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    monarda07

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    monarda07

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    大正異類婚姻譚パロぐだキャストリア。今日で終わると言ったなあれは嘘だ。明日でホントに終わるから、支部に纏めて上げるネ☆

    契約結婚5「…………ぁ」

    まどろみの淵からゆっくりと転がり落ちそうになって、やっぱりだめだと意識を引き上げる。変な体勢で眠っていたせいか、身体じゅうが酷く痛んだ。

    「いた……」

    思わず口からこぼれたのは文句だったのだろうか。それとも弱音だったのだろうか。おそらくそのどちらでもない。ただの現状確認の代わりとして出てきた言葉だろう。
    不衛生な固い鉄の檻の中に無理矢理押し込められていたせいで関節が軋む。温かいお湯なんて気の利いた物は用意されず、汲んだばかりの井戸水を適当にぶっかけてモップで擦られた屈辱が、嫌でも現実であるのを認識させた。
    下着も許されずに裾の長いシャツ一枚という悪趣味な恰好をさせられたせいで、指先の感覚が鈍くなるほど体は凍え切っている。荒れた唇を薄く開いて、白い息を吐きながら身を縮ませて少しでも寒さをしのごうと膝に顔を埋めて鼻をすすった。
    途端に、手足と首を縛りつける鉄の枷が耳障りな鳴き声を上げる。普通の妖精なら大嫌いなはずの鉄なのに、アルトリアにはまったく利かない。彼女も同じ妖精であるにも関わらず、だ。いっそ取り換え子で妖精と入れ替わった人間であるのなら良かったのに、と何度思ったかわからない。
    人間のような感情を持ち、人間のような魔術を使い、鉄だって平気。なのにアルトリアはヒトではなく妖精。その事実がどうしようもなく重くのしかかってきて。けどもう何もかもどうでもよくなって、もがこうとばたつかせかかった手足を静かにおろす。
    本当は鉄なんてこれっぽっちも苦手じゃないし、本気になったらこんな鎖なんて引きちぎれる。けど、自分をこんな状況に追い込んだ人間たちにそう思わせておけと思ってしまった。きっと疲れていたのだろう。何もかもを諦めてしまったのだろう。

    なんてことはない、いつも通りに顔見知りの妖精たちから受けた嫌がらせが、その日はたまたま最悪の方向に転がってしまっただけ。ヤドリギを取ってきてちょうだいな。アナタはあたしたちよりも背が高いのだから、それくらい簡単でしょう?
    そう言って、どう考えても落ちたら怪我では済まされないような高さの木の上にあったヤドリギを取ってきてほしいと頼まれた。無論、アルトリアが神秘を使えないことを分かった上での発言だ。これを依頼した妖精たちにとってしてみれば、ただアルトリアが自分の身長の数倍、下手したら十倍はありそうな高さの木を前に右往左往して泣きべそをかいている姿を思いっきり笑ってやろうという軽い気持ちだったのだろう。
    が、悪いことは続くもので。アルトリアが木に登ろうと足を踏み込んだ瞬間、バチンという激しい音と共に右足の骨に焼き鏝を直接ねじ込まれたような痛みが走った。
    激痛に悲鳴さえ上げられず、ひきつった悲鳴を上げた彼女の足には鉄でできた罠が食い込んでいたのだ。
    それが獣用では無いのだと悟ったときにはもう遅かった。その罠は、アルトリアのような妖精……いや、通常の生命の系統樹に存在しない神秘にまつわるいきものたちを専門に狩る人間たちがしかけたモノ。そういう人間がいるという話は聞いた事があった。時を経るごとに神秘は薄れ、今や魔術を使えば抑え込める程度の存在と化したいきものを専門に捕らえて高値で売りさばく人間の組織があるのだと。
    既に大した力は無いとはいえ、需要はあるらしい。解体されてなんらかの魔術の触媒にされるか、それとも……魔力を提供するためのタンク扱いされてぼろ雑巾にされるか。
    見目が麗しければ観賞用として高額が付くらしいが、それは完品であった場合のみ。あいにく、足の指がかけているアルトリアは対象外という奴だ。なのでこんなぞんざいな扱いを受けているのだが。
    欠損さえなければもっと高くで売れたのだと、アルトリアを捕まえてここに連れてきた狩人の理不尽な罵倒を受け流して黙ったままやり過ごした。せめてもっと愛想よくしろと吐き捨てられて、うるさいなぁと他人事のように文句を呟く。もちろん、心の中だけの話だが。

