怪談ーーー戦いから数年後、一同はカールのハロウィンイベントで行う肝試しのトライアル要員として集められたーーー
カール近郊の森にて一同が注目するなか、コホン、と軽く咳払いをするとアバンが説明を始めた。
「えー、我がカール王国のハロウィンでは、肝試しが恒例となっています。今日はその予行演習なワケですが、クジで決まった男女のペアで、森の中を歩いてゴールまでたどりついてもらいます。」
「途中、モンスターに扮した人々が脅かしてくるので、びっくりしたらお菓子をあげてくださいね。」
…ごく普通の街の人々だから、絶対倒しちゃあダメですよ、とアバンは何名かに視線を送った。
「それでは皆さんお待ちかね、クジ引きタイムです!!」
1番手を引き当てたポップとエイミは、ランプひとつの灯りを頼りに砂利道を進んでいた。
「エイミさんよぉ、そんな露骨に残念そうな顔するなって…」
「なによポップ君、あなたの方こそマァムと組めなくて残念だったわね」
「ちげーよ!大体アイツは夜道を怖がるようなタマじゃねーし!それに万が一抱きつかれでもしたら、骨まで砕かれそうだしぃ!?」
「…ほら、やっぱり期待してたんじゃない」
険悪な空気を漂わせた2人は、微妙な距離を取ったまま一本道を歩んで行く。
「ああっ、レミーラ(発光呪文)は禁止とアバンさまが仰っていたでしょう!?」
「いいっていいって。色々チェック出来た方が本番に役立つだろうし」
ポップは手のひらの光球をもてあそんで、無造作に辺りを照らした。
「このドクロ、パプニカの大臣に似てね?」
「……やだっ、似てるわ…!出っ歯なとことか特に…!」
「こっちのかぼちゃは、ロモスの兵士長!」
「あは、似てる!」
森の中にはカールの有志が製作した、ハロウィンにちなんだオブジェが点在している。歪な造形がゆえ逆にカリカチュア的にある種の人物にぴったり似てくるようだ。
「へへっ、こっちはフサフサの人狼だ。毛むくじゃらの感じが誰かに似てんだよな…。えーと」
ポップが額に手を当て背を向けた瞬間、
「…Trick or Treat」
「ぎゃああああああーーっっっ!!」
「きゃああああっ!!」
人狼のオブジェが突如立ち上がり背後で叫んだ。完全に油断していたポップは大きな叫び声をあげ、その声に驚いたエイミが甲高い悲鳴をあげた。
2人は無我夢中で逃げのび、そのあとのことはさっぱり覚えていなかった。
暗闇を意に介さずヒュンケルが歩き、ランプを抱えたメルルがその一歩後ろをトコトコとついていく。
小道の脇には、いかにも素人工作のチープな張りぼてが並び立てられている。死霊、亡骸、髑髏。過去を想起させるモチーフはヒュンケルにとって気分の良いものではなかったが、このくらい安普請だと、むしろ虚構としてすんなり受け入れられそうだ。
「ええと、右前方の大きな岩に2名隠れています…その少し奥の木の影にもう1名」
ヒュンケルはハッとしたような素振りでメルルを見た。
「確かにその通りだ。オレの場合は相手の気配、闘気に準じた波動を感じとったのだが」
「説明しづらいのですが、波、というより私は光…眼を閉じても感じる微かな光です。竜の神に祈りを捧げるとき、水晶玉を見つめるとき、いま眼に見えているもののほかにもうひとつ視る、視えるというか…」
唇に指を当てて考え込むような仕草で数歩あるいたのち、メルルは我に返った。
「す、すみません、変な話して…」
「いや、よく分かった。感覚的には戦士のそれとかなり近い」
はたと歩みを止め、真顔で振り返る。
「どうだメルル、戦士の修行をしてみるのは?」
「えっえっ、あの、ヒュンケルさん??」
ランプの明かりで浮かび上がる真剣な眼差し。メルルは大いに戸惑って思わずたじろぎ、あとずさった。
