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    ぱせり

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    ぱせり

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    12月発行予定のドルパロサンプル

    #ドラマイ
    drabai

    毎度『結婚』がトレンドワードになるオレたち テレビの向こうにあるモノなんて、全部虚像だと思っていた。作ったような笑い方だとか、善意に見せかけた綺麗事だけの言葉だとか。何考えてんのかもわかんねぇ人間の偽物に見えて、違う世界でも広がってるみてぇな感覚。

    「君、背高いねぇ」
    「は?」
     一瞬、自分に声が掛けられてるんだと気付かなかった。
     住ませてもらってるヘルスの手伝いで、スーツ着て店番してたその日。ゴミ捨てに店が入ってるビルの外に出たら、夜だというのに至るところで眩しいくらいにネオンが光っていた。向かいのビルに設置された大型ビジョンで名前も知らないアイドルグループが楽しそうに踊っているのをぼんやりと見上げていたところ、ふと隣に人の気配を感じてようやくオレに向かって言葉を発していたのだと思い至る。
    「年いくつ?」
    「……十五」
     質の良さそうなスーツを着た中年のおっさんが、穏やかな目をしていたからかもしれない。経験上、本当に富を持つ人間というのは根っから穏やかな気がする。そんなことを思いながら、相手の緩い口調につい正直に話してしまった。未成年でこんな店にいるのを咎められれかもと思ったが、返ってきたのは思いもよらない言葉だった。
    「若いね!ねぇ、芸能界って興味ない?」
     芸能界に興味があるかないかでいえば、これっぽっちもなかった。地面に這いつくばって生きてるのがオレだとしたら、芸能界は雲の上に住むような別世界の話。興味持ったところで、惨めになるだけだ。
     だけど興味があるとしたら、年齢関係なく働けるということ。親に捨てられたことも、だけどオレを捨てた親と同じ大人に庇護されないと生きていけないことも、オレは捨てるモンなんて何も持ってなくて与えられるモンをかき集めて拾っていかないといけないことも。全部理不尽だとどこかで腹が立つ思いに蓋して、しょうがねぇって諦めて受け入れていた惨めさを、もしかしたらこの手でどうにかできるチャンスがある。
    「……興味ある」
     この時オレは、自分の手で金を稼いで誰の手も借りず一人で生きていくことが、大人になるということだと思っていた。

     声を掛けてきたおっさんは、オレに名刺を渡して三日後の十時に事務所に来るよう言い残し去っていった。オレの都合も聞きもしないあたり、人に命令することに慣れた立場なのかもしれない。
     今の現状から抜け出したいとは思っても、オレは夢見がちなバカではない。酔っ払いの戯言かもしれないし、騙されてるのかもしれないと頭のどこかで疑っていた。
     それでも渡された名刺を捨てることができず、店に戻って正道さんに見せてみる。
    「せっかくだから行ってみれば」
     揶揄うでもなくいつも通りのテンションでそう言われたオレは、つい素直に頷いていた。

