【芸能パロ】クリスマスイヴにイチャつくフィガファウ『今日は十二月二十四日、クリスマスイヴだね。ところで皆はイヴって何の意味か知ってる?』
その言葉を聞いたのは何年も前の事なのに、毎年のように思い出すのはどうしてだろう。キラキラと街を彩るイルミネーションのように眩しく感じていた時代。未だファウストが学生だった頃の言葉だ。
受験を控えていたファウストにとってクリスマスなんてものは家族でケーキとチキンを食べる日という意味しか持っていなくて、当然クリスマスイヴなんて言葉そのものに興味も無かった。だからふと飛び込んできたその質問が新鮮で、やたらと記憶に残ってしまったのだろう。
今その質問を記憶のまま自分の指で打ち込み、用意しておいた写真を添え、最後にハッシュタグをいくつか付けて、前もって口裏を合わせた通りの時間に投稿ボタンを押した。
学生時代からSNSは嫌いだった。デビューして暫くは嫌々ながら事務所に言われた通りに宣伝をしていたが、プライベートは殆ど流さない。それが徐々に変わっていったのはカインと知り合ってからかもしれない。投稿は身を守るための武器だと彼は言った。他人によって流された写真は弱みにもなるが、自主的に投稿すれば強みに変わるのだと。
考え方が変わったとはいえ、それでも不慣れである事には変わらず、一仕事終えたとばかりに深く息を吐きソファにもたれかかると、良いタイミングで横から湯気を立てるグラスを渡された。
「なんで黄色の風船なの?」
自身も同じグラスを持ってファウストの隣に腰掛けたフィガロは、さっき投稿したばかりのファウストのSNSの画面を見せてきた。見るのが早いなんてものじゃない。
投稿された写真には、ホワイトとパステルイエローの風船が均等に壁に吊るされ、中央には”Merry Christmas“と金の糸で刺繍されたタペストリーが掛けられている。テーブルに並ぶご馳走の中で最も目立っているのは特注のレモンパイだ。無理矢理乗せられたプレートには定番の言葉がチョコペンで書かれている。
黄色というのは風船やテーブルクロスなど至る所に使われている装飾の事だろう。クリスマスといえば赤と緑ではあるが、その二色は写真のどこにも使われていなかった。知らない人が見れば違和感があるのは否めないが、少し考えれば察する事が出来るだろうに。
「……レモンパイラバーズのイメージカラーだよ。初めはシノとヒースと、それから新人のリケの三人に声かけてたから」
なのに当日は急遽他事務所のアーサーやカインまで押し掛けてくれたおかげで、その辺のインフルエンサーのクリスマスパーティーに引けを取らないものとなった。ファウストが自分からこのような企画する事は稀なため特別な催しは一切無かったが、成功したと言っても良いだろう。マネージャーによって撮られた写真を見て、そう確信する。
「ああ。楽しそうだ」
「楽しかったよ、学生時代に戻ったみたいで」
初めはクリスマス当日のアリバイ作りのための集まりだったが、普段よりもはしゃいでいたし、皆も年相応の顔を見せてくれた。
レモンパイラバーズの二人はどうせ今日も一緒に過ごしているのだろうし、アリバイが必要なのはファウストだけなのだ。前倒しでクリスマスパーティをしないかと声をかけたファウストに対して「アリバイ作りに協力してやるよ」と即返事をくれたシノには感謝してもしきれない。
「俺もそこに加われたら良いのに」
「ふふ、お前はソフトドリンクじゃ我慢出来ないだろう?」
それもそうだと半分納得しながらフィガロは再び投稿された写真に視線を落とした。ファウストとカイン以外は十代のアイドル達だ。まさかこの場に自分が入り込めるなんて微塵も信じてはいないのに、少しの本音が混じっている。
意外と寂しがりな事を今はもう知っているし、その事実を可愛いとも思っているからファウストは男との距離を詰めた。手元のスマホを覗きこみながらフィガロの肩に頭を乗せると柔らかな手が降ってくる。髪を撫でるのが一等上手い男だと思う、まるで自分が猫になった気分でうっとり目を細めていると顎まで撫でられたから頭の中が読まれたのかもしれない。
「君が雑学を添えるなんて珍しいんじゃない?」