「きゃあっ」
小石につまづきバランスを崩したメルルを、素早くヒュンケルが支えた。
「…この先も足元が悪いようだ。しばらくオレに掴まって歩くといい。後ほどアバンに整備を具申するとしよう」
何だったのかしら…まさか冗談?メルルがぼんやり思案していると、物陰からボロをまとったゾンビがおずおずと語りかけてきた。
「Trick or Treat…」
「おつかれさまです。そうだ、お菓子お渡ししますね!3人分入ってます」
「あ、どうも・・・」
怪異や神秘に近過ぎる2人を驚かすためには、まだまだ人々の努力が必要なようだ。
アバンとレオナは並び歩きながら、統率者談話に花を咲かせていた。
「では、ほとんど予算はかけずに準備をされたのですね」
「有志の皆さんががんばってくれまして・・・さすがに警備の兵士や医務室は配置しますが、運営はほぼ国民主体でやりきることが出来そうです。今後は規模を拡大して、子ども向けにもアレンジしていこうかと」
「共同体の醸成にイベントは欠かせないものね・・・パプニカでもこの冬ひさびさに聖人の祭りを催すんです」
「それは楽しそうですね!雪の季節では、パプニカの赤い法衣が特に映えますから」
「それが、パプニカは温暖なのでほとんど雪は降らないんです…。でも先生、それ、すっごくロマンチック!いっそ三賢者に氷結呪文で城下を回らせようかしら」
「Trick or …」
「ちょっと!全然臨場感無いじゃない!もっとゴーストの気持ちになりきって!!」
のたのたと2人に立ち塞がったゴーストを見るやいなや、レオナは熱い演技指導を放った。
「動きは素早く!でもゴーストらしく彷徨い感を持って!」
「姫、もうそのくらいに…次のペアが追いついてしまいますよ」
アバンに引きずられるようにしてレオナはその場を去っていった。その剣幕はモンスターよりよほど怖かった、と、のちにゴースト役の青年は語るのであった。
「Trick or Treat」
「きゃっ」
「あはは、びっくりしたね~!」
小道から飛び出た悪魔の着ぐるみに虚を突かれ、マァムは一歩飛び跳ねた。
「マァム、こっちに看板がある、もうすぐゴールだ!」
マァムの腕をグッと掴んだダイの手のひらは、固く熱かった。
「待ってダイ、デーモンにお菓子を渡すわ!」
時が流れて。今のダイの背丈は、マァムとほとんど変わらない。ある日を境に声も太くなった。育ち盛りのダイが会うたび成長していくのは当然のことなのに、あの小さく可愛らしいダイはもう居ないのだと思うと、ふいに涙がこぼれそうになるのだ。
ぼやけた視界で揺れるランプを見つめながら、マァムは訪れた平和をしみじみと噛み締める。来年も、来ることができるかしら。その時はあなたはもっと大きくなってるわね。
「マァム…?」
小首をかしげる仕草は昔のままで、マァムはクスリと微笑んだ。
「なんでもないわ。…行きましょう!」
ダイとマァムがゴール地点に到着すると、アバンは待ってましたとばかりに2人に駆け寄った。
「ダイ、マァム。お帰りなさい、楽しめましたか?…そう、それは良かった。楽しい時間はまだまだ続きますよ?それでは行きます、そーれ、レミーラ!!」
アバンが両手を掲げて頭上に無数の光球を放つと、いつの間にやら設置されたクローゼットが暗闇から浮かび上がった。あらかじめ侍従に用意させておいたのだろう、ドレス、タキシード、着ぐるみ…包帯や血糊といった小道具まであるようだ。
「みなさん好きな格好に着替えてくださいね!いまモンスター役の皆さんを呼びに行ってますので、戻りましたらパーティを始めましょう!乾杯の合図はもちろんコレです」
Trick or Treat
終