無配SS(文章のみver再アップ)広大であたたかな海。
その海に大海を統べる水龍が住んでいました。
ある日、海に血の臭いが漂ってきました。
心配に思った水龍は血の臭いを辿っていきます。
すると浜辺に黒い仔犬が瀕死の重体で倒れています。
周りには種族は違えど幼い獣たちが心配そうに黒い仔犬のそばにいます。
子どもたちを守る為に、自らを犠牲にしたのだと水龍は悟ります。
仔犬の勇敢な勇気を称え、水龍は自らの血を一滴仔犬に与えます。
すると仔犬の怪我が徐々に治っていきます。
もう大丈夫だと思い、水龍は水中深くに潜っていきました。
数年後。
すっかり成長した黒犬は成犬となり、辺り一帯のボスになっていました。
水の噂で、あの時助けた仔犬がボスになったと知った水龍は久しぶりにあの時の浜辺へ行きます。
すると、水龍の気配を察知した黒犬は海へ猛スピードへ駆けて行きます。
崖の上から水龍目掛けて飛び降りる黒犬。
水面に落ちてしまう、と思った水龍ですが黒犬の背からバサリと体毛と同じ毛色をした翼が現れます。
空を駆ける黒犬は水龍の周りを嬉しそうに飛び回ります。
あの仔犬は絶滅したと思われていた魔獣の血統でした。本来なら出ないはずの魔獣の能力が水龍の血によって目覚めたのです。
再会した水龍と黒犬は、その日以来度々水面で会うようになりました。
黒犬は海が一望できる崖の上をねぐらにし、水龍の姿を見るやいなや海へ向かって駆けつけます。
いつも海の底で海獣たちと共に暮らす水龍も水面へ上がる頻度が多くなります。
お互い相手への感情が友愛から違う感情に変化してることに気づきますが、立場から思いを告げないでいます。
立場もありますが水龍は海から離れることはありません。しかし黒犬は何処までも駆けていくことができます。翼を広げればもっと遠くまでも。
黒犬の枷になりたくない水龍は自らの気持ちに蓋をします――
「どうやったら、水龍は黒犬と一緒になれると思う? 公爵」
「俺に聞くのか。……そうだな、水龍が動かないなら黒犬が頑張って思いを伝えるしかないんじゃないか」
メロピデ要塞の救護室で休憩もかねてティータイムをしているとシグウィンは机から一冊のノートを取り出してそこに綴られた物語を話し始めた。
「そうなのよね。でも黒犬ってば格好つけたがりだからなかなか本音を言ってくれないのよね」
「……それは、どういう意味だろうかな」
「公爵がそう思ったのなら、そうじゃないかしら」
ニッコリ、と意味深に笑うシグウィン。
シグウィンの話した物語に登場する水龍と黒犬は間違いなくヌヴィレットとリオセスリがモデルになっている。
しかし、それをわかっていてシグウィンがわざわざリオセスリに物語を聞かせるわけがない。
なにを考えているんだろう、と思考を働かせようとした時にとんでもないバクダンが降ってきた。
「公爵とヌヴィレットさんがお付き合いしてだいぶ経つのにキスまでしか進んでないんだもの。ヌヴィレットさんが誰か一人を選んだってことがすごいのにそれ以上のお誘いは無理なのよ。公爵から性行為したいって言わないとずーっと出来ないままよ」
飲んでる途中だった紅茶を吹き出しそうになるのをぐっと堪えるリオセスリ。なんとか口の中の紅茶を嚥下すると、大きいため息を吐く。
「……看護師長」
「なにかしら」
フフフ、と可愛らしい微笑みを返すシグウィンだが、リオセスリには悪魔の微笑みにしか見えない。
「……あのヌヴィレットさんにセックスしたい、なんて直球に言えるわけないだろ」
ヌヴィレットの方がずっと歳上で上位の存在なのだけど、恋愛においては純粋無垢なことが多くて自分のどす黒い欲望をぶつけることに戸惑っていた。
「公爵の気持ちもわかるけど。最近のヌヴィレットさん、腹の奥が疼いたり、身体が火照ったりしてるのよ。でもしばらくすれば落ち着くからそんな深刻じゃないけど発情期の前触れね。本格的な発情期がきた時に、自身の発情期を落ち着けるためのだけの性行為とヌヴィレットさんが思ってしまうか。それとも公爵がヌヴィレットさんに性行為をしたいって告げてから発情期を迎えるのと、どっちがいい?」
ウチとしてはヌヴィレットさんには性行為は発情期なんて本能的理由じゃなくて恋人同士としてで初めてを迎えてほしいのよね。なんてド直球に言われてしまい盛大に咳き込むリオセスリ。
「ちなみにヌヴィレットさん。今日の午後から明日一日お休みなんですって」
「……大事な用事ができたので少し要塞を留守にしてもいいかい」
「いいのよ。けど、ウチ特製のミルクセーキを飲んでいってからね」
目の前に出された不毛を一息に飲み干してリオセスリは水の上へと向かっていった。
後日、シグウィンのノートには向かい合って微笑む水龍と黒犬の絵が描き足されていた。
――――――――――
ふわふわとした足元。水平線しか見えない景色。水色とピンクが混ざった空と海。中心で佇んでいるのはフォンテーヌの最高審判官の背中。現実的ではない光景にリオセスリはこれは夢だなとぼんやりと思う。
フォンテーヌでは見られない神秘的な風景とヌヴィレットの姿が幻想的で夢じゃなければ良いのに、など思ってしまう。
ふわりと風が吹いて長い白銀が踊る。ゆっくりとこちらへ振り向く動作に顔が見えると思った瞬間。
ピピピピ……というマシナリーの無機質な音が鳴り響き、リオセスリは現実へと強制的に戻された。
やや億劫に上半身を起き上がらせるとアラームを止めてあくびを一つ。二度寝をしたい所ではあるがやらないといけないことは山積みで。
「夢なのがもったいないくらい綺麗だったな。初夢としては上々かも、な」
年末に水の下へ遊びにきた旅人から他国の話を聞いたときに初夢というものを教えてもらった。
縁起の良いものが夢にでると良い一年になる、といったものらしい。水龍を縁起の良いものとして扱っていいのか悩む所ではあるが愛しい恋人が夢に出てくれるなら最高だろう。
新年を迎えた所で水の下では変わりない一日が始まるだけ。まあ食堂のメニューが少しだけ豪華になるくらいだろう。
先ほどみた夢を思い出しながらリオセスリはいつもの服に着替えて『公爵』の仕事を始める。
数ヶ月後。
旅人に連れられヌヴィレットと共にナタへ訪れた際に夢で見た光景と同じ風景に遭遇することになるとは思ってもみなかったリオセスリ。
幻想的な風景に見入る恋人の横顔は最高に美しかった。