バレンタイン高銀事務所に届いた大量のチョコレートを見て溜め息を吐いた。
配信などで甘い物は苦手だからチョコレートは送るなと言ったのに、あまり効果がなかったようだ。
送られたチョコレート、特に手作り物は何が入っているかわからないし、手作りでなくても危険だから食うなと事務所に言われている。だからこの大量のチョコレートは事務所の人間によって廃棄されるのだ。仕方ないとは言え、食べ物を粗末にするのは良い気持ちにはなれなかった。
「送るなって言ったのにな……」
その呟きは空気になって消えていった……と思いきや、
「ったく、相変わらずいっぱい送られてきやがって、モテモテだねえ」
そう言いながら不貞腐れた顔で部屋に入ってきたのはマネージャーである銀時だった。
「配信では送るなって言ったぞ」
「恋は盲目って言うし、仕方ねーだろ。でも処分する者の気持ちにもなれよなって思うけど」
「処分されるなんて思ってねェだろうからな」
「じゃあそれ言ってみたら、配信で」
「あんま冷てェ事言うなって言ってんのはそっちだろ。言っていいなら言うぜ?」
事務所にそう言われてるから送るな、に留めたものの、本音は冷たい事を言って突き放したかった。それでファンが減ろうが別に構わない。いつこの仕事を辞めたって俺は構わないと思いながらやってる。
それに、俺がチョコレートをプレゼントされたいと思っているのはいつだってただ一人だからな。
「銀時、俺にチョコレートはねェのか?」
「だって高杉君は甘い物苦手だって言ってたじゃん」
「だからそれはてめェらがそう言えって言ったからだろ」
じ、と音がしそうな程銀時を見つめると、目を逸らした銀時が溜め息を吐きながらスーツの内ポケットから何かを取り出して差し出した。
「仕方ねェ、俺のとっておきをやるよ」
とっておき、と言われたそれは銀時がよく食べているアポロチョコレートだった。手に取ると開封済みで軽かったが、銀時がくれるならと思い、一つ出して食べた。
「えっ、食べた……」
「久しぶりに食ったがうめェな。ありがとよ」
「お、おう」
「じゃ、俺ァもう帰る。どうせお前はまだ残業があるんだろ」
「残業じゃねェ、野暮用だ」
「で、明日は何時入りだ?」
「11時だけど……」
「わかった」
そう言って事務所を出て自宅に向かった。
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帰ってからシャワーを浴び、軽く酒を飲んでまったりしていると、銀時が帰ってきた。
「おかえり。遅かったな、チョコレートの処分をしていたのか?」
「……お前、まだ寝んなよ?」
ジト目で俺にそう言うと、銀時はキッチンへ向かう。
「あ? まだ寝るつもりはねェが……って、何してんだ?」
キッチンにさっき買ってきたであろう物を広げると、テキパキと料理をし始める銀時。無言で作業をしているのでそのまま見守る事にした。
やがて部屋は甘いチョコレートの香りで包まれる。
「ほらよ」
差し出されたのはチョコレートケーキだった。
「何だこれは」
「チョコレートケーキ。見りゃわかるだろ」
「そうじゃねェ。何で今作って差し出す?」
「何でって、あんなので満足してたお前を見て居た堪れなくなったからだよ」
あんなの、と言われて一瞬何の事だと思ったが、多分アポロチョコレートの事だろう。だが綺麗なラッピングで送られてきたどのチョコレートよりも満足していたのは事実だ。
「てめェがくれたんだ。俺ァ、本当に満足してたぜ」
「そうかもしれねェけど……俺が嫌だったの。ちゃんとしたのをやりたくなったんだよ」
語尾になるにつれて声が小さくなり、目を逸らす銀時が可愛くて愛おしい。
俺は差し出された皿を受け取り、皿に乗ったフォークを使ってチョコレートケーキを一口食べた。
ビターな甘さのチョコレートは口の中で良い匂いを残して溶けていく。そして硬すぎず柔らかすぎない食感のスポンジがまた美味しい。
「美味しい」
「そりゃ、良かったよ」
「いいバレンタインになったぜ、ありがとよ銀時」
「ホワイトデーは3倍返しだからな」
3倍でいいなら安いもんだと思いながらケーキをもう一口。
「へェ、3倍なら安いもんだな」
「なら300倍返しでお願いしまーす」
そうきたか。でもまァ、
「300倍返しねェ、俺と一緒に一週間の休みが取れたらやってやるよ」
「マジか……偉い人に交渉してみようかな」
「そん時は俺も付き添うから呼べ」
「うん、そうだね。偉い人怖いからそうさせていただく」
その言葉を聞いた後、ケーキの最後の一口を食べた。銀時の手作り料理で一日が終われる幸せをケーキと共に噛み締める。
明日仕事がなけりゃこの気分のまま銀時の腕を引いたんだが、次の休みまで我慢しておこう。
次の休みは二日後。
すぐに訪れるであろう二日後の事を考えると口角が上がった。
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バレンタイン過ぎちゃったけど、ネタが浮かんだので書きました。
書きながら高杉は何のパロをやらせても輝きそうだなと思いました。