     言われた通り三日後、名刺に書かれた住所を訪れるとデカいビルが建っていた。普段着でやって来たオレは明らかに場違いだが、受付で名刺を出し来るように言われたと告げれば中に通される。酔っているように見えたおっさんは、ちゃんとオレと約束したと認識していたらしい。
    「いらっしゃい」
     出迎えてくれたおっさんは、穏やかな雰囲気は変わらず、だけど食えない笑みを浮かべていた。
    「あの時うっかり名前聞くの忘れててね。来てくれてよかったよ」
     そう言って自己紹介をしてくれたおっさんは、なんとこの芸能事務所の社長だったらしい。思いもよらない事態に緊張しながら、どうにかオレも自分の名前を告げる。そこでドアがノックされたかと思うと、スーツを着た男と一人の少年が部屋に入ってきた。
    「……っ」
     その少年と目が合った瞬間。なんでかわかんねぇけど、心臓を鷲掴みにされたような感覚がした。オレより小柄で、だけどよっぽど大きい存在感で。真っ直ぐオレを見る目は力強くて、金縛りにでもあったように目が離せない。
    「揃ったね。実はこの二人でアイドルユニットを組んでもらおうと思うんだ」
     社長が言葉を発して、ようやくこの部屋に居るのが二人だけではないことを思い出す。
    「……アイドル?」
     予想もしなかった言葉に、オレは思わず力無い声で呟いた。アイドルといえば、歌って踊るあの?オレがあんなことするのか?
    「今までにないワイルドでカッコいいユニットを作りたかったんだよね。二人ならピッタリだ」
     芸能界と聞いてノコノコここまでやって来たけど、恥ずかしながら具体的なことは全く考えていなかった。もう一人の少年はあらかじめ聞いていたのか、慌てることもなく話を聞いている。
    「芸名はドラケンとマイキーでいいかな。後はそこの彼から聞いてね」
     そう言い残し社長が去った後、話を聞くところによるとスーツの男はオレらのマネージャーになるらしい。
    「ドラケンって名前なんていうの?」
    「龍宮寺堅」
    「ふーん。じゃあケンチンな!」
    「違うけど?」
     少年と初めて言葉を交わしたが、なんというか話を聞かないヤツだった。
    「オレは佐野万次郎。マイキーでいいよ」
     オレのことは変な渾名で呼ぶくせにちゃっかり自分だけ芸名で呼ばせようとするあたり、ズルくないか。
    「ケンチンはアイドルになりたかったのか?」
    「いや、自分で稼ぎたくて……アイドルとは思ってなかった」
     こんなことを言うと怒るだろうかと思ったが、これから二人でやっていくなら嘘つかねぇ方がいいだろうと正直に口にする。マイキーは怒るでもなく笑うでもなく、さっきと同じように真っ直ぐとオレを見た。
    「オレはさ、妹が履歴書勝手に送ったらこの前面接呼ばれて、今日アイドルユニット組むぞって言われて、まぁなんとなくなんだけど」
    「はぁ」
     たまにテレビで家族が勝手に応募したなんてアイドルを見るけど、本当にそんなことあるんだな。ぼんやりとそんなことを思っていると、マイキーの握った拳でとんとオレの胸を突いた。
    「でもさ、ヤるならてっぺん獲んぞ」
    「……っ」
     今日のオレ、心臓がおかしくなったのかもしれない。大して力なんて込められてなかったのに、胸が痛いくらいに心拍数が跳ね上がった。
    「よろしく、ケンチン」
     にっこりと笑うマイキーに、魅せられたようにただ頷くことしかできない。
     そこにいるだけで人を魅了する、天性のアイドル。そんな男とただ事務所に呼ばれて顔を合わせただけなのに、なんでかオレは本能でこれは運命だと感じていた。

    「デビュー後軌道に乗るまで、しばらくの間は二人で住んでもらいます」
    「は?」
     顔合わせを済ませこれからの予定について説明を受けることになると、マネージャーがそんなことを言い出した。
    「デビューするまではひたすら練習ですからね。練習スタジオ近くの事務所が持ってるマンションに住んだら練習し放題です」
     つまりは電車の時間など気にせず朝から晩までレッスンしろという意味である。まぁ歌もダンスも経験なんてねぇから、これに異論はない。
    「デビューした後もそこに住むのか?」
    「デビューした途端に人気者になったと思ってハメを外す子がいるんでね。二人で一緒に住んだら自分だけ勝手しようと思わないだろうって抑止力の意味もあります」
     なるほど、お互いを監視するって意味もあるのか。マネージャーが四六時中見張ってるわけにもいかねぇもんな。
    「家賃はかからないし、ウチは大手なのでデビュー前の練習期間も安いけど給料出ますよ。食費や生活費くらいなら充分賄えるので他にバイトもしなくていいですし」
     この話はオレにはありがたいものだった。マイキーは聞いてんだかも怪しいくらいの適当さで、近くにたい焼き屋あるかななんて呟いていた。
     ヘルスに戻って正道さんにことの経緯を話す時には、柄にもなく緊張した。今日社長と話をした時もそうだったけど。ここにきてようやく、今まで周りに臆せず過ごせていたのは、オレの周りにいた大人たちがオレに気を遣ってくれていたのかもしれないと理解できた。だからこそ、血の繋がらないオレを今まで世話してくれた正道さんには言いづらかったというのもある。親に捨てられたオレをしょうがなく置いてくれていたのに、オレはここを捨てたいと心のどこかで思っていたんだから。恩を仇で返すようなもんだ。
    「よかったな」
     オレの罪悪感には気付きもしないように、正道さんはからりと笑った。
    「他にどうしようもねぇとは言え、ガキをこんなとこに置いとくのも悪いしな」
     オレが出て行きたいと思ったことを、当然だとでも言うような口振りだった。それ以上は何も言わず、事務所との契約書類にも保護者としてサインをしてくれる。
    「頑張れよ」
    「……おぅ」
     マイキーから言われた、『てっぺん獲んぞ』という言葉が頭の中に響いた。てっぺん獲って、それで『ここで暮らしたから今がある』って自信持って言えるように。そんな自分になりたいと思った。
     諦めるのは、もうやめることにした。

