嘘つき!! それは何でもない、何でもないいつもの日になるはずだった夕方に突然起こったのだった。
「驚かないで聞いて…いや、見てほしいんだが」
同棲している家の玄関扉を開けて、帰宅した事を告げるダンデをキバナが出迎えた際、藪から棒にダンデが急にキバナの前で自分の帽子へと手を伸ばした。スルリと頭から外された帽子の下からは、ダンデの髪色と同じ毛色のチョロネコみたいな耳が二つ、行儀良く頭の上にピンッと立っていた。
「えっ何これ?!!」
「耳元で大声はやめてくれ!この耳もの凄い音を拾うんだぜ」
「あっごめん」
キバナが確かめる為に恐る恐る触れると、ふわふわとして温かかく、キバナが触れるのが擽ったいのか、時折ぴくっと身じろぎするように動く。これはどう見ても本物だ。
「チャレンジャーのトゲキッスが出した指を振るが外れてオレに当たったんだ。医者にはもう相談してるぜ」
「えっ?!…っとごめん、大きい声響くんだよな」
「大丈夫、驚くのも分かるぜ。医者が言うには、症例としては偶にあるらしい。一時的な変化で明日位には元に戻るそうだ」
「そっか…安心したわ」
治ると言うことは分かっていても、まだその新しい耳の感覚に慣れないのだろう。不安もあるからか、耳をペタリと伏せるダンデに、キバナがバトルカフェでよく見かけるペロッパフと同じように耳の後ろをカリカリと指先で撫でてやれば、先程までとは打って変わって気持ち良さげに目を細める。
「おー、マジでチョロネコみたいになってるじゃん」
「なんか、それ、凄く心地良いな…」
ゴロゴロ…
ダンデの喉元から出てくる音に、二人揃って驚いて顔を見合わせる。
「めっちゃ可愛い」
「いや、キミは正気に戻れ。これでも体脂肪率一桁のガッチリ体型だと自負してるんだ。絵面がやばい。というかこれ、何処から音が出てるんだ?」
首を傾げるダンデを他所に、キバナは構わず、今度は喉元をくすぐるように撫でていく。
「にゃっ!」
人間として感じる感覚とはまた違ってるのだろう。驚いた様子のダンデはキバナの手を振り払って後ろへと飛び退る。心なしか、いつもより髪の毛が逆立っているようにも見える。
「ふはっ…やんのかステップじゃん。かーわいー」
「キミ、もしかして楽しんでないか?!」
「いやいや、心配してるんだって。考えてもみろよ?一時的なものって言ったって不慮の事態が起きた時、対応できないようにしなきゃだろ?」
「まあ…そう、だな」
「だから、何処まで変化してるのかも確認しとかないといざという時困るだろ?」
「そう…か?」
「そうだろ。聴覚もそうだけど、味覚とか触覚も変化してるかもしれないんだぜ?医者ではそこまで診てないだろ?」
「…確かに」
「だろー?…ちょろいな」
「おい今、ちょろいって言わなかったか」
「チョロネコみたいだって言ったの。じゃ、そういうことだし早速確認しようぜ」
そう言うや否や、キバナはダンデの腰をその長い片腕で抱いてスタスタと廊下を歩き始める。ダンデも、大人しく一緒に歩き始めたが、途中から雲行きが怪しい事に気づき始めた。
「キバナ…そっちリビングじゃないぜ、寝室だぜ?」
「そうだな」
「リビングじゃダメなのか?」
「ダメに決まってんだろう。デリケートな問題なんだぞ」
「いや、ほんとか?なんかおかしくないか?」
バタンっと閉まるドアの向こう側から、暫くボソボソとした声が響き続ける。と思ったのも束の間。突然部屋の中からダンデの大声と共に、凄まじい物音が聞こえ始める。
「やっぱりおかしいじゃないか!何で今ここでダイマックスさせてるんだキミは!!?」
すったもんだの暴れる音が暫く聞こえた後。寝室から顔を真っ赤にしながら扉をもの凄い勢いで開けて出てくるダンデと、少し遅れて顔中に鋭利な爪で引っ掻かれたような痕を付けたキバナが、しょんぼりとした顔で出てきて、ダンデの後を追う。
「着いてくるな!」
「いや、リビングまでの道この廊下しかないじゃん…」
「寝室で自分の右手とよろしくしてれば良いだろう!!全く!素直に言えば許してやっても良かったのに!騙そうとするなんて!」
「えっ?素直になっていいのか?」
しょぼしょぼとしていた雰囲気は何処へやら。ダンデの言葉を聞いて、キバナは直ぐに背筋をシャキリとさせてダンデの方へと駆け寄り、さり気なく腰を抱く。あまりの変わり身の速さに、流石のダンデもたじろいでしまう。
「キミっなぁ!そんな、今更都合の良いこと…「ダンデ、凄く可愛いよ。お前が不安な気持ちだろうにオレさま、そんな姿のダンデを見て、欲を抑えられなかったんだ…本当にごめん」
キバナの全力で素直になりつつ、誠意も見せる攻撃。
「なっ!…なっ…」
「なぁ、頼むよ。お前が心配ってのも嘘じゃない。お前が体調が変だなって感じたら直ぐ止まるからさ…お願い」
キバナの目を合わせてからの懇願攻撃。ダンデには効果が抜群だ!
「…ほんとに、止まってくれるか?」
「うん、止まる」
「…じゃあ…いいぜ」
許すように、顔は真っ赤にしたままでスルリとキバナの胸元にまるで本当のチョロネコのように頬を擦り寄せたダンデは、まさかその行為がキバナの最後の理性をブチ切る事になっていたなんて梅雨知らず。そのままウッカリと狡賢いドラゴンの根城へと誘い込まれたのだった。
次の日、ベッドの上で何もかもが元通りになったダンデが「この大嘘つき野郎!」と滅多にないくらいの言葉遣いでキバナを罵り、それをデレっとした顔で受け止めつつ甲斐甲斐しく動き回るキバナが居たとか居なかったとか。