ずっと永遠に「あああああ……うぁあ……ああぁ……」
太陽が昇り切って久しい明るい邸内で、アプリ主は掛布に包まって唸っていた。
時折ごろごろと寝台の上を転がる彼女を他所に、荀攸は一足先に身支度を整え、平服の紐を結ぶ。
「そろそろ昼餉の時間かと思いますが、召し上がって行かれますか」
「…………食べます」
食事の話題が出たことで、食い意地の張ったアプリ主はようやく落ち着きを取り戻したらしい。のそのそと上体を起こすと寝台の上で膝を抱き、毛織物を肩まで引き上げた。
彼女のその白い首元や鎖骨、その下の至るところにも、黎明まで続いた情交の激しさを物語るように、赤い鬱血痕が散らばっている。
それをただ一人知る荀攸は、アプリ主が自身の身体を見た時にどういった反応を示すのかを想像し、微かに口の端を緩ませた。
「……荀攸さん」
「はい」
「昨日の事は、きれいさっぱり忘れてください」
「承服しかねます」
「ぐっ!」
即答され、アプリ主が呻く。両手で顔を覆った彼女は指の間から、恨めし気に荀攸を見上げた。
「酔ってたんです……血迷ったんです。妬いたのは嘘じゃないですけど、あそこまでするつもりはなかったんです!」
早口に捲し立てるアプリ主の顔は赤かった。羞恥に耐えられないとばかりにあれこれ言い訳を連ねる彼女の傍に、荀攸はおもむろに腰かける。
「俺は嬉しかったですよ」
その一言で、アプリ主の動きが止まった。
「立場が逆でしたら、きっと俺も平静ではいられない。強引にあなたを連れ戻して、無理やり組み敷くでしょうから」
淡々とした口調で激しい情念を語る荀攸の姿に、アプリ主は首を傾げる。
荀攸に無体を働かれた記憶はない。傭兵の仕事として無茶ぶりをされる事はあったが、荀攸に一方的な劣情をぶつけられる想像がつかない。
「荀攸さんでも、そんなふうに思うんですね」
掛布に包まったまま、アプリ主は荀攸との距離を詰める。少しばかりの揶揄を込めて荀攸を見上げれば、滅多に見ることのない笑顔が返ってきた。
「あなたが俺以外を見ないよう、あなたに触れた者に永劫続く呪いをかけたくなるほどには、あなたに焦がれ欲していますので」
荀攸の武骨な手がアプリ主の頬に触れ、額同士がくっつけられる。
「たとえ俺がいなくなったとしても、他の者に目を向けずに俺だけを想い続け、生を終えて欲しい。あなたの心も身体も、俺だけのものであって欲しい。
そうした我欲をあなたに押し付けたいくらいに、俺のあなたへの情愛は大きいですから」
至近距離で荀攸に見つめられたアプリ主は、熱っぽくも切ない台詞に、泣き笑いに似た表情を浮かべた。
そこまで深く想ってくれていたことは、嬉しい。厳密には全く同じではないにしても、互いに嫉妬を――相手を信じていてもどこかに不安を抱えていたと知れたことも。
普段口数が少ない荀攸が、こうして心のうちを雄弁に語ってくれるのも。全て嬉しいのに、いつか来る決して避けて通れない別れが、水中に落ちた墨のように一点の淀みを生んでいた。
「……荀攸さんの代わりは、どこにもいません。何があっても、絶対に」
心の片隅に居座る翳りは見てみないふりをして、アプリ主は笑った。
「わたしの心は全部、荀攸さんにあげます。そうすれば他の人に奪われようがないですし、ずっと持っていてください」
戯れを装って、荀攸の手を自分の胸にあてる。
「では俺の心も、あなたに捧げましょう」
ふっと小さく笑った荀攸も、アプリ主の手を自分の心臓へと導いた。
「ここにある想いの全ては、あなただけに知っていて頂きたい」
視線を交わしあった二人は同時に相好を崩し、誓いをたてるように口づけた。
*終わり*