    「ふぉ〜」
    「結構広いな」
     事務所に用意されたマンションに入居の日、マネージャーに連れられマイキーと二人で部屋に足を踏み入れた。
    「家電とベッドは付いてるので好きに使ってください」
     事務所所有のマンションは二LDKで、二人暮らしといってもそれぞれ個室を与えられた好待遇だった。他の部屋にはオレたちより先にデビューしたアイドルや、デビューは未定だけど事務所に所属している練習生たちも住んでるらしい。
    「未成年ばかりで住ませるわけにもいかないので、マネージャーが住んでる部屋もありますから」
     人の目があるからハメを外すなと繰り返し言い聞かせて、マネージャーは帰っていった。過去になんかあったのか。
    「ケンチン、部屋どっちする?」
    「どっちでもいい」
     マイキーが日当たりのいい方の部屋を選んだから、オレは広い方の部屋になった。それぞれ持ってきた荷物を片付けに部屋に入ると、静かな空間に一人になる。嬢の声が響いていたヘルスとは違うなと思う間もなく、マイキーが部屋に突撃してきた。
    「ケンチン、近くの探検行こ!」
     探検ってガキかよと思ったけど、マイキーはオレと同じ十五歳らしい。背が低いから年下かと思ったと言ったら、容赦なく脛を蹴られて殴り合いになりそうだった。
    「アイドルになるという事実がなかったら顔殴ってたから、よかったな」
    「ちっさいって言った詫びはたい焼き十個でいいよ」
    「食い過ぎだろ」
     なんとか理性的であろうとするオレとは違い、マイキーは出会ったばかりとは思えない自由さだ。
    「鍵なくすなよ」
    「ケンチンが持ってるから大丈夫」
     一人野放しにしてはいけないという危機感を感じ、探検と歩き回るマイキーの後をついて行った。
     すぐ近くのコンビニから十分ほど歩いたとこにあるスーパー、そこから更に五分ほど歩いたところにマイキーご所望のたい焼き屋を見つけ、マイキーは嬉しそうに笑う。本当にたい焼き十個買った時には驚いたけど、不思議とマイキーらしいなんて思ってしまった。
     コンビニで買い出ししてから部屋に戻ると、二人暮らしのルールを決める。料理はどっちも出来ねぇから、飯は外食かコンビニ。掃除と洗濯は当番制。後は問題があればその都度話し合えばいい。
     男二人なら気楽なもんだろと楽観視しながら、二人での生活が始まった。

     正直平和なのは同居初日だけだった。
    「マイキー!起きろ!」
    「すぴー」
     毎朝オレの部屋にまで聞こえる程アラームが鳴り響くのに、マイキーは全く起きない。結局オレがマイキーの部屋に突入し、アラームを止めてマイキーを揺さぶり起こすことになる。
     放っときゃいいかと思っても、オレたちは二人ユニットなのだ。二人で暮らし、二人でレッスンを受けている。マイキーがレッスンに遅刻したら連帯責任になるだけだから、オレは毎朝マイキーを引きずってレッスンに行くことになった。スタジオが近くてよかった。
     レッスン初日にデビュー曲になる曲を聴かされ、ダンスの振り付けを見せられた。そこからはひたすら反復練習の毎日だった。くたくたになるまでボイトレとダンスレッスンを受けて、体力勝負だからなんとかコンビニで買った飯だけは食って、シャワー浴びて寝る。その繰り返し。
    「ドラケンくん、もう一回」
    「ウス」
     焦ることに、マイキーに比べて明らかにオレの方が指摘されることが多かった。歌もダンスもやるのは初めてで、リズムに乗って体を動かすのに慣れないでいる。
     それに比べてマイキーは、オレと同じく初めてとは思えない程上手かった。歌は高い音でも楽に出すし、ダンスは手本で見せられたらすぐに振りを覚える。
    「マイキーくん、本当に初めて?」
    「なんとなくやったら出来た」
     トレーナーも驚くほどの才能に、オレが足を引っ張っているという焦燥感だけが募っていく。マイキーがソロでやった方が上手くいくんじゃねぇかなんて、少しでも考えてしまう自分の弱さも腹が立った。
     そこでまた、『てっぺん獲んぞ』というマイキーの声が頭の中で木霊する。諦めるという選択肢を捨ててこの世界に入ってきたのだから、残ったのは練習あるのみというシンプルな答えだ。
    「先帰ってて」
    「んー」
     いつものレッスンを終えた後、マイキーと別れ自主練のために練習室に向かった。マイキーより実力が劣るなら、マイキーより練習するしかない。出来ないオレに合わせてもらうのも難しいパートをマイキーに任せるのも、死んでもごめんだ。オレはこう見えて負けず嫌いなのだ。
    「ケンチン、いた!」
    「あ?」
     十五分ほど鏡を見ながら踊っていたら、なぜかマイキーがやってきた。
    「帰ったんじゃねぇの?」
    「夜食買ってきた」
     掲げられたコンビニのレジ袋を覗けば、ペットボトルの水とおにぎりが二人分入っている。
    「なんで」
    「オレたち二人のユニットなんだから、二人で合わせなきゃ意味ねぇじゃん」
     オレの疑問に、マイキーがなんでもないことのように答えた。当たり前のように、オレたちは二人のユニットだと言う。当たり前のように、オレがマイキーに合わせられるようになると思っている。
    「……いつもタイミングズレるとこあって」
    「じゃあそこからしよ!」
     さっきまで疲労に重く感じていた足が、まだ動かせると力が湧いた。
    「ここはね、右足をヒュッてしたらやりやすい」
    「……ウン?」
     オレが出来ねぇところを、マイキーが手本を見せながら教えてくれる。説明が下手すぎて意味わかんねぇけど。
    「ケンチン、なに今の!ビタッて動き止めるヤツ、かっけー!教えて!」
     自分の方が上手いと上から目線になることもなく、キラキラした目で褒められる。
    「教えてもらって助かった」
    「オレだってケンチンに毎朝起こしてもらって助かってるよ」
    「そこは起きろよ」
     マイキーの買ってきてくれた夜食食ってる時は、そんな軽口を叩いたりもした。一緒に暮らしてるのもあって、お互い遠慮するような間柄でもねぇし。出来ないところを指摘するのもしやすかったのかもしれない。
    「今のオレたち、めちゃくちゃ揃ってなかった!?」
    「オレも思った」
     自然と相手に合わせようとするようになって、出来なくて焦るばかりだったのが出来るようになるのが楽しいと思うようになった。
    「さすがに疲れたな」
    「帰んの面倒くせぇ……」
     達成感に床に寝転がって休憩してたら、いつの間にか二人で爆睡かましていた。
    「……朝?」
    「体バキバキなんだけど……」
     翌朝床で目を覚ました時には、二人して思わず笑ってしまった。シャワーだけ浴びにマンション戻ったら、またレッスンしに蜻蛉返りだ。不思議とそれをしんどいと思わず、二人ならやれると自信があった。
     マイキーはきっと、才能に溢れてるんだろう。追いつくには、死ぬほど努力しなきゃなんねぇんだと思う。それでも、マイキーの隣に立てるヤツになりたいと思った。

