Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    re_deader

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 11

    re_deader

    ☆quiet follow

    #fulgatus #fukuma
    百鬼夜行シリーズの魍魎の匣オマージュ
    なんでも許せる方向け(⌒ ͜ ⌒)

    Ctrl+y「すまない。向かいに座っていいだろうか」
    手持ちの本も読み切って、暇を持て余せば当然眠気も来る。頭上から降ってきた低く落ち着いた声に所在なく窓の外へ向けていた視線をゆっくりと動かす。そこには細身の男がひとり、絶え間ない列車の揺れに手摺で身体を支えながら立っていた。皺ひとつない真白の襯衣に黒の長外套。緩く纏められた柔らかそうな白髪に半ば隠された青年の面差しは陰を帯びていながらも、過去に立ち寄った街で見掛けた磁器人形のように整っていた。
    おそらく先ほど停まったあの辺鄙な駅から乗ってきたのだろう。ちらりと周りを伺えば多くの客で賑わう車内はどうやら席が埋まっているらしい。気は散るが致し方ない。どうぞ、と短く応えを返すと彼は小さく微笑んで礼を口にすると向かいの席に腰を下ろした。
    そこで気づいたのが袖から見える腕、大きく開いた襟から覗く喉が機械であることだ。傷ひとつない白魚のごとき肌に異質な光沢を放つそれはあまりに異質で、それでいて郷愁めいた感情を覚えるのが自分でも理解できなかった。
    「こんな不格好は気味悪いだろうが少しの間だけ我慢してほしい。二駅先で降りる予定なんだ」
    「ああいや、こちらこそ失礼した。君を不快にさせるつもりはなかったんだ」
    自分でも知らないうちに無意識に見過ぎていたらしい。申し訳なさそうに眉尻を下げた彼は、その作り物じみた相貌に似合わず実に表情豊かだった。ファルガー・オーヴィドと名乗った青年は幼い頃に大事故にあったらしく、それが原因で全身の大半を機械で補っているのだと語った。生きているだけで奇跡と言われたよ、とあっけらかんと笑う磊落さにこちらもつられて相好を崩せば嬉しそうに銀灰色のまなこを緩ませるのがどこか可愛らしい。
    そして同時に彼は非常に博識だった。沈黙を知らないその唇は知識と諧謔を混じえて面白可笑しく喋ることに長けていて、訪ねてきたのだという土地や人々の話をしては横道に逸れる与太話をしていく。海とともに生きる街。山に根差す村。眠らぬ不夜都市。聞けば彼はアーキビストという珍しい専門職に就いているのだという。気がつけばつい数分前に出会ったばかりの彼に対して、長年過ごした親しい友人のような気安さを抱きはじめていた。
    そうして互いを名前で呼ぶようになった頃、ずっと気になっていたことを口にした。彼が至極大事そうに抱えている黒革のトランクケース。愛用しているのだろう年季の入ったそれは、独りきりで移動するにはどうにも大きいように思えた。それをずっと座面でもなく足下にでもなく、その義肢で支えながら膝の上に置いているのが不思議でならなかった。
    「かなり大きな荷物を持っているが、長いこと一人旅でもしているのかい?」
    「ああ、知らない場所をあちこち旅をするのが好きなんだ。仕事と人生のどちらにも良い刺激になるしな。それに、」
    「それに?」
    「―――ひとりでもないさ」
    コツン、と。まるで彼の言葉に返事でもするかのように。その音は小さくも明らかに、スーツケースの内側から聞こえてきて。一瞬にして全身を駆け上がるのは飲み込みきれない怖気。互いの間にあった和やかな空気は一転して恐ろしいほど凍りついていく。きっと中に入っているものが列車の揺れで動いたのだろうと理性が言い聞かせようとしても本能がそれを否定する。偶然であって欲しいという祈りは、もはや認めているのと同義だ。
    好奇心は猫をも殺すとはこのことか。背中を伝う汗の冷たさに身震いする。ただ解るのは自分が確実に“誤って“しまったことだけ。己から問うことも恐ろしく、かと言ってここから逃げようにも脚が錘を付けられたかのように動かない。脳裏を過ぎる嫌な妄想が外れていればどんなに良いだろう。無情にもかちゃりと音を立てて外された鋲に、目を閉じることも叶わずそれが開かれて。
    「は、」
    はたしてそこに在ったのは、想像通り人間だった。もしかすれば良く出来た人形かもしれないという淡い願いは緩く瞬く双眸に露と消えた。向かい側に座る彼の髪がもう少しばかり短ければ瓜二つなのだろうと思うほどによく似た相貌。四肢も同じように機械に施されているのか綺麗に取り外されて、あたかもそのために誂えられたかのようにぴったりと収まっていた。
    思い出すのはいつか見た蝶の標本。隙間なく敷き詰められた色とりどりの花々に飾られた、陽の光を知らぬ青白い皮膚。長い睫毛に囲まれた模造の瞳。呼吸をするたび小さく上下する薄い胸。そのさまは悍ましくも例えようもなく美しく。
    もはや全て思考を放棄して、ただただ目の前の光景を見つめていた。いや、魅入られていたというのが正しい。周囲の喧騒は遠く、どくどくと脈打つ心臓の音がやけに煩い。手を伸ばせば近くにあるはずなのに、まさしく此処は現実と薄皮一枚で隔絶されていた。
    「さあ、ファルガー・・・・・。ヴォックスに挨拶しよう」
    そう甘やかに囁いてまるで分身のような“それ”の頬を優しく撫でた彼は、あろうことか己と同じ名前で呼んだ。例えば兄弟に語りかけるように、或いは恋人を慈しむように。
    くるりと向けられる無感情の視線に張りついた喉が渇いて仕方がない。一体どうして拭えぬ既視感を覚えているのか。どうしてこんなにも欲しいと熱望してしまうのか。目と鼻の先にある狂気に理性が軋む間にファルガーと呼ばれた彼の唇が静かに咲いて。
    「 」
    音すらないその聲。けれど確かに耳朶を擽る音。胎の深く、臓腑がひっくり返りそうな吐気に背を丸めて嘔吐く。堰を切ったように溢れていく涙。どうか赦してくれ。口をついて出た言葉の意味は己にも知れず、それでもそう言わねばならないと理解していた。すべての罪科はこの身にあるのだと。
    同じ顔をした同じ名前のふたりが、同じように唇を弧に描かせて魔性の如く嗤う。酷い眩暈に歪む視界のその先で。彼等は少しだけ違う声音で愉しげに哀しげに、お前のせいだと小さく呟いて。
    「お客様。そろそろ終点ですよ、起きてください」
    ふ、と。途切れた意識が反転して浮上する感覚に肩が跳ねる。声のした方を慌てて見やれば困った表情をした車掌に、いつの間にか自分が眠ってしまっていたのだと気づくにはそう時間は掛からなかった。
    向かいの座席に彼の姿はない。車窓から差す夕日にそこには淡い影が落ちているばかりで、はたしてあれが夢か現だったのかもはや杳として知れない。願わくば一時の悪夢であってほしいと思えどもあの光景はいまだ瞼の裏に焼き付いて、痼のように胸の深くに根付いていた。
    (……嗚呼、)
    どうしても彼等に逢いたい。逢って、そして私を。焦がれるような感情に脳髄まで苛まれるまま、覚束無い足取りで灰銀の名残を追い求め歩き出した。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏👏👏👏😭👏👏👏👍😭🙏🙏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works