とあるラジオの文字起こし 蒸し暑い夏のラジオ局から明るい音楽が流れ始めた。徐々に音量が下がると、ハツラツとした声が話を切り出した。
「皆さんこんばんは。『メガネ放送局』のお時間です。毎週月曜日は僕、志村新八が放送しています。では、さっそく今日のゲストを紹介したいと思います。まぁ、先週ゲストを発表した時にSNSが大盛り上がりだったので皆さんご存知でしょう!今日のゲスト、JOY4の高杉晋助さんです!」
「…おう」
「高杉さん、隣の天パも紹介した方がいいですか?」
「ダメだろ。こいつ事務所の許可取らずに勝手に来ちまったんだから」
「えっ勝手に来たんですか!?せめて許可取って来てくださいよ!僕アンタのせいで怒られるの嫌ですからね!」
心底嫌そうに眉間に皺を寄せる高杉の隣で、同じJOY4メンバーの坂田銀時が座っていた。新八はスタッフブースの方を見ると、スタッフ全員が首を横に振っていた。どうやらこのまま続ける他ないらしい。新八は諦めて銀時の方に視線を向けると、銀時はニヤリと笑った。
「良いじゃねぇか。どうせコイツだけ来ても会話盛り上がらねぇよ。大抵の質問は不敵に笑って片付けようとする奴だから」
「あいにく俺はどっかの誰かと違って、ヘラヘラしながら適当に答える不敬な野郎じゃねぇ」
「んだと?」
「あぁ?」
「ちょ、ちょっと!ここで喧嘩するのはやめてくださいよ。もう、何で今日は桂さんと坂本さんがいないのかなぁ」
「8月生まれじゃねぇからだろ」
高杉に指摘され、新八はポンッ!と手を叩いた。
「そうだった。今日は同じ8月生まれつながりで高杉さんが来てくれたんですよね。ただ、銀さんのせいで完全に企画倒れなんですけど」
新八はジトリと銀時を睨み付けた。しかし、銀時は腕組みをすると新八以上の不機嫌さで睨み返してきた。
「つーか、何で高杉の誕生日はお祝いされて俺の誕生日はお祝いされねぇんだ。呼べよ」
「だって銀さんの誕生日10月だからまだまだ先だし。それに、呼ばなくても3ヶ月に1回はゲストで勝手に来るじゃないですか」
「お前後輩のラジオに押しかけるのやめろよ」
「だってよぉ、俺たちアーティスト部門と新八がいる俳優部門なんて新年会ぐらいでしか会えねぇんだぞ。そうなったら仕事で共演するしかねぇじゃねぇか」
「公私混同も甚だしいな」
呆れたとでも言いたげに、高杉は溜め息を吐いた。
「それに最近コイツ、役のために減量するからって飯誘っても全部断ってくるし」
銀時は恨めしそうな表情で新八の方を親指で差した。
「だって銀さんが誘うお店全部スイーツかジャンクフードなんですもん」
「嫌がらせか」
「いや、この前ハンバーガー頬張ってる新八見たらハムスターみたいで面白かったから」
「後輩で遊ぶのやめてもらっていいですか?」
ご飯に誘ってもらえるのはありがたいが、本業に支障が出るのはまずい。その一方で、新八以上の量を食べている銀時は何故太らないんだと、新八は体重計に乗る度に不思議に感じていた。本人曰く、ライブでカロリー消費するからだとか言っていたが全くもって解せない。
新八がぐぬぬと唸っている所に、高杉が口を開いた。
「俺が美味くてローカロリーの店連れて行ってやろうか?」
高杉の提案に新八は目を輝かせた。高杉の行くお店なんて絶対に美味しいに決まっている。カロリーを配慮してくれている所も、新八にとってはありがたかった。
「いいんですか!?ありがとうございます、高杉さん!」
「何あっさり飯の約束決めちゃってんの!?やめてくんない?公私混同も甚だしいんですけど」
「お前が言うな」
銀時は納得がいかないとばかりに高杉に噛み付いたが、高杉の発言はリスナーの言葉を代弁したような正論だった。すると、新八はスタッフから1枚の紙を渡された。
「あっ、ここでメールが1通届いてますね。ラジオネーム『恋する二丁拳銃』さん。『さっきからメガネと天パの声ばかりで晋助様の声が全然流れてこないッス!もっと晋助様を喋らせろ!』すみません、僕の力不足で」
「不足の事態だから仕様がねぇよ」
そう言って、高杉は銀時の方に視線を向けた。その視線に、銀時はすぐ応戦した。