    「デビューの日が決まりましたよ!」
     レッスンが進んで、ようやく歌いながら踊るということが息切れせずに出来るようになった頃。及第点が出たのか、マネージャーから知らせを受けた。
     事務所ではデビューが決まらずレッスンだけ受けてるヤツらもいるらしい。それを思うと、最初からユニットを組まされ曲を与えられたオレたちは事務所に期待されているのかもしれない。
    「CD発売日の前に宣伝でいくつか音楽番組に出てもらいます」
     初めてのテレビ収録は事務所の先輩が出る音楽番組に一緒に出させてもらい、デビュー予定と紹介してもらうことになった。

     当日スタジオに入り、たくさんの機材やテレビカメラ、今までテレビ越しに見てきた芸能人が目に入り柄にもなく緊張した。
     震えそうになる指先を握り締めて、出来るだけゆっくりと息を吐き出す。
    「ケンチン」
     ふいに名前を呼ばれて、いつの間にか俯いていた顔を上げた。初めて会った時みてぇに、マイキーがオレだけを真っ直ぐに見ている。デカくもないのになぜか力強く感じるその声に、オレもマイキーだけしか見えないように引き込まれた。
    「楽しみだな」
     心の底から楽しそうに、マイキーが好戦的に笑う。ふっと、体から余計な力が抜けた。
     自然と、一人じゃないという感覚が湧き上がる。
    「ぶちかましてやろうぜ」
    「……おぅ」
     カメラの前に、二人で並んで立つ。いつの間にか、隣に立つのがしっくりくるようになっていた。鏡なんてねぇけど、オレもきっと今、マイキーと同じように笑っている。
     デビュー曲のイントロが流れて、勝手に体が動き出す。口から澱みなく歌が紡がれる。目を合わせなくても、マイキーがどう動くかが分かる。今までの練習が、体に染み付いている証明だった。今ならマイキーの息遣いさえ感じられそうだ。
     アイドルなんて興味ねぇと思っていたオレが、確かにその時楽しいと思っていた。
     曲が終わるのは、あっという間に感じた。今回は先輩のオマケで出してもらっただけだから、応援よろしくお願いしますと頭を下げてすぐに捌ける。
     スタジオの隅っこに移動し、マイキーと目を合わせてすぐ。気付けば無言のままハイタッチをかましていた。

