石乙散文 ぎゅっと身体を抱き締められて、耳元で「好きだ」とハッキリ言われた。抱き締めてくる逞しい腕は少し震えていて、力強いのに何故か不安定で、耳元で囁かれた告白の言葉も、ハッキリ聞こえるのに何処か必死で。
いつも何事もなんでもない風に受け流して堂々としているこの人が、こんな姿を見せることがあるだなんて驚いてしまって。
そして何より自分への好意を示す言葉が信じられなくて、上手く飲み込めなくて。
その好きはどういう好きなのだろう。仲間とか友達とか、そう言う好きであるはずはない、そういう好きをこんな必死に抱き締めながら伝えるなんてありえない。
だったら、恋とか愛しているの好きだろうか。そう考えたら、そんな気持ちをこの人から向けられるなんて有り得ないって思って。
「…っ、いし、ごおり、さん…」
どういうことですか、その好きってどういう意味なんですか、誰に向けたものなんですか。
そんな意図を籠めて呼び掛ければ、不意に抱き締めてくる腕が緩んで真正面から顔を見つめられた。その瞳は真っ直ぐこちらに向けられていて、僅かに眉間に皺が寄り、不機嫌そうにも見えたけれど。
その瞳はゆらぎ熱が籠もっていて、それを見ただけで身体がすくんだ。目は口ほどにものを言う、なんていうけれど、その目は確かに、自分のことが好きだと訴えかけてきている。
そんな目で、僕を見ないで。
そう思うのに、その視線から逃げられない。求められる熱意から逃れることが出来ない。だって誰かに必要とされることが、自分の存在意義でもあるんだから。
「……乙骨…」
名前を呼ばれ、彼の顔が近づいてくる。その意味も意図も察しが付いた。自分がこのまま何もしなければ、きっとこの人は自分にキスしてしまう。分かっているのに拒めない、その行動を止めることが出来ない。
好きだ
キスしたい
俺のものになれ
誰にも渡したくねぇ
お前の全部が欲しい
その目から雪崩のように彼の感情が溢れてくる。止めて、そんなの無理だよ、無理だから、止めて欲しい。
頭では拒まなければと思うのに、身体は全然動いてくれない。彼の好意に埋もれて縛り付けられて沈められて。
気付いたら目を閉じて、彼に唇を差し出していた。
僕なんかでよければ。アナタが欲しいと思うのなら。好きなだけ持っていけばいい。
求められたら拒めない、拒みたくない、僕を嫌いにならないで、そのためなら、いくらでもなんでもあげるから。
唇が触れ合って、でもそれを一度受け入れてしまったら、それだけで済むはずはないのだ。