夜中のティーパーティー「うわ、びっくりした」
全然驚いてない声と顔で言われる。そう言われてもおかしくない。こんな時間に起きてることはないから驚くだろう。イルミも。私も。
「うん、ちょっと起きちゃって…少ししたら寝るよ」
「そう。で、何しに来たの」
それはもうキッチンにいるのだから何か口に含みに来たのだ。お茶でも飲もうかとぼんやりとお湯を沸かしている。ここでカフェインをとっては眠れなくなると分かっているが、口がその気分だったのだ。
「オレにも1杯頂戴」
珍しい。いつもコーヒーか水なのに。食器棚からもう1つティーカップを取り出す。ほぼ使われることの無い2つセットの片割れ。器の形が気に入って柄も好きだったけど2つセットしかなくてお客さん用という事で納得させて買ったもの。それを毎日ひとりで使っているわけだ。
「それもう1つあったんだ」
「うん。これ2つでセットだったから」
「いつも使ってるよね」
「お気に入りだからね」
対してイルミはいつも違うカップで飲んでいる。なんか珍しい。寝ぼけているのかイルミが私によく話しかけてくる。
「ねえ、まだなの?」
「うん、まだ。あともうちょい」
沸騰直後のお湯がいいとされているからそのタイミングを見計らってる。ふつふつと周りに泡が見えてきている。何故かずっと後ろから見られている。気になって仕方ない。
「ところでイルミはなんで起きてるの?」
「起きちゃった」
子どもみたいな言い方をする。やっぱり寝ぼけている。湧いたお湯をポットとティーカップにいれて温めていく。
「こんな時間なのにこだわるんだね」
「せっかく飲むなら美味しいのがいい。紅茶もそのほうが嬉しいでしょ」
温めていたお湯を捨ててポットに茶葉を2杯いれる。2人分。お湯を注いでいく。そして蓋をして蒸らしていく。
「待つの多いね」
「インスタントじゃないからね」
「インスタントでも待つでしょ」
頭が回りきらない会話をする。ふわふわと紅茶のいい匂いが漂う。
「ねえ、」
「まーだ」
子どもみたいだ。もう少し時間がかかりそうなのでお菓子を用意していく。こんな時間にいいのかと思うがそんなことはない。チョコレートを小鉢に数個入れていく。これじゃ足りないかな。少し増やす。
「そろそろかも」
ポットの蓋を取り、スプーンでひと混ぜ。温まったティーカップに注いでいく。最後の一滴。これはイルミの分。同じカップだが自分はわかっている。テーブルに持っていき、小鉢に盛られたチョコレートとシュガーポットを置く。
「遅くなってごめんね。どうぞ」
「ありがとう」
「お砂糖はお好みで」
「うん」
そのまま口をつけていく。私も口をつける。チョコレートがあるからお砂糖はいらないのだ。チョコレートを1つ口にいれる。その私を見てイルミも1つ口に入れる。静かな部屋に音が広がる。ティーカップとソーサーがぶつかる音。チョコレートを噛む音。お互いの息。特に話すことがない。私に合わせてチョコレートを食べるイルミが不思議だった。
「もっと食べてもいいよ?」
「うん」
それでも私に続いて食べる。静寂が包むティータイム。ぼんやりと飲んでいると紅茶が終わってしまう。チョコレートもあと数個だ。そろそろお開きの時間。
「私そろそろ寝るね」
カチャリとティーカップを置き立ち上がる。
「うん、オレも寝る」
私を見て同じように立ち上がる。そして私のティーカップと自分のティーカップをキッチンに運んでいく。私は取り残されたシュガーポットとチョコレートの小鉢を片付けよう。使われなかったシュガーポット。小鉢に1つ残ったチョコレート。非日常のようだった。自分だけならシュガーポットは出さない。小鉢には1つも残らないチョコレート。キッチンでティーカップとポットを洗うイルミ。不思議な感じ。生活感があるのに非日常。非日常になる日常が愛おしい。シュガーポットを片付ける。余った1つのチョコレートをつまむ。
「イルミ、あーん」
「あ」
不意打ちでイルミの口に放り込む。洗い終わったティーカップの水気を拭き取って元の位置に戻す。このティーカップもまた使われるといいな。
「じゃ、オレは寝る。おやすみ」
「うん、おやすみ」
お互い部屋に戻っていく。そういえばイルミは何しに来たのだろう。知らずに眠りにつく深夜。