    「いやー、大成功でしたね!」
     にこやかなマネージャーにお祝いと連れてかれたのは、近所のファミレスだった。
    「え、ファミレス?」
    「未成年だから飲みに行けないですからね」
     ファミレスと飲み屋の中間に位置する店もあるだろうとは思うけど、売れたらいい店に連れていってもらえるシステムなのかもしれない。
    「なんでも好きなモノ食べていいですよ。経費で落とすんで」
     なんともありがたいと思いづらい弁ではあるが、せっかくなのでステーキを食っといた。マイキーはお子様ランチが食べたいと駄々を捏ねていたが、マネージャーが問答無用でオムライスを注文していた。
    「なんでもいいって言ったくせに!」
    「マイキーくんもうお子様じゃないでしょ!」
     知名度が低くてよかったなと心の底から思うくらい騒がしかった。
    「ふぁー、ねむ……」
     そうして飯を食い終わったら、腹いっぱいになったマイキーが愚図りだした。これはもうお子様と言っていいんじゃないだろうか。
    「マイキー、寝んな!」
    「明日はゆっくり休んでいいですからね」
     マイキーを引きずってマネージャーの車に押し込んだけど、マンションに送ってもらう頃にはすっかり眠りについていた。
    「おい、マイキー」
    「……ふご」
     体揺さぶって起こそうとしても、アイドル失格な音を発しただけ。
    「どうします?」
    「しょうがねぇからこのまま連れてく」
     マイキーの体を背負い、そのままエレベーターに乗り込んだ。なんとかおんぶしたまま部屋の鍵を開け、靴を脱がせて玄関に放る。
    「あ、やべ」
     そのままリビングを突っ切り、つい自分の部屋に入ってしまった。オレだって初めてのテレビ収録で気疲れしてたのだ。またマイキーを担いでマイキーの部屋に連れて行くまでの気力が湧かず、自室のベッドにマイキーを転がした。
     そのうち起きるだろうとシャワーを浴びて戻っても、マイキーは人のベッドで眠ったままだった。よく見たら口は半開きで、涎まで垂らしている。
    「ふっ……間抜け面」
     あまりの気の抜けた顔に、思わず笑ってしまった。
     本人には気恥ずかしくて言えねぇけど、カメラの前ではあんなにカッコよかったのに。マイキーでも気を張っていたということだろうか。
    『てっぺん獲んぞ』と、事あるごとにマイキーの言葉を思い出す。
    「マイキーが、隣にいてよかった」
     そんな風に思えたのは、人生で初めてだ。
     心地良い疲労感に身を任せ、マイキーの隣に寝転んだ。他人の息遣いが近くで聞こえるというのに、不思議と体から力が抜ける。
     オレはずっと、一人で生きていけるようにならなきゃいけないと思っていた。でも今日自然と、『オレは一人じゃない』と思っていた。じんわりと、隣にいるマイキーの体温を肌に感じる。
    「……あったけぇ」
     誰かと共にいることを、幸せなことだと思う。そう思える自分が、たまらなく嬉しかった。

     テレビでデビュー曲を披露したところ、アップテンポで激しいダンスはカッコいいと好評だったようだ。テレビを見た視聴者から、初めてファンレターというものをもらった。事務所に届いた手紙をマネージャーから受け取って、マイキーと二人で読んだ。カッコいいだとか応援するだとか手放しに賞賛の言葉が並んでいて、その対象が自分なのだと思うと照れ臭くてくすぐったく感じる。それでも見ず知らずのオレたちにわざわざ手紙を書く時間や金を割いてくれたのだと思うと、素直に頑張ろうとも思えた。デビュー前に社長のが目指すと言っていたワイルドなユニットとしては、好調な滑り出しだったと思う。
     その路線が外れてしまったきっかけは、初めて出たバラエティ番組だった。音楽だけでなくトークも見せて親しみを持ってもらおうと、テーマに沿ってゲストが喋る長寿番組に出させてもらった。他にも芸人やアイドルが出ていて、オレたちが出たのはグループごとにクイズが出されて仲の良さを競うというコーナーだ。
    「それでは問題です!『ドラケンくんがマイキーくんに直してほしいところ』はなに!?お書きください」
     マネージャーから二人ユニットは仲の良さをアピールした方がいいと言われていたオレたちは、当初気の合うところを見せるつもりだった。
    「マイキー分かってんな?あんだけ毎朝言ってんだから」
    「毎朝……任せろケンチン!」
     アイコンタクトを取り、渡されたスケッチブックにお互いの思う回答を書き入れていく。
    「それではお見せください!」
     司会の掛け声に揃って回答をカメラに向けながら、マイキーの回答を覗き込んだ。
    『自分で起きろ』
    『オレの顔が眩しすぎる』
    「「は?」」
     思わずカメラの前なのを忘れて、マイキーと顔を見合わせる。
    「マイキー、オマエ当てる気ねぇだろ!」
    「ケンチンこそなんでだよ、オレたちアイドルなんだからアイドルらしいこと書けよ!」
     マイキーが書いた自分の顔が眩しいというのが、果たしてアイドルらしいことなのか全くわからなかった。
    「まぁまぁ、答え合わせしていきましょう。まずドラケンくんのは?」
    「コイツアラーム鳴っても全然起きなくて、毎朝オレが部屋に起こしに行く羽目になるから」
     オレの答えに、スタジオの一般観覧席がざわつき始めた。
    「ちなみにマイキーくんのは?」
    「ケンチンが毎朝オレの部屋来て『眩し』って言うから、オレのキラキラな寝顔に驚いてんなって」
    「あれはあんだけ太陽の光が窓から差し込んでんのに起きねぇオマエに驚いてんだよ」
     呆れながら反論すれば、マイキーが驚いたように目を見開いた。
    「嘘!?」
    「なんで自分の顔がキラキラしてると思うんだよ」
     アイドルを名乗るくせに割と自分の見た目に無頓着なマイキーは、こんなナルシストのようなことを言うタイプではなかったはずだ。
    「この前もらった手紙で、ファンが言ってた」
    「いくらマイキーのこと好きだからって、みんなマイキーのこと甘やかしすぎじゃねぇか?オマエの寝顔、結構間抜けだぞ」
     寝起きのマイキーは目は半分開いてねぇし涎は垂れてるし、その上髪のボリュームは寝癖が付きすぎて二倍になっている。
    「ふぬっ!」
    「おわっ!?」
     反論が思い浮かばなかったのか、マイキーが突然ノーモーションで殴りかかってきた。オレじゃなかったら避けれてねぇぞ。
    「あぶねぇな!」
    「ケンチンが悪い!」
     胸倉掴み合い放送事故一歩手前になったとこらで、間に司会者が割り込んできた。
    「まぁまぁまぁ、それよりさっきから気になってるんですけど、毎朝起こしに行ってるって……」
    「あぁ、オレたち一緒に住んでて」
     説明しようとすると、先程までざわついていた観覧席が悲鳴が上がる。なんでだ。
    「事務所が持ってるマンションに売れるまで一緒に住めって言われてるんで」
    「ケンチン夜遊びしそうな顔だから」
    「マイキー、寝顔間抜けって言ったの根に持ってる?」
     そんな風に終始小突きあって、オレたちの初バラエティは収録を終えた。

