、多分その後も上手くやってるんだよね?

    ホワイトデーのお返し、皆は3倍、ロックは10倍でよろしくね!

    Happy Valentine!
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