何の事かと思えば、未だに飽きもせずSNSを見ていたらしい。本人が隣にいるというのに、と不満を含めて返事をしてやる。
「……もしかして覚えてないのか? あれは昔お前がした質問だ」
「君に?」
「いや……もう何年も前の話だよ、僕と出会ってもいない頃」
「えー……雑誌のインタビューか何かかな」
「パーソナリティをしてたラジオの挨拶だよ」
そこまで言っても思い出せないらしい。それもそうだろう、もう何年も前の毎週オンエアされていたラジオでされたたった一回きりの挨拶だ。本人にとっては挨拶以外の意味なんてなかったのだろう。そんなものを覚えているのは恐らくファンくらいなものに違いない。
何気無く口にした言葉でも他人は重く受け止めている良い例だと思う。フィガロはそれが割と多い。彼の発言には何か意味があるような気にさせられて、実の所空虚なものだったりもする。それにファウストが気付いたのは知り合ってから暫く経ってからの事だ。彼の一挙手一投足に影響される側の気持ちが分からない。だから容易く他人の心を奪い去る事が出来る。それが悪い事だとはファウストは思わない、ただのファンであったならそれで良いのだろう。ある意味芸能界は天職なのではないかとすら思える。
「へぇ。どうしてそれを今投稿しようと思ったの?」
ふと思い出したから。そう言おうとして、直前にやめた。それはきっかけであって理由にならない。こうしてアリバイ写真まで撮ってきたくせに、まるで関係を匂わせるような投稿をしたファウストをフィガロは責めているのだろうか……そう考えて男の顔を盗み見るが、そのような感情は微塵も滲んでいなかった。少し面白そうな表情をして、ファウストの答えを待っている。返事をしなければきっといつまでも待ち続けるのかもしれないとすら思えた。
「……多分、少し悔しいからかも。今あなたの隣にいるのは僕なのに、それを正直に話せない事が。本当に馬鹿みたいだと思うけど」
あと口には出来ないけれど独占欲が薄く広がっているのを自覚している。フィガロとこの日を過ごしたい人はきっと数え切れないくらい存在していて、何の偶然なのか今隣でホットワインを飲んでいるのが自分であるという事への悦びが。言葉にしてしまえば随分と俗物的なものだと呆れもするが、もっと簡単に言ってしまえば馬鹿な行動をするくらいに浮かれているという事だ。
「そっか」
フィガロは短くそう言って、先程から触れているファウストの顎を持ち上げると音を立ててキスをした。今日何度目かは分からない。この家に着いてドアを閉めた瞬間に唇を合わせたし、購入してきた惣菜を冷蔵庫に詰めながらもキスをした。それからオーブンでパイが焼けるのを待っている間も、一杯目の乾杯をした後も。それはいつも通りのような気もするし、やっぱり少し特別な感じもする。多分、フィガロだって多少は浮かれているのだ。
無駄に大きいローテーブルには、どう見ても二人では食べきれないチキンや、真っ白なホールケーキが置かれている。特にケーキなんて普段は一口も食べやしないくせに、凄く悩んで予約したのだと笑っていた。フィガロはフィガロなりにいかにもなクリスマスを演出しようとしていた。その様子を見て、ああこの人もクリスマスに縁が無かった人なのだと思ったのだ。
フィガロは幼少期より芸能界に身を置いていて、家族ともこの日を過ごす事は少なかった筈だ。クリスマスに無頓着であるのは確かだが、そうさせたのは仕事の忙しさであったり、この人にクリスマスを教える人がいなかったせいだろう。
だからこうして、不器用ながらもクリスマスを用意してくれた事、それからファウストと過ごす事を決めてくれた事が嬉しくて、つい箍が外れた。
繰り返し口付けを重ねていると流れるように手は互いの背や首へと回され、次第にファウストの呼吸は荒らされる。小さく空いた隙間に吐かれた息が熱く感じられて目元が潤んだ。この目でフィガロを見上げては駄目になると分かっているのに、上目遣いで星のように美しい瞳を見つめてしまった。
「……イヴの夜はイチャつくのがお約束って聞いたけれど、どう思う?」
「恋人たちがイチャつくのは一日中だ。夜は一層盛り上がるだけ」
そう答えればソファにゆっくりと上半身を倒されて、後はもうフィガロしか見えなくなった。