見惚れてました「それ、どうしたんですか?」
次の任務の為に待機室で待っていると、同行する予定だった七海さんがやって来て、開口一番にそう言った。
「それ、とは?」
「眼鏡ですよ」
私が聞くと、彼は私を見つめたまま言う。
「あぁ。これですか。先日の健康診断で引っかかりまして。確かに見えづらいなとは思っていたので、昨日の休みに買ってきました」
「……そうですか」
そう言いながら、七海さんはサングラスをカチャリと直す。そんなに変だったかな?
「変ですか?」
私が聞くと、彼は「いえ」と一言だけ言い、待機室を出ていく。私は不思議に思いつつも読んでいた本をしまって、彼の後に続いた。
七海さんは私の二つ上の先輩で、学生時代は余り接点は無かった。私が卒業して呪術師として任務にあたるようになってからも、相性のせいか余りアサインされることも無かった。だがここ数年、私が一級に上がってから特級任務や潜入任務などでアサインされる事が増え、食事に誘われたりする事も増えた気がする。高専でも人気御三家だし(残りは言わずもがな五条さんと夏油さんだ)大人で素敵だと思うけど、いまいち掴みきれないところがあって(表情変わらないし)私的にはあくまで『先輩』だ。
七海さんと二人駐車場へ行くと、既に補助監督の新田さんが車で待機していた。
「お疲れ様ッス」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でーす」
「お!○○さん眼鏡かけたんすか!可愛いっすね!」
「そう?ありがとう」
新田さんはニコニコと笑いながら褒めてくれる。私はそれを素直に受け取り、お礼を言った。さっきの七海さんの反応で少し自信を無くしていたので、同性のお褒めはとってもありがたい。
「では、行きましょうか」
「はい」
「はいっス」
私達の会話を切るように言った七海さんに促され、車に乗りこみ任務地へと向かう。七海さん何か機嫌悪い?……ちょっとやりづらいな。
道中はタブレットを見ながら、新田さんの補足事項も合わせて任務の最終確認をする。その間も、何となく七海さんにチラチラ見られている気がする。元から口数の多い人では無いけれど、いつもより口数も少ない気がする。気のせいかな。敢えて七海さんの方を見てみても、窓の外を見ているだけだし。うーん……。
任務地に到着し、新田さんが帳を下ろす。今日の任務は廃墟にいる一級数体と低級複数の祓除。数が不確かな為、一級の私と七海さん二人がアサインされた。廃墟に近づくと、呪霊が建物から出て襲ってきた。咄嗟に両腰の日本刀を出し、防御の構えをとる。呪霊の鋭い爪が二本の刀に当たり、火花が散る。そのまま刀に呪力を込め薙ぎ払うと、断末魔を上げて霧散していく。こいつらはまだ一級になりたてだ。たぶんもっと強いのが居るはず。七海さんの方を伺うと、既に呪霊を祓い、鉈に付いた血を振り払っていた。廃墟の方を確認すると、中から低級呪霊がワサワサと溢れ出している。こりゃ面倒くさそうだな。私は七海さんと頷き合い、二人で呪霊の中へと突っ込んで行った。低級を薙ぎ払いながら、廃墟の中へと入っていく。中に入った瞬間感じた呪力は特級に近いものだった。七海さんもそれを感じたようで、こちらに視線を送る。私は頷き、そのまま彼と共に最奥へと向かった。
建物の一番奥に居たのは、やはり特級に近い呪霊だった。何本も生えた手が気持ち悪い。私は七海さんの動きを見ながらタイミングを合わせて奴に切りかかる。まずは鬱陶しい腕を一本ずつ切り落としていく。二本目の腕を切った時、ガキン!という金属音と共に七海さんの鉈が宙を舞った。まずい!そう思った時
「刀を!」
七海さんの声が響き、私は左手に持っていた刀を七海さんに投げた。それを器用に受け取った彼は、まるで自分の呪具のように刀を操り呪霊の腕と肉を削ぎ落としていく。そして、ネクタイを外し、右手に巻き付けた。私は巻き添えにならないように後ろに飛び退く。それを確認した七海さんは右手に呪力を纏わせる。
「十劃呪法・瓦落瓦落」
その言葉と共に振り下ろされた右手によって部屋の壁と呪霊は木っ端微塵に散っていった。
暫くすると土煙の中から、私の刀を持った七海さんが現れる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。こちら、ありがとうございました」
「いいえ」
丁寧に差し出された日本刀を受け取り、鞘へと納める。
「でも、珍しいですね。七海さんが鉈を手放すなんて」
「まぁ……」
私が聞くと、彼は気まずそうにサングラスの位置を直してから口を開いた。
「少し、違う所に気がいってしまいました」
「違う所?」
「はい。貴女に」
「…………はい?」
思わぬ返しに聞き返すと、彼は少し気まずそうにしている。
「私、何かしちゃいました?」
「いえ、私の問題です。貴女に非は無い」
「はぁ……」
言われている意味が理解できず首を傾げると、七海さんは不服そうに言う。
「貴女が急に眼鏡なんてかけるからです」
「……眼鏡、ですか?」
「そんなに可愛くなって、私をどうしたいんですか」
「……え?はい?」
予期せぬ言葉に心臓が大きな音を立てる。可愛いって、私の事?え?あの七海さんが私を可愛いって?え?