     カメラの前でケンカしてさすがに怒られるかと思ったが、オンエア翌日に会ったマネージャーは爽やかな笑顔でオレたちを出迎えた。
    「エゴサしたら、めちゃくちゃ好評でしたよ!」
    「あれが?」
     仲の良さをアピールしろとの事前情報はなんだったのか。
    「ドラケンくんのファンがマイキーくんを甘やかしてる発言は、『オマエが言うな』って総ツッコミにあってましたし」
    「悪口じゃねぇか」
    「ケンチン、噂のアンチってヤツじゃね?」
     全然好評じゃねぇ気がするけど、マネージャーはずっと笑っている。気が狂ったのか。
    「売れるまで一緒に住むとか言うから、一生売れるなって言われてましたけどね」
    「やっぱり悪口じゃねぇか」
     話題になればいいとかいう、炎上商法ってヤツなのか。
    「『もはや結婚してる』と言われすぎて、『結婚』がトレンドワード入りしてました」
     気が狂ってるのはマネージャーじゃなくてファンもらしい。
    「オレ聞いたことある。集団幻覚ってヤツ……」
     あまりの出来事に、あのいつも飄々としているマイキーでさえ戸惑っている。芸能界って怖いな。

    「宣伝にSNSアカウントも開設します」
    「オレそういうのよくわかんねぇ」
    「管理はこちらでするのでご心配なく!よさげな写真だけください」
     とりあえずCD発売までに知名度を上げることが急務のようで、SNSにユニットとしてのアカウントを作ることが決まった。マイキーは日頃からあんまり写真も撮らないようで、面倒くさいとごねている。相変わらずアイドルのやらかしを警戒しているマネージャーは、オレたちが撮った写真を送れば代わりに投稿してくれるらしい。
    「親近感持てるようなのがいいですけど、あんまり外で写真撮ると住所まで特定されますからね」
    「まぁでもオレとケンチンはほとんど一緒にいるし、ケンチンが撮ってくれるよな」
    「人任せやめろ」
     食べたご飯とかお互いのオフショットを撮ればいいと言われ、さっそくマイキーにも今日の昼飯をスマホで撮らせてみたけど、撮った写真を見せてもらうとブレていた。
    「なんで動かねぇモン撮ってブレんだよ」
    「……カメラがおかしい」
     拗ねて頬を膨らますマイキーの顔を激写しておく。
    「そうそう、こういう雑誌とかで見ない笑顔以外の表情とか、ファンは喜びますよ!」
     本当にこんな頬パンパンにした写真が喜ばれんのか。まだまだオレには慣れないことも多い。