「その『不測の事態』って俺の事言ってんの?」
「他に誰がいんだよ」
「?」
「?」
「はい!ちょっと空気が悪くなっちゃったんで、ここで今回の番組公式ステッカーを紹介させて頂きます。皆さんは番組の公式ホームページを見てくださいね」
そう言って、新八は机の下をガサゴソと漁るとステッカーを2人に見せた。
「じゃーん!見てください。今月は誕生日仕様で少し大きくなってます」
「ちょっと待てぇぇぇ!なんだ、そのロゴは!」
新八がステッカーを紹介している所に、銀時が盛大に待ったを掛けた。
「あっ、これですか。なんかスタッフの間で、高杉さんと僕の誕生日が近いならコラボグッズとか作っちゃいますかって話になったそうです」
そのステッカーには金色の文字で「SHINsuke&SHINpachi Happy birthday」と書かれていた。
「題して『シンシンステッカー』だそうです」
「何が『シンシンステッカー』だゴラァ!俺の方がこのラジオに呼ばれる回数多いんだぞ。なのに、何で俺とのコラボグッズの話が議題に上がらねぇんだよ」
「知りませんよ」
「おい高杉の顔見てみろ。すげぇムカつくドヤ顔してくんだけど。殴っていい?」
「男の嫉妬は見苦しいぜ、銀時。おい、そのステッカーよこせ」
高杉は新八からステッカーを受け取ると、しげしげと眺めた。
「へぇ、悪くねぇな」
JOY4の曲やCDジャケットのデザインを担当する高杉から合格点を頂き、ブースの外ではスタッフたちがガッツポーズをしていた。高杉は机に置かれていたマジックを1本取るとサラサラとサインを書いて新八の方に渡した。
「やるよ。その代わりお前のもよこせ」
「えっ僕のサインですか!?」
新八は驚きながらもう一枚ステッカーを取り出すと、サインを書いて高杉に渡した。高杉は滅多にサインをしない事で有名だった。新八は高杉から貰ったステッカーを大事そうに両手で持った。
「ありがとうございます!なんか一気に特別な一枚になりました。スマホケースに貼ろうかな」
「いいじゃねぇか」
話が盛り上がる2人の横で、銀時は両手で頭を抱えていた。
「何で俺今日来ちゃったんだろう。ムカつき過ぎて目の前の机ひっくり返してぇ」
「昭和の親父の卓袱台返しみたいな事しないでください」
「てめぇが勝手に来たんじゃねぇか」
またもリスナーの言葉を代弁したかのような高杉の正論に、銀時は机の上に頭を置いた。
「もうさっさと曲紹介して、ラジオ終われよ」
「いや、まだ始まったばっかりなんですけど。分かりましたよ。ステッカーの件は後でスタッフさんに言っときますから」
「お前も大変だな」
なんとか銀時の機嫌を直そうとする新八を見て、高杉は面白そうに言った。
「しょうがねぇから、俺が曲紹介してやるよ」
「そっか!まだ曲紹介もしてませんでしたね。高杉さん、ありがとうございます」
オープニングが延びに延びた事で曲紹介がされていない事に、スタッフはおろかリスナーたちも気付いていなかった。
「初めは俺たちの先週出たアルバムからの曲だ。JOY4で『餞(はなむけ)』」
ラジオの後、JOY4の公式SNSには「餞」の文字と2つのスマホケースの裏にそれぞれのサインが入ったステッカーが貼られていた。ちなみに、『シンシンステッカー』はその日のうちに完売していた。
そして季節が夏から秋へと移った頃、再びラジオ局から明るい音楽が流れ始めた。徐々に音量が下がると、ハツラツとした声が話を切り出した。
「皆さんこんばんは!『メガネ放送局』のお時間です。毎週月曜日は僕、志村新八がお送りします。さっそくゲストを紹介しようと思います。えーと、今週のゲストはJOY4の坂田銀時さんです」
無言。ラジオではご法度である何の音も流れない時間が3秒続いた。
「ちょっとぉぉぉ!何で何も言わないんですか!?放送事故になっちゃうでしょ」
音割れしないギリギリの声で、新八は叫んだ。リスナーには見えないが、新八の目の前にいる銀時は腕組みをして座っていた。
「お前よくこんなド深夜に大声張れるな」
「銀さんが喋らないからでしょうが」
「放送事故になったら早めに帰れるかなって思って」