私が彼の言葉に動揺していると、七海さんが早口で一息に話始める。
「好意を寄せている女性が急に眼鏡をかけてきて、それがとても似合っていて可愛すぎる。しかも、可愛すぎて褒めることも出来ず、他の人に褒められて喜んでいる姿を見て、自分の駄目さにショックを受けました。そんな中、任務に集中なんてできません。公私は分ける様心掛けていますが、これは反則です」
「……七海さん、眼鏡女子好きなんですか?」
「……………………えぇ」
私の問いに聞こえるかどうかの小さな返事が返ってきて、私は思わず吹き出してしまう。
「笑わないで下さい。眼鏡をかけてる女性全てが好きなわけではありません。貴女だから、余計気になってしまうんです」
「私、ですか?」
「先程も言いましたが、好意を寄せる女性が眼鏡をかけて……はぁ……私は何の話を……」
頬を赤く染めながら、片手で顔を覆う七海さん。そんな彼の言葉に私も頬が熱くなるのを感じる。普段冷静な七海さんが一生懸命弁解しているのが可愛く思えてしまう。
「とにかく。元々貴女に好意を持っていた所に、眼鏡をかけてそんなに可愛くなられてはどうしようも無い。貴女が好きです」
「あ、ありがとう、ございます」
「あ、ですが眼鏡をかけていなくても貴女の事を好きな事は変わりませんので」
「は、はい……」
もう限界だ。七海さんの直球な言葉で、私の心臓はずっと痛いくらい早鐘を打っている。
「もし良ければこの後、食事でもどうですか?」
「へ?」
「その可愛い顔をもっと見せてくれませんか?」
「ひょえっ」
私に歩み寄り、ズレた眼鏡を直される。その距離の近さに変な声が出た。
「近くで見るとより可愛らしいですね」
口角を上げて笑う顔は正に美の暴力で、私は何も言えず頬を染めるしかない。
「今日は一日貴女に見惚れてばかりでしたが、この後は沢山言わせて貰いますね」
み、見惚れてた私にもしかして、今日一日口数が少ない気がしたのってそういう事だったの言葉に出ない考えが頭を駆け巡ると、それを察したように七海さんの手が私の頬を撫でた。
「貴女に見惚れてました。ずっと」
「あ、や、あの」
「ふふ。少しは私の事、意識してくれましたか?」
恥ずかしさで意味を成さない言葉しか出てこない。それを見て満足そうに微笑む七海さんは、私の耳元に唇を寄せて言った。
「もちろん、絶対口説き落としますので、そのつもりで」
甘い声とセリフに私は思わず耳を抑える。それを楽しそうに見ていた七海さんは、大きな手で私の頬を撫でた。
「これからは貴女が私に見惚れて下さいね。他の男なんて、気にならないくらいに」
悪戯な笑みを浮かべた彼は、流れるように私の左手を取り、薬指に口付けた。私はそれをただ見つめながら、七海さんって実は情熱的な人なんだなと、何処か他人事のように考えていた。その時の私はまだ知らない。この後、逃げたくなるような愛を囁かれ続けることを。