「あやかし」と妖怪とは別物である。妖怪は人に害なすモノ。ではあやかしは?
あやかしに気に入られた人間は、特殊な能力を得ることが出来た。ある意味、福の神のような存在である。
兵舎の前の一本杉。ここらで一番背の高いその木の、一番上の細い小枝に両足を揃えて座り込んだ青年は、普通の人が感じられないような清々しい澄んだ空気を肺一杯に吸い込んでいた。
「どの、………少尉殿!」
「ん?」
木の下に自分を呼ぶ声あり。見下ろせば自分の部下がぶんぶんと両の手を振っている。
「ふふ……小せ」
木の背が高すぎて掌サイズにみえる部下が面白くて小さく笑ってから今行くと片手を降ってみせた。小枝の上によっこらせと立ち上がる。青年の体重を受けても、小枝は揺れるだけで折れなかった。そこから枝から枝の先へと飛び移りながら降りてくる青年の姿を、彼の部下である人物は見上げながらやれやれと軍帽を被り直した。そこには、軍帽では隠してきれない紺碧色したヒレのようなものが、本来人間の耳のある場所に生えているのだった。
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