芸能パロ石乙「お疲れさまでした、かんぱーい!!!」
そんな号令と共に、カチャカチャとグラスの当たる音が響く。その日はとある刑事ドラマの打ち上げが、とあるホテルのワンフロアで行われていた。出演者だけでなく、脚本家や演出家、プロデューサーやその他、スタッフ一同が集まり、酒とビュッフェ形式の食事に舌鼓を打っていた。
出演者の一人である石流は歓談しながら関係者に挨拶して回り、その度に「よかったよ~~」と肩を叩かれた。
「まさか石流くんのあの役にあんな出番があるとはね」
「最初は乙骨くんの役のメイン回一回のみの予定だったんでしたっけ?」
「むしろあの回が急遽作った回なんだから、想定外も想定外ですよ」
演出家の確認に脚本家が笑ってそういう。
「でも、やっぱりインパクトのあるキャラクターだったし、最終回に向けて盛り上げるのに、そっちサイドからのアプローチもあっていいかなと思って、僕は書くのとても楽しかったですよ」
「私も私も!やっぱり敵対していた相手と共闘するっていいですよね、少年心が疼いちゃいました!」
そんな風に熱弁する彼らに、石流は苦笑しつつもありがたいなと思った。
そのドラマでの石流の役は、主役の刑事チームとは相容れないヤクザの役で、最初は主人公の後輩である新米刑事の活躍回の悪役として登場するのみだった。だが、その回が思った以上に反響が良く、更には主演チームに捕まらなかったこともあり、最終回手前で彼らと利害が一致して協力関係を結ぶこととなったのだ。
もちろん、表向きは対立しているし、腹の探り合いをしながらの協力となったのだが、そのスリルが話題を呼び、最終回はかなりの高視聴率を叩き出したらしい。それもあって、これはまだ世間にはオフレコなのだが、映画化の話まで出ているとかいないとか。
石流くんの役、まだ逃げおおせているし、映画でも出番あるかもね、と言われたのは素直に嬉しかった。普段は時代劇メインに出演していることもあり、この手の刑事ドラマでは石流の顔はまだそこまで売れていない。この機会にこういうドラマの仕事も増えたらいいと考えていた。
(まぁでも……やっぱり殺陣がねぇと物足りねぇと思わないでもないし、メインの畑はやっぱり時代劇がいいんだけどよ)
そんなことを考えながら、石流はバーカウンターで焼酎をリクエストしそれに口を付けながら、フロアの端にあったソファに腰を下ろした。
挨拶は粗方すんだし、後は適当に飲んで少しなんか食ってくか、と石流が思っていれば。
「りゅうしゃぁん~~」
そんな明らかに酔っ払いの声が聞こえたかと思えば、ひらひらと手を振りながら近づいてくる青年が一人。
それは出演者の一人である乙骨憂太で、石流がこのドラマで最も共演が多かった役者だ。乙骨は、ふらふらっと近づいてきて、石流の隣に座ると、その腕をぎゅっと掴んできた。
「やっとみぃつけた…」
「……オマエ、大丈夫かよ?」
乙骨は随分と酔っているように見えた。だから、一応そう言えば、クスクス笑いながら「らいじょうぶれすよ」なんて言う。全然大丈夫じゃねぇ。
「あ~~~石流さんすみません~~!」
そんな石流の元に、もう一人イケメンの青年が近づいてくる。何を隠そう、このドラマの主演俳優だ。
「憂太のやつ、飲めないなら無理しなきゃいいのに、お偉いさんにお酒注がれる度に飲んじゃって…」
「あーなるほど…」
「そしたら、急に『龍さん龍さん』言い出して」
そんな風にいいながらも、彼は石流とその腕に抱きついている乙骨の姿に苦笑を漏らした。
「……にしても、なんだかんだで石流さんと一番仲良くなりましたよね、憂太」
「……まぁ、一番共演したしな」
「仲がいいというか、懐いているというか……憂太、わりと人見知りらしいので、すごいですよ」
「……そうなのか?」
石流が意外そうに言えば「そうですよ」と彼は頷く。
「礼儀正しいけど一線を置いてる感じがするんですよね。まぁ、俺たちで揉みくちゃにして、慣れさせましたけど」
「ははは、さすがだな」
そこで、主演俳優の彼が他のスタッフに呼ばれて「すみませんが、憂太のこと頼みますね」と言って離れていった。
ソファの上に乙骨と残されて、石流は改めて、乙骨の方を見た。乙骨は顔を真っ赤にさせていて、むにゃむにゃと寝言みたいに何か言っている。ガキみたいな顔してるな、と思いつつ、この写真を撮ってインスタグラムにあげてやろうかなとか思って、スマホを取り出したところで。
「ん……りゅうしゃん……」
乙骨が寝言のようにそう呼んできたので、思わずその手を止めてしまった。
何となく、何となく、有り得ないと思うのだが、こんな乙骨の姿をネットにあげてしまうのは勿体ないのと思ってしまった。
