スシ・レストランここはギルドメイン大陸東岸のとある港町。ダイとポップ、そして城を抜け出したレオナは、中心部から少し離れたところに構える寿司店を訪れていた。
手渡されたメニューには親切心なのか単にデザイン上の都合か、魚の生体を背景に、新鮮そうな彩りで寿司が描かれている。
(…姫さんはともかく、ダイのやつ、寿司なんか食べたこと無ぇだろうな…まあそういうおれだって、いつかの誕生日祝いで食べたきりなんだけどよ…)
「おいダイ、コーンマヨとか手巻きナットーはどうだ?」
緊張した面持ちで店内を見渡したあとポップは、メニューの魚の群泳をまじまじと見つめるダイに語りかけた。
「おれ、このマチを頼むよ!」
「ま、マチ?」
魚の1匹を指差して、ダイはきっぱりと告げた。
「えーと、ハマダイのことかしら?ギルドメイン大陸にはあまり流通してないのに、気の利いたお店ね」
感心したように吐息をもらした。清潔感のある店内は、壁の装花や什器もごく庶民的なものだが、レオナの目にはかなったようだ。
「…あら、カツオは付け合わせの薬味を選べるのね。スライスしたハーブとガーリックを乗せるのがパプニカ流よ!」
「へえ!デルムリン島だと塩をかけてそのまま食べてたなぁ〜」
「デルムリン島近海のカツオは脂が乗って新鮮だものね。ロモスを訪れたときに食べて、とても美味しかったわ!…そうそうロモスといえば。ダイ君、イサキって食べたことあるかしら…?」
「これのこと?島のみんなはガクガクって呼んでるよ!生でも食べるけど、油で揚げると旨いんだぁ…」
「そうなのね、興味あるわ!ええと、フライメニューはどこかしら…」
(こいつら……一体何を喋ってるんだ…?)
ギルドメイン山脈のふもと、ランカークス村で育ったポップにとって、海国っ子達の魚の心得は理解の範疇を完全に超えていた。
「ねえポップは何を頼む?コーンマヨ…だっけ?」
「お、おう…」
ダイの邪気のない眼差しに完敗したポップは、力無くそう答えた。
「じゃあお寿司は初めて?」
「ああ、生魚を食べる機会がほとんど無かったからな」
ギルドメイン大陸を巡る旅の途中、密かに話題の寿司店に、ヒュンケル、エイミ、そしてラーハルトの3人は訪れていた。
「…いや、一度だけ食べたことがあった。アバンが川で釣り上げた魚をヒャドで凍らせたあと、捌いていた」
「あの橙色の魚は何といっただろうか…当時はアバンの講釈をろくに聞きもしなかったが」
「それは、たぶん鱒じゃないかしら」
「マス?」
メニューをガサガサと漁りだしたヒュンケルの横で、ラーハルトが一息にオーダーした。
「炙り〆鯖、炙りアナゴ、炭火焼チキン」
「…一応聞いた方が良いのかしら。どうして炙りばかりを?」
「フッ……バラン様がお好みだったのだ…。野営の火で干物の表面を炙りながら酒を嗜まれる時の寂しげな横顔が、今も目に浮かぶ…」
「そう…それで炭火焼きチキン、ねぇ」
感傷の起点がどこにあるのか見当のつかない男達と旅すること長らく。思いやりと煩わしさの両輪から、エイミのスルースキルには日々磨きがかかるのであった。
その時、メニューを凝視していたヒュンケルが注文を告げた。
「テリタマコーンマヨ、タルタルエビロール、アボカドハンバーグ」
「…えっ」
「まるで呪文のようだ。スシ、とはこんなに華やかなものなのだな」
感情を露わにすることの少ないヒュンケルの目がいま、期待に輝いている。それが飛び上がるほど嬉しくて、エイミは彼の手元にでかでかと書かれた「キッズメニュー」の文字は見なかったことにした。
「じゃーん!着いたぜ!」
「私、お寿司屋さんに来るの初めてです…」
「私も!お寿司を食べるのだって、ずいぶん前にネイル村で結婚式があったとき以来だわ」
ポップ、メルル、マァムは、ポップの提案で噂の寿司店を訪れていた。
(あのあと魚について随分調べたんだ…今のおれはダイや姫さんにも引けを取らない玄人だぜ…!さあ何でも聞いてくれ!)
密かに意気込むポップに目もくれず、マァムは店員を呼ぶと軽やかに頼んだ。
「茶碗蒸しと海苔椀を3つ、あとポテトフライを1つください!」
「!…何だって!?」
「食事の最初に温かいものを食べると身体にいいのよ。…あらメルル、どうしたの?」
マァムはメニューの一点を見つめるメルルに気づいた。
「ええと、これ、テランでよく食べてたんです。懐かしくって…」
「わらびもち!懐かしい、大好きだったわ!私も食べようかしら」
「きな粉と黒蜜、どちらにするか迷いますね」
「じゃあ1つずつ頼んでシェアしましょ!」
「お、おい…」
「なによ、ポップ」
「…寿司屋では!寿司を!食べようぜーーーっ!!」
ポップの哀しき咆哮は、店を飛び出してギルドメイン山脈をこだましたとか、しなかったとか。
終