不離一体ベルリバティスクール、通称BL学園。自身の母校であるこの学園の教師に就任してからもう数か月が経っていた。
「それじゃあ皆、来週までにレポートを提出するように!」
そう伝えるのと同時に、校舎内に授業終了の鐘が鳴り響く。生徒たちはその合図を聞き、それぞれ別の行動を始める。例えば部活動のため教室を後にする生徒やクラスメイト同士で集まって雑談に花を咲かせ、また別の生徒は机で突っ伏して眠っていた友人の元へ駆け寄って授業を終えたことを知らせていた。
「…トーモー!授業終わったぞー!」
「んー…、もう少し…」
俺はそんな微笑ましい光景を見守りながら、開いていたテキストを片付けていく。そして、不意に窓の外へ視線を向けると、ついこの間まで桜色に彩られていた校内の木々が、いつの間にか新緑に変わっていることに気づいた。
「もう6月か」
そう呟くと同時に、もうすぐ恋人の誕生日が近づいていることも思い出す。まだ学生だった頃は一緒にお祝いが出来ていたが、こうして互いに仕事をしていたらどうしたって時間が取れない事の方が多くなってくる。
「…和希、今年も忙しいだろうな」
普段でさえ会う機会が少ないのに、決まった日に時間が作れるとは思えない。それが寂しくはないと言えば嘘になるけれど、それでもその忙しい中を俺の為にわずかな合間を使って会いに来てくれるから、和希に会えない日々を乗り越えられていた。
「――っ、弱気になっちゃダメだ!」
ブンブンと頭を左右に振って、俺は弱気になりそうな心を奮い立たせる。
確かに予定が詰まっていて難しいかもしれなくとも、万が一でも会うだけの時間がある可能性だってゼロじゃない。
「よし、和希に予定を聞いてみよう」
すぐに職員室に戻り、自分のデスクに仕舞っていた携帯で和希へメールを送った。
『その日は、午前中のうちに日本へ戻る予定だ』
そして翌日、俺の元に届いた返信メールを見た途端、嬉しさがこみ上げてきた。海外にいて日本へ戻ってくるのであれば、俺が空港に迎えに行けば少しでも会うことが出来るだろう。
丁度良く俺の仕事も休みで、他の予定も入っていない。
「そうと決まれば、プレゼントを買いに行かないと」
そう言葉にして意気込むと、『迎えに行く』と文字を打ち込んだところでピタリと手が止まる。
これを送れば、和希のことだから無理をして俺との時間を作ろうとするかもしれない。
「……っ」
もちろん本音を言ってしまえば、少しでも長く和希と一緒にいたかった。
でも、そんな俺の我儘だけで忙しい相手の時間を奪いたくない。
『分かった』
ほんの数分でも顔を合わせて、言葉を交わして。
プレゼントを渡しながら、おめでとうを伝えるだけでいい。
まるで自分に言い聞かせるように、自分に暗示をかけて送ろうとした文字を書き替えて送信ボタンを押した。
〇
当日を迎えると、俺はいつもより早く起きて空港へと向かった。
少し前に秘書の石塚さんに聞いていたので、和希が乗る予定の飛行機が到着する前に到着ロビーに着くことが出来たが、その時間に自動ドアの奥から出てきた乗客たちの中に探していた人物の姿は見えない。
「いない…」
きっと予定外のことがあったのだろう。翌日にも日本での仕事があると聞いているので、何時になるかは分からないが、ここで待っていれば会えるはずだ。俺は近くのベンチに腰を下ろすと、電光掲示板を見て次に到着する飛行機の予定を確認していく。
そうして1機、また1機と日本に戻ってくる飛行機から降りてくる乗客が出てくるのを待ったけれど、その中に会いたい人はいなかった。
「和希…」
こうやってただ待っているだけであっという間に一日が過ぎていき、次の飛行機が到着するのは23時30分と表示される。このまま伝えられずに終わりたくないと、強く願っているとすぐに定刻の時間を迎える。
乗客が一気に到着ロビーに出てくるのを見ていくが、その中に和希の姿はやっぱりない。肩を落としそうになった瞬間、閉ざされていたドアの向こうからもう一人の乗客が出来た。
「…っ和希!!」
ずっと待ち続けていた恋人の姿を見つけて、俺はすぐに駆け寄った。
「――啓太?なんでここに」
「和希に逢いたくて、ずっと待ってたんだ」
本当に目の前にいるのか信じられなくて、思わず和希を抱きしめてしまう。
「何かあったのか?」
「何かって…今日は和希の誕生日だろ」
質問の答えを聞き、すべてに納得がいったのだろう。すっかり忘れていた自分の誕生日が今日だったことも思い出したらしい。答え合わせが出来たところで、俺もこれまでの経緯を、事前に到着時間を聞いていたことも含めて全て説明していった。
「でも、こんなことならメールで伝えれば良かったな」
いくら直接伝えたかったといって、時間に間に合わなければ意味がない。無謀に行動をしたことを反省していると、和希が腕時計を見せてくれる。
今の時間を示す時計の針は、23時55分。
「せっかく待っていてくれたんだ。今、啓太の口から聞きたい」
「和希…」
そう言ってくれる言葉が、和希の優しさが嬉しくて自然と顔が緩んでしまう。
「ほら、俺だけに聞かせて」
和希の腕が俺の身体を抱き寄せると、まるで子供あやすように耳元で囁かれる。
温かな恋人の体温を感じながら、俺はずっと伝えたかったその言葉を声に出した。
「―――誕生日おめでとう、和希」