愛の形はひとつじゃないのさ「イオリ!お泊まり会をしたい!」
「なんだ藪から棒に」
それは何てことの無い放課後、受験も少し遠い高校一年。試験も先、季節も合間ってどこかのんびした空気が流れる冬の日だった。
厚めのインナーにネックウォーマーをつけ、指先までカーディガンの袖を伸ばした伊織とは対照的に、セイバーはシャツに薄手のカーディガンのみの装い。教室には暖房が効いているとは言え、元気な子にも程があると伊織はボソリと口に出す。
「そうと決まればまずは買い出しだー!おかしおかし!高校生のお菓子代は三千円までだぞ!」
「決まってないし一緒に住んでいるし高校生でもお菓子代は千円以内だ」
「ぶー!イオリのケチ!」
「お前が昨日モスで阿呆な量を食べたお陰で小遣いがすっからかんなんだ、計画性というのを持て。月初だというのに」
「ぐぬぬぬ」
伊織とセイバー、加えて妹のカヤは施設の出で、所謂幼馴染というやつである。小笠原の家に引き取られてから、カヤは小笠原の家、残る男二人は厄介になるのも気が引けて、義務教育を終えてからは小笠原の持ち家で自活している。とは言え金銭的援助も受けているので、いまは学生のままごとに近かった。そんな懐の大きい小笠原家が最近困っていることといえば、成績優秀な二人が揃って就職希望なことである。カヤを通してなんとか残り一年の間に矯正しておきたいところだった。
という具合で、毎日がお泊まり会な二人が今更何をするというのが伊織の正直な感想である。セイバーは時折、伊織に対してのみ突飛な童心を発揮する。ともすれば甘やかしすぎたかと、伊織も自省するのだが。
「むぅ。何やら失礼なことを考えているだろ」
「覚えがあるなら早いところ帰って飯の支度をしたほうが有意義だ」
「おお!今日はなんだ?!」
「小笠原の畑で取れた野菜を使った鍋だ」
「やったー!」
飯の話をすればころりと先の話は忘れてしまう、それがセイバーの長所である。気が変わらないうちにと伊織がそそくさと支度し席を立てば、セイバーが着のみ着のままで外に出ようとするので首根っこを捕まえて学ランとコートを着させた。
鍋をペロリと平らげ、雑炊も3合おかわりした育ち盛りの二人。炬燵に入り微睡を享受していたら、伊織の向かいに座ったセイバーが思い出したかのように立ち上がった。
「お泊まり会だ、イオリ!」
「まだ言うか。一体なんなんだ」
さっきまでの眠気はどこへやら、セイバーはまたしも太陽の子である。伊織は耐えきれず炬燵へ頬を寄せた。程よい熱が伝わった天板はどうしてこうも心地良いのだろうかと、罪深さすら見出せる。
「私たちは家族だが友人でもある。だがどうにも家族の側面が強すぎる、たまには友情を深めるのも快いと思うのだ」
「なんだ小っ恥ずかしい」
「まったく朴念仁め、この繊細な情緒がわからぬとは」
「寒いから炬燵の布団を閉めるか入り直すかしなさい」
「入りまーす」
と、今度は伊織の斜向かいに座る。90度の角度。向かいより隣や斜向かいの方が親近感を覚えやすく交渉ごとには向いているらしい、とどこかで読んだ本の知識が伊織の脳裏に浮かんで、炬燵の温みにかき消えた。
気づけば、セイバーの顔が近い。
あ、と思えば口付けられていた。
「………………」
「頬がもちみたいになっているぞ、イオリ」
セイバーも真似て、餅同士見つめ合う。が、すぐに逸らしたのは伊織だった。最近妙なことに、セイバーは伊織にキスをする。昔から家族にはスキンシップの多いタイプであったが、高校に上がり暫くした頃、頬にはじまり、頭であったり、背中にしたり、そうしてとうとう直接口をつけはじめた。この前伊織が布団で本を読んでいたときなんかは舌まで入れられた。場所が場所だけに、その時ばかりは伊織はセイバーを蹴り上げてしまったのだが。
「イオリ、」
「っん」
ちゅ、と小鳥のようにセイバーの小さな口が降る。自覚していたが、嫌がらず受けてしまう伊織も悪かった。快い、と思ってしまい、セイバーも分かってやっている。
油断を咎めるように、セイバーが唇を舐めた。流石に止めようと伊織が手を動かせば、存外強い力で床に縫い止められる。動揺した隙に、体温の高い舌が伊織の口内に入り込んでしまった。
「ぁ、んぅ、せいば、は……」
「イオリ、ういな」
「っ……ぅ」
わざとらしく鳴るリップ音がただでさえ麻痺した伊織の思考を溶かす。これはまずい、この先はいけない。警鐘が聞こえるのに、抵抗できない。しようとしない。………したく、ない。
そのまま時が止まったと錯覚するほど長く、口の境がなくなっていたように思う。離れた頃にはすっかり伊織は酸欠になり顔を赤くしていた。仕掛けた側のセイバーは血色が良くなっている程度である。同じ部活動に励む者として、情けなさを伊織は感じたが、こればかりは不可抗力だった。
「なん、なん……だ、おまえは、さいきん」
「好きだ」
は、と伊織の息が止まる。先を言わせてはならない、ともすれば、この関係は。
「頼むから嫌なら嫌といってくれ。この前みたいに蹴飛ばしてくれ。そうでないと………その、卑怯な言い方だが、止まれない」
「ひきょう」
告白より、真っ直ぐで美しい鳥のような幼馴染にそのように言わせてしまったことが伊織には余程衝撃が走った。だってそれは、そのようにさせているのは、他でもなく。
「………いつから」
「そんなものは分からん。分かったら持て余してなんかいない」
「持て余してたのか」
「………発散の仕方が直接的過ぎるのは反省……して……」
どんどん小さくなる語尾に、伊織は観念したくなった。反省するばかりだが、やはりどうにもこの幼馴染には甘えが出る。
「タケル」
「っ!う、な、名前で呼ぶな!急に」
「……タケル」
「ん、うん、伊織……」
子供の頃のあだ名が続いた結果、セイバーはいざという時名前を呼ばれると大人しくなる。そこがどうしようもなく、伊織は愛おしく感じてしまった。
「その、……驚いたから蹴っただけだ」
「!」
「いやじゃ、ないし……嫌じゃないことが、嫌というか……」
今度は伊織の語尾が縮こまる。なんだこの少女漫画のようなやり取りは、カヤが見ていたら大変だ、と誤魔化すように炬燵の布団を顔まで手繰り寄せた。
「好き、と、おもう」
布団で篭って、掠れて、ひどくか細い声だった。羞恥が伊織の許容を超え、勢いこたつに潜り込もうとしたら横っ腹に衝撃が走る。
「ぐえっ」
「イオリーー!!!!イオリ、イオリ!イオリぃ〜〜〜」
「痛い痛い、セイバー、待て、本当に苦しい。出る、雑煮が出る」
「んむぅ!」
「んんんっ!」
二度目のキスは喰われるのではと錯覚するほど獰猛で、熱さは炬燵のせいにしてしまいたいほどだった。