     そこから数打ちゃ当たるだろうと、仕事の時間以外でマイキーと写真を撮り合うことが多くなった。
     飯食ってる時とか、マネージャーに送迎してもらう車の中とか。音楽番組に出た時は、収録終わりに衣装でツーショットを撮ったりもする。
    「今日は練習風景でも撮るか」
    「オレの動きについてこれるか?」
    「動画にするわ」
     練習室でダンスの練習しながらスマホを構えると、マイキーはわざと動き回っている。マイキーが撮るとブレてる写真ばっかりになるからといって、オレの写真までブレさせようとしているらしい。その動きがおかしくて笑えば、練習室のドアが開けられた。
    「ふざけてんなら帰れよ」
    「あ?」
     見慣れない顔だが、自主練に来たのなら練習生かもしれない。この事務所は大きいだけあって、デビュー予定が決まっていない練習生も数多くいる。そのほとんどが、デビューしないまま年齢を重ねて退所していくらしい。
    「いいよな、才能あるヤツは。努力しなくても事務所がデビューさせてくれるなんて、楽なもんだろ」
     名前も知らねぇソイツは、オレたちに近付くとマイキーを睨み付けながら言葉を投げ付けた。オーディションもなく家族が応募して面接だけでデビューが決まったマイキーは、事務所のお気に入りだともっぱらの噂だった。マイキーをデビューさせるために、わざわざ隣に立ってバランスのいいオレを連れてきたのではないかなんて言われている。
    「……」
     マイキーは突然放たれた逆恨みと言っていいような言葉にも、言い返すことなく相手の顔を見つめていた。
     オレが初めてマイキーと会った時にも、真っ直ぐにこちらを見つめていたことを思い出す。歌やダンスの実力なんて二の次で、面接でデビューさせようと決めるくらいマイキーに人を惹きつける力があったんだとオレでも分かる。その上いざやらせてみれば歌もダンスも教えられればすぐにこなすのだから、マイキーは確かにアイドルの才能があるんだろう。
     それでもオレは、それを妬ましく思ったことはない。初めてデビュー曲を披露する前、二人のユニットなんだからと夜遅くまでオレと練習に付き合ってくれたマイキーを知っている。才能に天狗になるわけでもなく、出来ないオレをバカにすることもなく、二人組のあり方を一緒に考えたあの時間。同じユニットに選ばれたのがたまたまタイミングが良かっただけだったとしても、隣に立ちたいと思ったから頑張れた。
    「マイキーに才能があったとして、マイキーが努力してねぇことにはなんねぇだろ。こんなダセェこと言いにくる暇あんなら練習しろよ」
     なんにも知らねぇくせにという悔しさと、隣で見ていたから分かるんだという優越感。相対する感情がない混ぜになって、気付けばぐちゃぐちゃな気持ちのまま言葉を吐き出していた。
    「お前だって、マイキーがいねぇとどうしようもなかったくせに」
     オレを傷つけようと、悪意で塗り固められた言葉を返される。嘲るように浮かべた笑顔は笑顔と呼ぶには歪で、醜いなという思いが浮かんだ。それは直感的なもので、相手の表情なのか心なのか瞬時に半別できなかったが、もしかしたら両方だったのかもしれない。
    「ケンチン、オレお腹減ったー。もう帰ろ」
     重い空気の中、マイキーがあっけらかんと言葉を発した。
    「オマエさ。アイドルなりてぇなら、そういう笑い方やめた方ががいいよ」
     マイキーの言葉にハッと我に返った後、相手は悔しそうに唇を噛み締める。
    「まぁ、もう会うことねぇかもしんねぇけど」
     興味がないとでも言うように練習室を出ていくマイキーに、もう声を掛けられることはなかった。オレも無言でその後をついて行く。
     例えどんなに歌やダンスが好きでも、努力が全て報われるようなことはない。夢を見てこの世界に入って、デビューすることなく事務所を去るヤツはたくさんいるんだろう。同情なんてしない。実力で上に上がっていく。そういう世界で、オレとマイキーは生きていくんだ。

