夜もすがらに、身すがらに(ベリ炭左右不定/ノベコン中退避)世界が終極を回避し、彩を取り戻した頃。
その日のラジオ体操は志献官の8割が出席する盛況っぷりだった。各自、夜の待機や作業が無くなり、街の人々と同じ時間に生活することに慣れてきたようだ。そして、残り2人の心配をして2時間が経った頃、2人のうち早起きが苦手な方が先に起きて来た。
「おはよう、四季。」
「……オハヨウ。」
食堂の端に腰掛けていた十六夜と一那が声をかける。他のメンツは食堂の中心でテーブルゲームをしているようだ。三宙と栄都を中心とした深夜のゲーム大会ぐらい盛り上がっている。若い衆と遊びたい十六夜はともかく、一人で本を読みたがる一那が食堂に残っていることは意外だった。
「清硫さんも一那もおはよう。今日はみんな休みになったのか?」
「そう! 支援先の方が今日明日は受け入れ準備が整ってないって言われちゃってねぇ。全員揃うのもなかなか無いから三宙と栄都が持ってるゲームをやってるの。」
みんな二人のこと待ってたんだよ、と言いつつも、盛り上がりすぎて四季の入室に気づいていない6人には呼びかけない。四季の寝不足をしっかり見抜いているからこその気遣いに、有り難さと苛立ちが芽生える。
「それにしても、今日は特別遅いね〜。昨日は六花ちゃんと盛り上がったの?」
「はあ?」
十六夜の目は好奇心に満ち溢れていた。横に居る一那も気になるようで、本に向き合いながらも目線だけはしっかりこっちをむけている。聞けば二人で六花の部屋に入るところを目撃したモルが居たらしい。
「一緒に寝ただけでヤってると思うな、エロおやじ。」
「でも、昨日は寝てないんでしょ? 昨日は何してたの?」
「何って……。」
四季も眠い頭に問いかける。
そういえば、昨晩は何をしたんだったか。
昨晩、六花のベッドに座り込んだ二人は唇を寄せ合っていた。
シリウスの扉を閉じた直後には関係性に名前がつき、日々を共に過ごす口実を得ていた。結倭ノ国を救うことで戦闘は無くなり、訓練も無くなる。復興支援だけでは鍛えた肉体を持て余してしまうので、六花と四季は合間を縫って色んな場所に出かけた。世界に二人しか居ないような体験をすれば、それを自室に持ち帰って浸れるほどに関係が進展していた。
そして、いざ服を脱いだ四季を見て、六花が硬直した。
「……四季さんって、かっこいいんですね。」
「え?」
四季が湯船以外で六花に裸を見せたのは初めてである。褒められたこと自体は嬉しいが、まぐわっていた体温が急に離れ、冬の寒さが少ししみた。しかし、手元に六花が帰ってくる気配がなかった。
「ちょっと描いてもいいですか? 四季さんって薄くてもしっかり筋肉がついてるし、ところどころ骨も浮き出てるから大人の男性らしい身体ですよね。今日は月が出てるから明暗がくっきりしてる。今夜の四季さんはすごく絵になります。
あ、シーツ! せっかくシーツも洗ったんで少し巻いてみませんか? わぁ……肌とシーツの質感が神秘的ですね。」
慌ててスケッチブックを取り出した六花は、四季の全体が見えるように距離を取り、力強い音を立てて描き始めた。シーツをぐるんぐるんに巻かれた四季は呆気に取られていたが、六花のくしゃみで我に返り、とりあえず服を着るよう促した。
しかし、四季自身はおざなりにシーツしか纏っておらず、頑張りどころだった身体の中心も流石に落ち込み始めた。
(まずい……!)
六花はスケッチ中に被写体が動くのを嫌う。
それが四季の気合いにも向くか、四季自身も推し測りかねていた。
四季は描かれ慣れているが、それは長時間動かないことであって、血流の制御ではない。加えてこの気温なので頑張るどころではなかった。
流石に心配になり目線を下にやると、六花もすぐに気づき、あぁ。と相槌を打った。
「そこはまだ描きこんでないので、今のうちにシーツかけといていいですよ。流石に恥ずかしいですよね。」
「あ、ああ……。」
気遣って貰えたのに、どうしてこんなに悔しいんだろう。結倭ノ国には無い「ジェットコースター」という乗り物が上昇中に引き返した気分だった。
六花は手元と四季を交互に見比べている。しかし、四季自身この身体のどこをそんなに見つめる必要があるかはわかっていなかった。むしろ、本来はその視線を別の意味で向けてもらえるはずだったのに、とひとりごつ。
ずっと六花を眺めていると目があったが、口を尖らせて「動かないでください。」と言ってきた。四季は決して動いていない。自分が見られるのは恥ずかしいのに、人をひん剥いて穴が開くほど観察するのは当たり前なのだ。その当たり前を向ける相手が自分であると思うと、寂しがっていた空虚も埋まっていく感覚だった。
(……こうしてると、六花も趣味に生きる14歳の男の子なんだよな。)
「はいはい」とお粗末に返しながらも、六花が毎日不自由なく絵に没頭できていることが嬉しかった。
スケッチは欠けた満月が沈むまで続き、終わる頃には四季も六花も冷えきっていた。火照った六花の頬から体温をもらい、先ほどまで寝ていたのが事の顛末だ。
「……昨日はまあ、普通に過ごしてただけですよ。残念ですけど、六花とのまだまだ進展は先そうです。」
「えぇ〜そうなんだ。まあ頑張ってね。」
「うるせー……。」
自分が大人の階段を昇らなかったことを悲しむ親父面に手刀を落とす。
十六夜の反応を見て楽しむ二人の横で、ぱたぱたと駆けてくる足音が聞こえた。
「四季さん、お待たせしました。十六夜さんと一那さんもおはようございます。あれ、みなさんお揃いなんですか?」
食堂に顔を出した六花は、それは酷い顔をしていた。
寝起きがいいはずの顔は血色が見えず、目元にはクマもあった。唇も寒そうに主張している。編み込みや耳飾りも無く、起きて顔だけ濯ぎました感に溢れていた。
六花がここまで眠れないのは不安を覚えた時と絵に夢中になった時だ。十六夜も経験上知っていたため、一瞬で四季の言葉を察した。
「……リッカ、クマがすごいな。」
「え、そうですか?」
「そうだねぇ。明日もみんなオフだから、今日はゆっくり寝ておいで。とりあえず二人のご飯はそこにあるから、みんなにバレる前にパパッと食べちゃいな。」
十六夜に促され朝食にありついたが、六花は食べてる最中に寝てしまうため、四季や一那が必死に支えて食べさせていた。食後、自室に戻ろうとしたが二人とも寝不足で足元がおぼつかない。しかし、予定よりもずっと軽い足取りだった。