そんなところが好き ~博物館のひと 番外編~今日は僕の大切なオジサンの誕生日だ。
夏の日差しが、目を焼く午後。
恋人の為に買ったプレゼントが、勢いよく地面に落ちる。
手から離れたのさえ気付かなかったのは、目の前の光景に、唖然としながら怒りに震えたからだ。
「門倉さん!!」
口から出たのは、そんな風に名前を呼ぶ事だけ。
これ以上強気に出られないのは、僕の敬愛する人が、恋人の目の前にいたからだ。
「鶴見さん!大丈夫ですか?!」
「…鶴見には大丈夫とか聞くんだ…」
何かボソッと聞こえるが、取りあえず無視だ。
「ああ宇佐美君、大丈夫だよ。ちょっと滑ってしまってなぁ」
そう言いながら、艶のある髪を濡らした鶴見さんが笑った。
2人は何故か全身ビショビショに濡れた状態になっていて、駐車場のアスファルトの上に座り込んでいた。
その足元には萎びたホースが転がっている。
確かに水浴びには良い陽気かもしれないが、いい大人がするわけが無い。
完全に門倉さんの不運に、鶴見さんが巻き込まれたに違いなかった。
鶴見さんにハンカチを渡しながら、門倉さんに尋ねる。
「…どういうことですか?」
睨んでもこの狸、肩をすくめるばかりで何も言わない。
「ああ、ちょっとなぁ…なあ?門倉」
「ちょっと、な」
その親しい間ならではのやり取りに、胸の怒りがおさまらない。
「今、車を2人で洗ってたんだ。そんな中、蜂が数匹…門倉目がけて飛んでってな」
「慌ててホース振り回したら…こうよ」
思ってた通り、やっぱり門倉さんのせいだった。
「まったく…門倉さんの不運を鶴見さんに振りかけないでくださいよ」
鶴見さんは怒るでもなく、むしろ笑いながら首を振った。
僕は内心イライラしつつ、下半身もイライラしていた。
だって、この2人の濡れ姿なんて目の毒…いや、毒とか鶴見さんに失礼だっ!
薬!そう薬だよね。
鶴見さんも門倉さんも、シャツが濡れて肌が透けていた。
鶴見さんはアンダーシャツを着ている為、胸辺りは見えないものの、充分過ぎるほどの色気を振りまいている。
鍛えられた身体の線はもはや芸術だ。
門倉さんはといえば………エロの塊かな?
あんなに言っておいたのに、アンダーシャツを着ていない!
僕が育てた胸の先端なんか、色までくっきり見えるじゃないか!
それに何?あのだらしないお腹!二の腕!
揉みしだいて噛み付いて、嫌ってほど泣かせたいくらいエロい。
うん、今日も抱こう。
「すげぇな…何も言ってないのに、何されそうか予想できた」
「それは何よりです!」
そんな僕と門倉さんのやり取りを、慈しむように見つめる鶴見さん。もうこれは天使。
…それにしてもこんな天使な鶴見さんに、なんて事を…
「門倉さん、鶴見さんに謝ったんですか?!」
「あ、そうだった!…鶴見…ごめぇん…」
「いいんだ。おかげで蜂は何処かへ行ったしな。それより風邪をひいてしまうから、早く着替えよう」
「…そうだな」
と、慣れた手つきで鶴見さんの車の後部座席を漁る門倉さん。
「っちょ!何勝手に鶴見さんの車に触ってんですか!」
「ええ~?だって俺の着替えがここにはいってるからよ…」
この2人、何の因果か親友同士だ。
お互いの誕生日に旅行を贈りあい、一緒に行く中だ。
今年は門倉さんの誕生日が金曜日だから、明日の土日に行くらしい。
もう…ほんっ……とに、ムカつく。
でも鶴見さんが毎年楽しみにしているから、止めろなんて言えるわけが無い。
鶴見さんの幸せは、何においても大事なのだから。
「明日の旅行の為に、予め鞄を積めといてよかったぜ。お、あった」
「門倉、私のも取ってくれ。館長室で着替えよう」