「アンタこの放送楽しみにしてたんじゃないのかよ!」
「ほら、楽しみにしてた用事でもいざ当日になったらダルくなる時ってあんじゃん」
「用事じゃなくて仕事だから!もう、頼みますよ。今日は銀さんの誕生日企画とかあるんですから」
「どうせアレだろ。『もらったら困るプレゼント大喜利』とか『誕生日にこんなサプライズは嫌だ大喜利』とか、スタッフの考えた寒い企画だろ」
「銀さん。プロデューサーさんが泣きそうな顔してるんで、その辺にしといてもらえませんか?」
「つーかよぉ、新八ぃ。この前高杉が来た時は記念のステッカー作ってキャッキャしてたじゃん。銀さんにはないわけ?記念のマグカップとか、箸とか」
「何ですか、そのチョイス」
明らかに要望が前回よりもグレードアップしている。銀時の言葉を無視して、新八は隠していたオリジナルステッカーを取り出した。
「銀さんすごい羨ましがってましたもんね。なので、ちゃんと作りましたよ。これです!」
新八は銀時にステッカーを見せた。そこには、銀色のロゴで『Gintoki Happybirthday』と書かれていた。
「リスナーの皆さんは公式ホームページで確認してほしいんですけど、前回より大きく豪華に作ってみました。どうです?」
「ねぇな」
「は?」
「なしなし。こんなん納得しねぇわ」
きっぱりと否定してきた銀時に、新八は驚いた。あんなにもステッカーを羨ましがって、ラジオ終了後もグチグチと文句を言っていたくせに。
「こんな豪華なのに何が気に入らないんですか?」
不満げに新八が尋ねると、新八以上の不満げな表情で銀時が口を開いた。
「だって、これ俺の名前しか入ってねぇじゃん」
銀時の返答に、新八は首を傾げた。
「そりゃそうでしょ。銀さんの誕生日なんですから」
「高杉の時は『SHINske&SHINpaci Happy birthday』ってなってただろうが」
「あの時は僕と高杉さんが誕生日だったから出来たんです。今回そこに僕の名前入ったらおかしいでしょ」
「いーや。俺は納得できないね」
銀時は首を横に振ってふんぞり返るように座った。新八はうーんと首を捻った後、机の上に転がっていたマジックに手を伸ばした。
「じゃあ、そこに僕が何か書き加えましょうか?」
「おお、いいじゃん。何書いてくれんの?」
急に乗り気になった銀時に、新八はハードル上がるなぁと思いながらステッカーにペンを走らせた。
「月並みなんですけど、『お誕生日おめでとうございます!またご飯連れていってください 志村新八より』」
「よし、飯行くぞ」
「いやいやいや!今から行こうとしないでくださいよ!」
立ち上がろうとする銀時を、新八はなんとか抑えた。
「だって、お前やっとドラマ終わったかと思ったら今度は映画で病人の役だからって飯行くの断りやがってよぉ。俺はいつになったら新八くんとご飯に行けるんですかぁ?」
「いや、それは本当にすみません」
「俺だってなぁ、暇じゃねぇんだよ。年末はライブだし、来年は全国ツアーがあるし」
「あっ銀さん。全国ツアーはまだ非公開情報だったみたいです」
「あっやべ」
ブースの向こうでは銀時のマネージャーが両手で頭を抱えていた。何とか空気を変えようと、新八はわざと明るい調子で銀時に話しかけた。
「じゃ、じゃあ!ご飯の件は後で決めましょう。その日は銀さんに1日付き合います」
「本当か?嘘付いたらお前の変顔SNSに上げるからな」
「脅しが本気で怖いんですけど」
新八は口元をヒクリと引くつかせた。
「うーし、どこの店にするか探すからその間適当に回しとけ」
「なに仕事中にスマホいじろうとしてんですか!ダメに決まってるでしょ!」
「えー」
「まったく。でも、改めて銀さんお誕生日おめでとうごさいます。という事で、今回は銀さんお誕生日スペシャルです。銀さんへのお誕生日メッセージ、番組への感想などドシドシ送ってください。それではここで一曲お送りします。JOY4で『腐れ縁』」
この後、銀時のSNSにはスマホケースの裏に貼られたステッカーの写真と『来週ケーキバイキング』という呟きがあった。