    「…………きもちわるい」

    大した明かりなんて無い暗い部屋。どうもあまり質の良くない商品が詰め込まれた倉庫らしく、ゆっくり手足を伸ばすことさえ叶わない。所狭しと檻やら水槽やらが並べられ、不衛生な匂いにえづきそうになった。
    おまけに妖精眼というものには“瞼を閉じる”とかいう気の利いた機能は存在しない。周辺に詰め込まれたご近所さんの心の中の発言や生々しい感情なんかが垂れ流し状態で、アルトリアに全て押し付けられていく。
    それもここに詰め込まれて一日で慣れてしまったのだが。慣れとは恐ろしいものである。もうこの現状を黙って受け入れつつあるのだから。

    「あ……そっかぁ……」

    妙に納得した答えが出て、頭の中で自己完結する。
    自分にしてはやけに諦めが早いと思っていた。これは少々おかしな話。何度踏みにじられてもへこたれず、半べそでもムキになって立ち上がって来た負けず嫌いのアルトリア。
    そんな彼女があっさり折れてしまうなど。それは普段だったらありえないのだと、彼女自身がわかっている。
    にも関わらず、たったこれだけで立ち上がる気力がポキリと折れてしまった。
    それは、なぜ? 原因を探って辿り着いたのは、あの青い空の瞳。

    「わたし……リツカと別れたのが、結構堪えてたんだぁ……」

    遥か東の果ての国からやって来た、青い瞳の不思議な少年。アルトリアにとって、初めて話してて居心地が良いと思った赤の他人。

    初めて────このヒトにだけは、妖精であるのを知られたくないと思った。

    この感情に名前なんて付けられないけど。言葉で表現なんてできないけど。それでも、アルトリアにとって彼は唯一無二の特別だった。
    あの時抱いた感情を向ける相手は、彼を除いて二度と現れないだろう。一週間に一度、樫の木の下で。わずか一年と少しで終わった関係だ。まだ若い彼にとっては人生として与えられた時間をほんの少し使って話をしたという程度の。そんな、国に帰れば数日で忘れ去ってしまうほど軽い存在だったとしても。
    アルトリアにとっては、彼とは話したこのわずかな時間だけが、残りの時間のすべてとなったのだ。
    たとえ汚泥の底で身も心も汚されようとも、ほんのわずかな思いでだけあれば十分過ぎると思えるほどのあたたかい思い出だった。

    (だからもう、いい)

    彼の中から自身の存在が消えてしまおうとも、それで良いのだ。そう思い込んで、また笑っていようと思っていたのに。
    大丈夫、いつもみたいに我慢すればいい。なんて、そんなちっぽけな意地が通用しなくなるくらいに、彼の存在は大きくなっていたのだ。

    (気付いたってもう遅いのに……)

    彼はもう本国に帰る船に乗っただろうか。身体を壊していないだろうか。
    思い出に蓋をして大事にしまっておこうと思ったのに、気が付けば思うのは彼のことばかり。その事実に気が付くたびに勝手に自分で傷ついて。自虐的な自分が嫌になって来た。