(バカヤロウ……なんだそれ……)
正直、そんなことを考えてしまった自分に呆れた。
乙骨は仲のいい共演者で、期待の若手俳優で、SNSとか機械に疎い自分にあれこれ世話を焼いてくれた。石流が始めたインスタグラムは最初は乙骨のファンにばかりフォローされていたけれど、最近は全然関係ない人からフォローされたり、インスタやってたんですねー!と石流の出演する時代劇のファンからもフォローされるようになった。石流が身体を絞っている様子をあげたら、YouTubeもやっているボディービルダーからフォローされたのは地味に面白かった。
つまり、ようするに、自分の知らなかったことを乙骨に教わったり、逆に自分がベテラン俳優として、若手の乙骨にアドバイスしたり、そんな相乗効果が生まれた相手だった。
更には石流には、別れた妻との間に子供がいて、乙骨よりは全然年下だけれど、それでも乙骨くらいの年齢の青年を相手にしていると、あまり会えない子供のことをほんのり思い出すとか。
そんな感じの存在だった。いや、そのはずだったのだ、自分にとって。
(……なんだ、ろうな……最近、それ以外の感情を向けちまっている気がする……いや、そんなことねぇって思ってるし、けどよ……)
改めて自分の腕に抱きつきながら、寝そうになっている乙骨を見ていて思うのだ。乙骨に好かれているのが素直に嬉しい、先程、人見知りなのに石流とは仲がいいと言われて、少し優越感さえ覚えた。彼にとっても自分は特別なんだろうかなんて、淡い期待をしてしまいそうになる。
(はー…もう、なに考えてんだろうな、いい歳して……)
思わず顔を手で覆って項垂れていれば、周りから拍手が起こった。どうやら、先程の主演俳優が最後の締めの挨拶を終えたらしい。
(この会もお開きかな……二次会とかもあるんだろうけど、俺はとりあえずいいか……)
むしろ自分に抱きついたままの乙骨に対して、このまま持ち帰ってもいいのか?と思っていれば。
「憂太くん~~~!」
そんな声が聞こえたと思えば、乙骨のマネージャーだった。
「ああ~~~石流さん、すみません…」
「いや……」
「ほら、憂太くん、帰るよ!」
マネージャーがそう言って、石流から乙骨を引き剥がそうとすれば、乙骨はうーーんと唸りつつも石流に抱きついたままだった。
「ちょっと、憂太くん~~~!」
「ん……りゅうしゃん……」
マネージャーの悲鳴のような声に、石流が苦笑しながら、そのマネージャーに言う。
「こいつを帰すなら、俺も一緒に行こうか?」
「えっ、でもそんな……」
「でもこいつ、俺に抱きついたまま離れないだろ?」
乙骨の頬を突きながらそういえば、マネージャーがうぬぬと唸った。
「すみません……じゃあ、お願いしてもよいでしょうか?僕の車で、憂太くんの家まで送るつもりだったので」
「おう、了解」
「その後、石流さんもご自宅までお送りしますね」
「おお、それは助かるわ!」
石流はそう言い、他のスタッフに挨拶しつつ、自分の腕にしがみついた乙骨をそのままに、乙骨のマネージャーと駐車場に向かった。
車に乗っている間も、乙骨はむにゃむにゃ言いつつ、抱きついたままで、寝てるんじゃないか?と思えてきた。そうこうしているうちに、乙骨が住んでいるというマンションの前に付いた。
「鍵と部屋番号だけ教えてくれるか?俺が部屋まで連れていくから」
「いや、石流さんの手をそこまで患わせるのは」
「いいから、車を路駐してるし、あんたが残ってた方がいいだろ?」
石流にそう促され、マネージャーは本当に申し訳なさそうに鍵と部屋番号を教えてくれた。こちとら半分くらい下心があるので、逆に申し訳ないくらいだ。
(まーー別に、部屋に入ってどうこうする気はねぇけどさ…)
そんな風に思いつつ、乙骨の肩を支えながら教えてもらった部屋番号に向かった。
部屋の前に来たところで、石流は改めて乙骨を見た。
「オイ、ゆう。家に着いたぞ、いい加減離れろ」
扉の鍵を開けつつそう言えば、乙骨は「んー?」と言いながら目の前の扉を見た。
「いえまで、おくっれ、くれらんれすか…?」
ガチャリと扉を開けて「そーだよ」と返せば、乙骨はふにゃりと笑った。
「ありあとう、ごらいまふ……」
そしてそう言って、石流の首に腕を回して──ちゅっと、唇を合わせた。
そのまま「おやすみらさい~~」と言って、部屋の中に入っていき、目の前の扉がパタンと閉まる。
石流の頭はフリーズして、その扉を凝視していた。
(……おい、待て……)
思わず、自分の唇に触れる。ふにゃりと触れ合った、感覚が僅かに残っていて。
それは、つまり。
(あいつ今、俺にキスしなかったか…!!??)
つづく…?