うーん、残念。
まぁ…僕以外の誰か他人に、2人の肌を見られたくはない。
鶴見さんと門倉さんは連れ立って、館長室の窓へ向かう。
ガラッと窓を開けると、鶴見さんが最初に入り、門倉さんがそれに続いた。
そこから入るんだとは思いつつも、何も言わずにその一挙一動をジッと見つめた。
…少年のような行動をする2人に、ニマニマが止まらない。
「良い笑顔でこっちみんな!」
「見てるだけですよ?」
「見てるだけ?」
門倉さんが首を傾げて、思案顔になる。
ふと僕の視線の先が己の胸だと知り、慌てながら両手で隠す。
こちらは充分堪能済みなので、遅いけど。
「すまんなぁ、このなりじゃ博物館の正面から行くわけにもいかないし、早く着替えたいだろ?」
「っ!そ、そうだな!」
鶴見さんに相槌を打ちつつ、こちらをギロッとこっちを睨む狸ちゃん。
その表情で胸を隠す姿は、もはや誘っているとしか思えない。
よし、ガッツリ抱こう。
「ああ、くそ!何か変なスイッチ押した気がする!!」
「ウフ、以心伝心ですね!」
「嬉しくないわ!!」
その言葉と共にカーテンが閉められた。
ああ!折角の目の保養が!!
…よし、なんならグチャグチャに抱こう。
ーーーーーーー
旅行鞄片手に帰路につく。
「もっかい着替えを入れ直さないとな~」
のんびり呟く門倉さんの背中を見つめた。
「なんか…ごめぇん」
「なにがですか?」
「なにって…」
振り返って指差す先には、先程盛大に地面へ落とした門倉さんの誕生日プレゼントがあった。
「ああ、これですか?包装紙はアレですけど、これくらいじゃ壊れませんので」
「…何が入ってるんだ…?」
恐る恐る聞くから、唇に人差し指をつけて呟いた。
「秘密です。誕生日プレゼントなのに、ネタバレなんか出来ませんよ」
「……」
その複雑そうな顔……たまらない。
そんなに心配しなくてもいいのに。
少し良いネクタイと、ちょっと透けてて布面積の少ない、かわいいお洋服だ。
どちらかと言えば、門倉さんは今夜の事を心配すべきなんだよね。
…いや、門倉さんにとっては同じか?
ああ、今夜が楽しみだ!
それよりも…
「前から言ってますけど、アンダーシャツは毎日、欠かさず着てくださいね!」
「いや…全部洗濯出しちゃって、着れるやつがなくってな」
「それなら今度買いに行きましょう。たくさんあれば問題ないでしょ」
「ああ!そうか~!さすが宇佐美だな~」
…なんてのんびり呟いて、門倉さんは前を向いてしまった。
僕はその後ろ姿を見つめる。
猫背気味の背中。
薄ら見える項の黒子。
濡れて乾いたせいでハネてる後ろ髪。
なんか胸がいっぱいになってしまって、思わず門倉さんの横腹のぜい肉を抓った。
「いてぇ!なにすん…」
振り向いた唇を素早く奪えば、唖然としつつも、すんなり応じて目を閉じる。
道の真ん中では駄目だと、いつもは直ぐ離れるのに、今日はくっついたまま。
触れるだけの甘い接吻。
相手の薄ら開く唇に、続きをせがまれているような気がして、こちらから唇を離した。
視線が合わさる。
目元が赤い。
「もっとして欲しいんですか?」
そう尋ねれば図星だったのか、真っ赤に頬を染めてそっぽを向いてしまった。
…ああ、かわいいなぁ…僕のオジサンは。
「…帰ったら幾らでもしてあげますよ」
そう囁けば、小さく息を飲んで頷くのが見えた。
恋人繋ぎして、2人で歩く。
暑くたってかまうものか。
今日の彼は僕のモノ。
たっぷり可愛がってあげるんだ。
そうだ、まだ言ってなかった。
「門倉さん。お誕生日おめでとうございます」
そのふにゃりと笑う貴方が、僕は大好きだ。