Love in Fall 天気予報が外れたとき、人間はまだまだ自然に翻弄されているなと思う。
そもそも予報とは、過去の事象から導き出される推測でしかない。積み上げてきたデータがいくつあろうが、例外の想定も必要なのは承知の上だけど。
なんていう無駄な思考を巡らせている僕は、ルカの腕の中にいる。正確には、同じベッドで寝ていて、肩まで薄手のブランケットを被っている。
昨日よりだいぶ気温の低い朝。ルカはまだ夢の中なので、早起きの彼より更に早く目覚めたことに気づく。寒さを感じて起きたのは、前の季節以来だ。
他方、身体はとても暖かい。これは隣で眠る人の体温がもたらす副産物。すやすやと眠る恋人に、さらにぴたりと寄り添う。
普段は恥ずかしいからあまりくっつかないけれど、本当はこうしている時間がたまらなく好きなので、時が止まればいいのに、なんて本気で思う。
ベッドサイドのスマホで時刻を確認し、どのみちルカが起きる時間が近いから、もうしばらく温もりを味わっていようと再び目を閉じた。
「……シュウ?起きた?」
次に気がついたのは、ルカに声をかけられた時。あれからまたしっかり寝てしまったようで、ルカはゆったりとした長袖シャツに袖を通しているところだった。
「おはよ、ルカ。寒いなぁ……」
一人分の熱しかない掛物の中は、今朝の寒さを思い出させるのに十分だった。一度はブリトーのように包まるが、もう起き出さねばならない。
「そうだ、長袖持ってきてないよね?待ってて」
そう、僕は昨夜ルカの家に急に泊まりに来たため、半袖の服しか持ち合わせていなかった。昨日までの気温は28度だったので、「いきなりこんなに寒くなるなんてなぁ」と思わず独りごちる。
クローゼットをごそごそと漁ったルカが、長袖Tシャツとジャージ素材のズボンを手渡してくれた。お礼を言ってありがたく借りることにした。
「んはは、やっぱりルカの服は大きいや」
ネイビーのジャージの裾は折り返し、オフホワイトのリブトップスはそのままにしてみた。肩の位置だってずれていて、袖は親指の先が出るか出ないかの長さ。まあ、困ることもないからこのまんまでいいか。
「はは、今度ちゃんと秋物も買いに行こうか。朝はコーヒーで良かったよね」とルカはキッチンへ向かった。
「天気もイマイチだし、今日はランニングやめとくよ」
「それがいいかもね。昼頃には暖かくなるらしいよ」
ダイニングテーブルを囲んで、いつもより少し早めにコーヒーと軽食を愉しむ。湯気の立つマグカップが熱くて、袖で手のひらを覆ったままカップを持ち、一口すする。
「あっ、ごめん、これルカの服だ、」
うっかりしていたので慌ててコーヒーを置いて袖を捲ろうとしたが、不意にテーブルの向こう側から伸びてきた手に阻止された。
「捲らないで」
「……え?」
「あ……いや、なんかその袖の感じ、すごくキュートだからさ……」
女の子みたいで、、と言うルカの視線は明後日の方向。でも大きな手のひらは、僕の両手をすっぽり包み込んでいる。
「シュウって、おれより、、こんなに手も身体も小さいんだね……」
「……っえ?」
思わず僕の声がひっくり返った。そりゃそうだ、ルカのほうが背が高いのは元々だし、体格だって違う。何を今更、と言おうとしたのに、
「こんなに小さいのに、俺のこと全力で愛してくれてると思ったら……なんか愛おしくなっちゃって……」
と、耳まで赤くしたルカが目を瞑って眉根を寄せている。でも口元は緩んでいて、いわゆる"限界"って感じの顔だ。
そんな様子を見せられた僕の心のほうこそ、静かにしていられるわけもない。平静を装ってても、多分頬は赤いんだろうな。照れと嬉しさが交々、心臓はうるさいくらいに跳ねている。
そして相変わらずルカは僕の顔を見ようともしない。いや、今の状態で視線が合ったらオーバーヒートしそうだから、そのまま目を瞑っていて……とも思う。我ながら大きな矛盾だ。
仕方がないので、僕の手を包む一回り大きな手に視線を落とす。彼らしくごつごつと筋張っていて、指の太さ一つを取っても敵わない。少し日に焼けた、僕より健康的な肌色をしてて、いつもこの手で僕を愛してくれて―――
「ね。やめようこの話。暑くなってきちゃった」
「シュウも?俺も暑いしドキドキしてるよ」
「暑いから半袖にしちゃおうかなあ」
「Nooo だめ!風邪引くよ!」
それでも手は離せないまま、そばにあるコーヒーだけがゆっくりと冷めていく。
天気予報が当たらないのも、たまにはいいかなと思えた。
僕の秋が、ルカの大きな手のひらから始まった。