しあわせだよ。ざあざあ、と。寄せては返す海鳴りの音。ほのかに潮の匂いが含まれた風が優しく髪を撫でていく。中天の月はさやかに夜に灯り、さながら冷徹な女王のように静かに座している。ちらちらと瞬く星を指差してあれは金星だと口を開けば、隣を同じ歩幅で歩く男がその黄金のまなこをとろりと緩ませて笑う。
「本当におまえは良くものを知っている」
「肉眼で視える星なんて金星くらいさ。まあ俺の目は義眼だけれども」
「面白いサイボーグジョークだな」
「馬鹿にしてるだろ絶対」
長かった夏が終わり、秋が迫る夜は少し肌寒い。けれど義手のセンサーから触れる、繋いだ彼の体温がまざまざと解るから嫌いではない。ヒトより僅かに低いそれ。磁器人形じみた美しく完璧な人間のかたちをしていながらもその実、彼は人では非い。いやそうであればこそか。
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