鯉月SS「月島?」
暗闇の中で男がハッと声の元に目をやり、すぐに緊張を解いたのを感じた。樺太のコタンは存外、鯉登にとっても眠るのに苦ではなかったというのに。移動続きで疲労している身体を休めずに、月島はどういうつもりなのだろうと、鯉登は訝しむ。
「まさか枕が合わないのか? 私じゃあるまいし」
「ご自身で言うんですか」
「警戒してるのか。物音が気になるか? ここが日本ではないからか? あるいは、杉元が寝首をかきにくるとでも?」
「その時は私も無事ではいられないでしょうね」
「何を言う、私が叩き斬る。お前は何も心配しなくていい」
一瞬間があった。穏やかな間だったが、月島は何かを否定しているようだった。やがて静かに口が開かれた。
「……上官の手前で熟睡などできませんよ」
──崩れぬ厳格さでそう言っていたのだが、あの頃は。
「ちっとも起きないではないか」
真っ暗な夜半の時刻、鯉登は見せようと思っていた英国製のペンダントライトを部屋に吊り下げ、布団に包まる月島の側に腰掛ける。文句を溢してみたものの、洋風建築で華のある部屋と無骨な坊主姿がちぐはぐで、鯉登は自宅だというのに新鮮な歓びを感じる。橙に照らされた目の縁をそっと撫ぜると、小さな鼻がピクリと震えたが、変わらず深い呼吸が繰り返されるのみだった。