帰る家(しきなな/ノベコン中退避)──海の音が聞こえる。
死せる元素から蘇った土地たちは、黒い脈動の分だけ歪にずれていた。時に亀裂が入り、時に建物が不自然に積み上がっている。文字通りコンクリートジャングルの中を、足場を確保しながら進む人影がいた。
「みなとみらいに来るのは任務以来だな。まだお前や栄都の家は残ってるのか?」
「わかんねェ。栄都の家はもう少し西の方にあるっぽいから今日は行けないかもな。でも、浮石病院はこの先にあったんだ。」
結倭ノ国をデッドマターから取り返した志献官たちは直ぐには任が解かれず、先遣的に各地にひっそりといる生存者を探しながら復興支援をしていた。
数日前、友達以上恋人未満の関係である三宙から次のオフに横浜に帰省すると聞かされた四季は休暇を申請した。受理した仁武は突然の休暇に驚いたが、理由を聞かされた仁武は逆に「三宙を頼むぞ」と言っていた。普段しっかりしてる三宙でも浮石が関連する土地では気が休まらないことは志献官たちの共通認識だった。
こうして目的も知らず三宙に着いてきた四季は、恋人の帰郷先を探し、高階層ビル群の瓦礫を登っていた。周りを見渡す三宙の横で、四季は足元の瓦礫を注視する。その中には知識だけで人生に登場してこなかった「病院」という文字があった。
「おい、あったぞ三宙。」
「え? うわ本当だ! 見つけるなんて四季スゲーよ!!」
四季の元へ飛んで駆け寄った三宙は、ただいまーと足元の看板を撫でる。どんなに浮石が嫌いでも、やはり三宙にとって大事な土地のようだ。
三宙が郷に帰れたのは嬉しい。しかし四季には帰る孤児院も残っておらず、宇緑院長が衰弱した情景が思い浮かぶ。どこの病院も手を差し伸べてはくれず、三宙が撫でる看板もまた人を見捨てた象徴の看板だった。目の前の光景は、本来居場所が無い人間なんだと四季が思い出すには充分のものだった。
四季の血の気が引くと同時に、三宙もよっこらせと立ち上がった。
「さて、満足したし帰ろっか。って四季! ひでー顔! 大丈夫か?」
「え? ああ。もういいのか?」
「おう、もういい!」
スッキリした顔の三宙は、ようやく来た理由を説明した。
「オレ、横浜にデッドマターが攻め込んで来た時に何もできなかったことをずっと後悔しててさ。ここに来ても何にもならないってわかってっけど、やっぱふんぎり付けたかったって言うか。四季も藍参のことがあったと思うけど、オレにもオレなりに名残惜しいことはあったワケ。」
沈み始めた太陽が二人に影を作る。逆光になった三宙は紫の髪が明く照らされ、太陽かと見間違える。
それどころか、横浜全体も眩しく輝いている。四季にとっては三宙の未来そのものに見えた。
「オレが浮石家じゃなく志献官の道を選んだきっかけの場所だから、再スタートするならここしか考えられなかった。復興する前に心に刻んでおきたかったんだよね。四季が横に居てくれるなら、もっと気合い入るなって思ったんだけど……四季、なんか思い出しちゃった?」
「……昔面倒を見てくれた人のことを思い出したよ。世間にも病院にも見捨てられてた。」
「……そっか。」
三宙が控えめに四季の制服の袖を摘む。
指先から三宙が抱く必要のない罪悪感が伝わってくる。物理的ではない温もりが四季の中に積み上がった瓦礫を溶かしていった。
「なあ四季、オレたち世界を救ったじゃん。でもシリウスを閉じる瞬間だけは世界のこと忘れてた。世界がどうなろうと四季だけは助かってほしいって思っちまった。」
「……うん。」
「誰かを見捨てないことは確かに難しい。でもオレ、目の前の人くらいは救えるようになりてェ。もちろん四季のことも。」
「……ん。」
四季の心は温まるも、「俺も」とは言えずにいた。しかし何か一つでも返せるよう、夕陽に背中を押された四季は袖口を摘む指を外し、絡めるように三宙手のひらを握る。想定外の恋人繋ぎに慌てた三宙に、ニヤリと笑いかけた。
「ここ、旧世界ではデートスポットだったらしいな。」
「へ? そ、そうらしいじゃん?」
「……次来る時はデートでもいいかもね。」
「四季、それって……うわ!」
「おい、気をつけろ。……あ。」
四季の言葉を脳が理解できないまま、三宙が慌てて躓く。四季が引っ張り上げて抱えようとするが、そのままもつれ込む。明く照らされた三宙の頭が、四季の方向に沈んでいった。