石乙散文 石流さんに後ろから抱き締められると、十中八九項から首筋の辺りを噛まれる。痛いと思うほどではないけれど、後からくっきり歯形が残っているとうわーと思う。
その日も後ろから抱き締められて、耳の後ろ辺りをちゅっちゅと口づけられたと思ったら、首筋にカプリと噛み付かれて身動いだ。
「……あの」
「んー?」
「あんまり、噛まないでくれませんか?痕が残ると困るんで」
僕がそう言えば、石流さんは聞いているのかいないのか、ペロリと噛んだ箇所を舐めた。
「う、ひぃ…」
「なんで困るんだよ?この辺は服を着りゃ隠れるだろ?」
「寮の大浴場とか、行けないじゃないですか…」
「シャワー室は個室だろ」
「……僕に湯船浸かるなって言ってます?」
思わずムッとした言い方になってしまったけれど、僕だってゆっくりお湯に浸かりたい時はある。それを出来なくされるのはちょっと嫌だ。
すると石流さんは顔を上げてチラリと僕を見てきた。
「誰もいないときに入ればいいだろ」
「そんな……共有スペースじゃあ無理ですよ」
「なら外に五右衛門風呂でも作るか」
「……意地でも僕に一人でお風呂に入らせようとしてます?」
ああいえばこういう。石流さんが噛むのを止めてくれてら済む話なのに。
でも石流さんは、意地悪く笑って言って来た。
「オマエこそ、一番簡単な方法があるのになんでやらないんだよ?」
「は?」
「こんな噛み痕くらい、オマエなら反転術式で治せるだろうが」
そう言って、項をまたカプリと噛まれた。しかも、強く噛まれて、ピリッと痛みを感じた。
「…っ、た…!」
「俺はオマエの裸を誰にも見せたくねぇの、これはマーキングなんだよ」
「そん、な…!」
思わず声を上げたけれど、噛まれたところを再び舌で舐められて、そのざらりとした感触にゾクリと背筋が震えた。
「はぁ、ン…!」
「……声が、その気になってんぞ?」
そのまま顔を後ろに向けさせられて、ちゅっと唇を塞がれた。無理な体勢だから苦しくて、でもその唇を離したくなくて。
言われたことは全部図星だ。確かに僕は石流さんに噛まれた痕を治そうと思えば治せるけど、わざとそれをしていない。しようという考えすらなかった。
(…だって、この人にもらったものは、全部大事にしたいから)
本当は、その痕が消えてしまうのすら嫌だなんて。
マーキングなんて言われたら、ますます消せないじゃん。
そんな風に思いながら、自分の身体をそっと、彼に委ねた。