    「アイドルとか関係なくさぁ。ああいうの、今までもいたんだ」
    「ああいうの?」
     出口に向かって歩きながら、マイキーが前を見ながら口を開く。
    「オレは才能があってすごいから住む世界が違うとか、才能があるからズルいとか、そういうこと言ってくるヤツ」
     マイキーには、人を惹きつける力がある。憧憬、羨望、嫉妬。色んな感情を持って寄ってくるヤツは多くても、マイキーと対等な立場で話をするヤツはいなかったんだろうか。
    「ケンチンは、そういうの言わねぇよな」
     マイキーに出会ってなかったら、オレはどんなヤツになっていただろう。自分の力の無さに努力することなく諦めて、さっきのアイツみたいに惨めさを抱えて人を妬んで生きていたかもしれない。
    「二人ユニットなんだから、二人で合わせなきゃなんねぇんだろ」
    「!」
     マイキーの足を引っ張ってると焦っていたオレに、マイキーが言った言葉だ。マイキーの隣にいるためには、オレがマイキーのいるところまで上がっていくしかないのだ。
    「二人でてっぺん獲るぞ」
     オレの言葉にマイキーが足を止め、こちらを見上げる。いつでも真っ直ぐ見つめるその瞳が、キラキラ輝いているように見えた。
    「オレ、ケンチン大好きだなぁ」
    「はぁ?」
     マイキーがオレへと一歩踏み出して、ぎゅうっとオレを抱き締めた。人とのこういったスキンシップに慣れてないオレは思わずその体を引き剥がしたが、マイキーは気にせず笑っている。
    「へへ」
     パフォーマンス中によく見せる勝気な笑みでもなく、気心知れたヤツと喋っている時によく見せるからりとした明るい笑みでもなく。甘さを含んだ、はにかんだ笑みだった。
     初めて見る顔に、またどきりと心臓が音を立てる。マイキーといると、どうして心臓がこんなに忙しく動くんだろう。
    「明日からまた頑張って練習だから、コンビニでおやつ買って帰ろ!」
     コンビニで好きなどら焼きを買ったマイキーは、機嫌よく鼻歌を歌いながら歩いている。
     そんな嬉しいことだったのか、さっきのオレの言葉は。自分がマイキーの機嫌を左右する程近しい立場にいるのかと思うと、オレまで浮き足だってしまう。
     部屋に帰ってからも、ソファに並んで座って色んな話をした。マイキーの両親は死んでいて、妹は母親が違うこと。妹が勝手に応募してアイドルになったが、今では歌もダンスも好きなこと。一人よりオレと二人で合わせる方が、楽しく感じること。普段弁が立たないマイキーが、柔らかな口調で語っていく。
     心の内側を、開け渡してくれてるんだと思った。だからオレも、戸惑いなく今までどうやって生きてきたかを話した。親に捨てられたこと、ヘルスで育ったこと、人の助けを借りなくても生きられるようになりたくてアイドルをしてみようと思ったこと。今はマイキーと二人で、上を目指したいと思っていること。周りから同情や嫌悪を伴う目で見られていたオレの人生を、マイキーはただ一言そうかと言った。
    「ケンチン。オレら二人ならさ、絶対てっぺん獲れるよな」
    「おぅ」
     誰かに聞かれてたら、ガキが甘いこと考えてると思われたかもしれない。だけどこの時オレたちは二人だけで、そんな夢物語が実現すると本気で信じていた。それは心地よい時間で、いつの間にか話すのをやめても心は繋がっているような感覚だった。
    「……すー」
    「マイキー?」
     いつの間にかマイキーが眠っていたようで、傾いた体がオレに寄りかかる。
    「しょうがねぇなぁ」
     マイキーの体をおぶり、部屋まで送ってやることにする。毎朝起こしに入るマイキーの部屋なので、今更本人の意識がないからと言って入るのを躊躇することもない。
    「よっと」
     ベッドの上に寝かせてやると、部屋にはマイキーの寝息だけが響く。
    「相変わらずの間抜け面だな」
     いつもマネージャーにオフショットを撮れと言いつけられているから、これもオフショットになるかとスマホのカメラでマイキーの寝顔を撮った。寝返り打って頬は半分枕に沈んでるし、開いた口から涎まで垂れそうでアイドルとしていかがなものだろう。だけどこんな安心しきっているような気の抜けた顔、他のヤツには見せないんじゃないかなんて。そう思ったら、マネージャーに送ろうとしていた指を止めてしまった。
     誰にも見せたくない、なんて。思った自分に驚いた。
    「……なんだそれ」
     もしかしたらオレは、とんでもない感情を抱えてしまったのかもしれない。
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    いちご リズミカルな鼻歌が台所から聞こえてくる。最近エマがよく聞いている曲だ。歌詞のここが好きだとか声がいいだとか。それは何度も何度も聞かされた。気にいった同じ部分を繰り返し耳にしているうちにいつの間にか覚えてしまっていたけれど、万次郎が知っているのはエマによって切り取られたその部分だけ。そういえばそれが誰のなんという曲なのかさえ知らないことに気がついた。
     鼻をくすぐる甘い匂いに誘われて万次郎は台所を覗き込む。流し台に立つエマの後ろ姿は変わらず同じフレーズを繰り返す。リズムに合わせて手慣れた手つきで調理するエマは様子を伺う万次郎に気づかない。
     食卓には大ぶりなボウルを真ん中に幾つか皿が置かれている。1番大きいものには砂糖をまぶした大量の苺。万次郎も昨晩ヘタを取るのを手伝わされた。潰さないで、傷つけないで、とうるさく言われながら手伝って、ぽいと口にほおりこんだたったひとつにこっぴどく叱られた。水にさらしただけの苺をサクリと噛めば口の中は初夏の味がする。
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