【過去編】那由多VSアクラシア③「火之矢斬破!!」
(あーっ!おい!俺が闇水津波で捕まえてんだから普通は雷だろ!雷!)
「う、……悪い……つーか、雷ってなんだよ……ッ」
(猛御雷だろ!)
「何となく想像はつくけど……打ったことねぇーし」
「誰と話シテいる……」
「う、ぁああああああっ!!」
千星は一人であるにも関わらず、焦りから段々と左右のリズムがずれていく。折角水で拘束したのに炎を放って弱め。雷と風を同時に作って相殺してしまい。その隙をアクラシアが付いて攻め込んでくる。左手は防御に動くが右手は掌を前にして完全に怯んだ状態になると鞭を受けきれず後方にぶっとんで千星の体は物のように転がった。
「!痛ぇっ!……ぐ、ぅ……」
ドロっと額から血が流れる。ハァハァと忘れていた呼吸が上がり、無敵時間が終わったのだと告げられたような気がしてきた。そうなると千星の動きは元のように鈍っていき、恐怖が前面に出てきて自分の奥底の声も聞こえなくなってくる。
「おしゃべりは終ワリか?」
「……ッ、まだまだ!」
完全に強がった言葉を吐いた瞬間。アクラシアと千星を隔てるように空間の歪が現れた。
二人の動作が止まった時、歪から吐き出されるように天夜巽と小さな犬の姿に戻ったクロコッタか落ちてきた。血塗れの一人と一匹が地面へと投げ出されると千星は血相を変えて走り出す。
「た、巽ッッッッッッ!!」
「ぅ………はぁ、………那由多………ッ?」
天夜は自己治癒力が追いつかないほど肉体が損傷しており、見えない瞳で探すように首を左右に動かすがその動きもすぐに緩慢なものになっていく。
千星は天夜の側に行きたいが一本の鞭がその行く手を阻んだ。
「調度いい、二人纏めて、シね……」
アクラシアから落ちる信じられない言葉に千星は目を見開いた。天夜ならまだしも、天夜の腕の中にはクロコッタがいる。それにも関わらず、刃が剥き出しの機械鞭が天夜とクロコッタの首を引き裂くように宙を走った。
(「生砂詠美」)
千星の声と心の声がリンクする。
地面が隆起し、女神の像を象る土の盾が出来上がると鞭の威力を殺すように両手が包み込み、そして崩れて消え去っていく。
そしてその奥にアクラシアが見たものに初めてアクラシアの瞳が不可解に細められた。一人しか居ないのに二人見える。そんな解析不能な状態にアクラシアは鞭を強く握った。
「なんでそんなことできんだよ……ヒューマノイドだからっておかしいだろ……ッ?クロコッタはお前の仲間だろ!」
(……はー、ざけんなよな。俺の巽に何すんだよ、ナニサマのつもり?)
アクラシアには確かに声が二重に聞こえた。
どちらも自分を卑下するものであるが内容は全く異なるもので更に険しく眉が寄る。理解、解析出来ないものができると頭が軋む。無理に処理を掛け自分を納得させるとバシンッと地面を鞭で叩いた。
「クロコッタは任務ニ失敗した。実験体であるソイツは始末シナければならない」
「はー……、もういい。イデアの後継機とか嘘だろ……。お前は何一つイデアを超えて…………ッない!」
千星の意識が一つになる。
不思議なほどに自由に体が動いた。頭の中の戦略は別の誰かが考えているような気すらする完璧なもので、左手は指で〝炎〟と描くと拳に火が纏わりついた。万年筆で〝風〟と書き、推進力をあげその拳で思いっきり殴りかかるとデータ外であったからかアクラシアの頬にクリーンヒットした。
ガキンッと機械音を立ててアクラシアが吹っ飛ぶ。しかし直ぐに体勢を立て直されてこちらに頭から突っ込んできた。
千星は左右の手でいろいろな属性を綴りアクラシアの攻撃に対応するが埒が明かない。その間に万年筆から伸びている光のインクが底をついていく。水、土、雷、風、そして炎と順に光が消え去ってしまうとそこにはただの万年筆が残った。
「………っ、こんな時に……ッ!」
「万事休す……だな」
予備のカートリッジはあるが、アクラシア相手に変えるようなどなかった。左手は相変わらず周りのエネルギーを受け入れ防御に徹するが右手は万年筆を握りしめるだけで動く事はなかった。
このまま何も出来ずに自分は負けてしまうのか、と、表情を苦く歪めたその時。
“ありがとう ミンナ ダイスキ”
そんなイデアの声が頭に響いた。
大好き。
千星はイデアから貰ったその言葉にかけることにした。
万年筆を持っている右手に左手を添えた。
そして両足を止めて真っ直ぐにアクラシアに両手を突き出す。
一見すると投降するかのようにも見えるポーズにアクラシアの無機質な瞳が千星を真っ直ぐに見つめる。
「諦メタのか?」
「……足してやるんだよ、お前に無いものを」
「…………な、に………………?」