兄弟を思い出すタケルの話 彼がこちらを見ていないときがある。どこか遠くを、目で追いかけて、そしてふっと伏せる。次に顔を上げればその顔はいつも通りの「大河タケル」で、自分たちは、深く尋ねることができないまま、もう何年も隣にいる。
例えば、買い出しの途中の商店街。
例えば、ロケ先に向かう新幹線の中。
例えば、ライブ中の観客席。
大河タケルが、アイドルではなく、いつかの「お兄ちゃん」に戻る瞬間はいつでも存在して、こちらが声をかけるまでもなく彼はアイドルの大河タケルに帰ってくる。
そうして振り返って、また前を向いたタケルに自分はなんと言っていいのかわからなくて(わかりたくもないのかもしれない)、いつも名前を呼んで、話題を逸らして、おしまいだ。
「タケル、……行こうか」
「ああ。円城寺さん、袋持つよ」
いつもの、THE 虎牙道の大河タケルは円城寺道流に優しくて「これくらい問題ない」と断ると少し困った顔をする。手伝いたいのに、でも仕方ないか、なんて表情をして「わかった」と頷いて、隣に並んでくれる。
「今日は、寒くなってきたから鍋にしような」
「ああ。楽しみだ。こたつ出すなら手伝うぜ」
「助かる。じゃあこたつはタケルに任せて、自分は鍋の用意をして……ああ、漣と師匠も呼ぼうか」
「いいな。プロデューサーには俺の方から連絡しとくよ。アイツは……どうやったら捕まるかな……」
「あとであの猫がいそうなところ見てみるか」
会話の流れは普通で、なんら引きずっている様子はない。きっとタケルはこんなことには慣れっこで、慣れないのは自分の方だ。探している人がいて、その人の面影を日常生活でも辿ってしまって。そんな人のきもちに、自分は未だ、慣れてやれない。
タケル、ともう一度名前を呼んで、こちらを向かせる。二十センチ下から見上げるその顔はまだ幼く、柔らかい。
「今日、泊まっていけ。明日の朝飯も出してやろう」
「いいのか」
「いいから誘ってるんだろ」
「はは、じゃあ、泊まるよ。朝飯は卵焼き、とびきり甘いやつ」
弟が特に好きだったんだ。そんなふうに続いた言葉はとても小さい声だったので、聴き逃した風を装い、頷いて前を向く。