    「──あの、お客様。そちらにいるのは、あまり質の良くない商品ばかりでして」

    遠くの方から喧騒が聞こえてきたかと思いきや、鉄でできた頑丈な扉を乱暴に開ける音。かなり大きな音が出たので倉庫内から威嚇のような激しい声が響く。
    しかし、この店の店員の制止をないものとして無視しながら真っ直ぐ歩いてくる足音の主はまったく怯まない。自分の周辺にあるもの全て、耳障りな雑音として扱っている。颯爽とした足取りで、何度か狭い通路を行ったり来たりしながらぐるぐると倉庫内を回っていた。
    ……探し物でもあるのだろうか。店員が妙に下手に出てるという事は、かなりの上客なのだろう。
    どこぞの趣味の悪い大金持ちか何かか。しかしこの店の人間にとっては金さえ貰えればそれでいいという考え方の持ち主ばかり。こんな質の悪い安物を買われるよりも、もっと高品質な品を高値で売って単価をあげたいのは手に取るようにわかる。先程から猫撫で声で表の競売会場に戻るように促しているが、客らしき人間はその声でさえ完全に右から左に流していた。いっそ清々しささえ覚えるほどだ。そうまでしてよっぽど欲しいものがあるのだろうか。

    コツコツ、と固いレンガとぶつかって奏でられる上品な革靴の足音が、アルトリアの入れられた檻の前でぴたりと止まる。

    (……え?)

    ぎゅう、と心臓が締め付けられるような感覚。喉の奥が閉まって上手く息ができない。その反面、汗腺はいっきに開いて冷や汗が噴出してきた。
    きっと今の自分の顔色は最悪なのだろう。と、アルトリアは思う。自分なんかが選ばれるはずがないと高をくくっていただけに、この足音の主の行動は彼女を恐怖で縛り付けるのには十分過ぎた。

    「…………」
    「あの、お客様…………?」
    「……五万ポンド」
    「は、はぁ?」
    「五万ポンド出す。この娘を檻から出せ」

    視線が肌を突き刺す。せめて怖くて震えているのを悟られないようにと寝ているふりをしてやり過ごそうとした。
    瞬間──耳を通り抜けた若い男性の声に、思考が真っ白となる。

    (…………待って、なんで)

    それは、少なくともこんな場所で聞くはずのない声。決して、断じてありえないはずの人物の声。
    もしかしたら自分が頭の中で作り出した幻聴だったのだろうか。いや、そうであってほしい。
    微かな希望を胸に、耳元で鳴っているかと思うほど煩い心臓の鼓動に集中して。アルトリアは恐る恐る顔を上げ、自分に視線を向ける声の主の姿を目に映す。

    「……え?」

    背の高い男性。踝までありそうな黒いローブに身を包み、フードをしっかり被っているせいで素顔は見えない。
    けど、その瞳だけは見間違うものか。
    今まで見たことも無いほどの冷酷な光を宿す青い瞳を向ける、その人物は。

    「────リツカ?」

    思わず出てきた彼の名。それを耳にしたはずなのに目の前の男は────藤丸立香と名乗った少年は微動だにしなかった。





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    monarda07

    MAIKINGぐだキャストリア大正パロの出会い編前編
    契約結婚2(前編)────二年前、倫敦。


    (わあ……綺麗だなぁ……)

    高い塀で囲まれた大きな建物の中で、煌びやかな光がくるくると踊っている。それを遠目に見ながら、少女は──アルトリアは目を輝かせた。
    それは本当に偶然だった。今日の寝床を探すために倫敦の暗い影を歩いていたら、たまたま迷い込んでしまった人間の縄張り。聞きなれた言葉の中でも目立つ、聞きなれない独特な言葉。島国の宿命としていまだ濃い神秘が飛び交う大英帝国付近の国の言葉ではない。意味が分からないが、辛うじて言語だとわかる声が飛び交っているのに気付いて「そういえば」と思い出した。
    アルトリアが迷い込んだのは、遥か東の果てにある「二ホン」とかいう小国の「タイシカン」とやらだ。ほんの数十年前まで外国との親交をほとんど絶っていたからか、神秘がいまだに色濃く残っているらしいその国は。アルトリアたちのような人ならざる者──”隣人”にとって、とても居心地の良い場所に違いないだろう。あまりにも遠すぎるため、容易に移住できないのがなんとも残念だね、などと。彼女を遠巻きにしながら、これみよがしに仲間と楽しくおしゃべりしていた妖精たちの会話を思い出す。
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