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    #fukuma

    心中👹🐑
    暗くはないがネタがネタ。
    問題があれば消します。

    しあわせだよ。ざあざあ、と。寄せては返す海鳴りの音。ほのかに潮の匂いが含まれた風が優しく髪を撫でていく。中天の月はさやかに夜に灯り、さながら冷徹な女王のように静かに座している。ちらちらと瞬く星を指差してあれは金星だと口を開けば、隣を同じ歩幅で歩く男がその黄金のまなこをとろりと緩ませて笑う。
    「本当におまえは良くものを知っている」
    「肉眼で視える星なんて金星くらいさ。まあ俺の目は義眼だけれども」
    「面白いサイボーグジョークだな」
    「馬鹿にしてるだろ絶対」
    長かった夏が終わり、秋が迫る夜は少し肌寒い。けれど義手のセンサーから触れる、繋いだ彼の体温がまざまざと解るから嫌いではない。ヒトより僅かに低いそれ。磁器人形じみた美しく完璧な人間のかたちをしていながらもその実、彼は人では非い。いやそうであればこそか。
    過去から来た四百年の永きを生きる鬼。声の悪魔の名を冠する絶世の魔性。かたや自分は未来から来たそこかしこが機械になっただけのただの人間に過ぎない。この世界には自分たちと同じように流れ着いたモノが多く集まっている。妖精、竜人、最近はなんでも超新星から生まれた天人だというのも入ってきたらしい。それに比べればなんて自分はなんてちっぽけなんだろうと思う。
    別に自分を卑下しているわけではない。ただあろうことか種族も寿命もまったく違うこの男と、一緒にいたいと思ってしまったから。好きな映画もゲームの趣味も合うのに、朝も夜もずっと話していられるのに、違うものが大きくて、けれどなってしまったものは仕様がないわけで。
    「夜の海は少し怖いな」
    「そうか?ホラー映画の見過ぎなんじゃないか」
    とりとめのない話は互いの間を隙間なく埋め、誰の足跡もない砂浜をゆっくりと辿る。ざああ。ざあ、ざああ。幾度となくふたりで愛犬を連れて散歩をした波打ち際。きらきらと波間が月明かりに青白く煌めいて、まるで御伽噺でも始まるかのようだった。嗚呼、なんて佳い夜だろう。
    潮騒に混ざる彼の小さな歌声に、自分の声をそっと合わせる。最近のお気に入りだというその曲を何度も口ずさまれるたびにすっかり歌詞を覚えてしまった。ついぞ歌手の名前は聞いたことはないけれど。
    こういう時、心臓まで機械にしていなくて良かったと思う。いつもより僅かに速く鼓動を刻む音に喉を鳴らせば、左まぶたに降り落ちる熱に堪らず彼の名前を呼ぶ。
    「月が綺麗だな」
    耳朶を擽る低く柔らかな声。頬を撫でる白い指先。先ほど眺めたあの金星のような双眸。そこにありったけ込められた感情に気づかないほど馬鹿じゃあない。
    「ああ、今なら手が届くだろうさ」
    お前と一緒なんだから。どちらからともなく手を引いて、くすくすと笑いあいながら海に足を入れる。足首、ふくらはぎ、太もも。金属から皮膚になるにつれて触れる冷たさ。それも彼の腕の中に捕らえられてしまえばどうだって良くなる。
    見つめ合う一秒。唇が触れたと同時にとぷりと沈む身体。ごぽごぽと遠く聞こえる水音。揺れる視界に瞬くエラーポップアップ。僅かな互いの呼吸に生かされ、ゆっくりと深く深く溺れていく。ふつと溶ける泡沫。合わせた手のひら、絡む指のいとしさよ。なあ、俺は。おまえにあえて、このうえなく。
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