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    6月6日のシスの日に間に合わなかった。
    グラシスの小説、リミテッドロゼッタのフェイトエピネタバレあり

    #小説
    novel
    #グラシス
    glacis

    君に贈る空の果てを目指す旅路で立ち寄った新たな島。
    多くの団員が補給と娯楽、様々な理由で下船していくなか、シスは甲板からグランの背を見送った。
    彼の隣に小さな影も風に靡く蒼い髪もなく、代わりに美しい黒髪の背中があるのが珍しく、雑踏に消えるまでずっと見つめてしまった。
    薔薇のドレスの美しい女とは直接話をしたことはない。顔と名前くらいは知っている。
    この騎空団の始まりの仲間だからグランと親しいのは当たり前だ。
    だが二人だけで島に降りてどこかに向かうのを見るのは初めてだったから。
    珍しいと思って、気になった。

    珍しいとは思ったが数日も経てばいくつもの下船の光景の一つになり、シスの記憶の中に埋もれていった。



    ある夜、グランに呼ばれたシスは彼の部屋に赴いた。

    夜に二人で会うときは団長の私室にする。団長が団員の部屋に通うのは規律上よろしくないと、二人で考えた決まりだ。訪れる側がシスなので、誰にも見つからないよう気配を殺してグランの部屋に行くなど容易い。一番の理由は、団長の私室は左右が執務室と展望デッキで誰もいない。ほかの部屋よりも造りがしっかりしていて壁も厚いからだ。
    シスは夜な夜な自分があげる声量を申し訳なく思っている。

    用があるのか、それともグランも会いたいと思ってくれているのか。どちらでもいい。
    ノックをして、務めて平静を装った声で名前を呼んだ。
    「シス!」
    出迎えてくれたグランは先にベッドに座りぽんぽん!と隣を叩く。
    いつもグランが寝ているベッド、シスもそこで寝ることは何度もあるが、遠慮なく座ることはまだできない。
    ベッドの上はグランの香りがことさら強い。
    嗅覚ばかりが敏感になって、そわそわして落ち着きがなくなってしまう。
    グランを自分の部屋に呼べるようになれば解消される。が、壁がここより薄いし両隣は団員の部屋だから、声量を抑えきれなくて恥をかくのはシスと団長だ。
    隣に座るとグランがぐっと近づいてきて肩をぶつけてきた。猫が甘えてくるときに足にぶつかるような勢いでシスは微動だにしない。彼の頭が肩のちょうどいい位置にくるので、シスもグリグリ頬をすり寄せる。
    「大丈夫、疲れてない?」
    「ない。採集する村人の護衛だったが魔物には遭遇しなかった。お前こそ、依頼がなくても忙しいだろう」
    「まぁね、机の上の書類の山、全然減らない」
    いつも依頼を受けて出かけては魔物を倒している印象が強いが、団長職はデスクワークの機会も多い。グランと密なる時を過ごしていくうちに気づいた。
    団長職務は団員の数が増えれば増えるほど忙しくなる。
    騎空団の組合には団員が100名以上の規模なら参加必須の講習もある。
    賃金や経費の取り決め、計算も大きな騎空団ほど厄介だ。
    依頼を受けて成功して得た報酬金からまず騎空団の経費……食料品、消耗品、燃料など艇の維持のための資金を差し引く。それから残る報酬元本から依頼に参加した各団員に賃金を支払う。共通経費の相場は2割だが、報酬元本もただ人数で割ればいいものではない。
    前衛職と後衛職、直接戦闘には関係ないが力を借りた団員にどう割り当てるか。戦闘依頼と採集の依頼では実入りも違う。
    グランはみんなが不満に思わないように計らいたいと、机に齧りついてうんうん唸って悩んでいる。
    さらに団員一人一人をよく見ていて、悩みがある者や落ち込んでいる者には見逃さずに声をかける。どんなに忙しくても団員の誘いは滅多に断らない。
    そんな多忙を極める「みんなの団長」のグランを、夜の時間だけとはいえ独占できるのはシスの秘密の喜びだ。
    「書類の上に猫がいつも寝そべってくるんだ。ルリアやシンシャに回収をお願いするんだけど、すぐに別の子が同じことしてくる」
    「お前は人以外にも人気だな」
    「サンダルフォンが入れてくれた珈琲をひっくり返さなきゃ大歓迎だよ」
    机の上の大惨事が鮮明に浮かんで、申し訳ないと思いつつシスの口元は弧を描く。
    「そうだ、本題!」
    「ん?」
    「シスに渡したいものがあるんだ。もちろん会いたかったのもあるよ」
    グランはベッドサイドのテーブルにある箱を持ち上げて見せてきた。包装紙とリボンが綺麗にかけられているそれは部屋に入ったときから実は気づいていた。
    けれどグランのことを考えて、みて見ぬふりをした。
    どうみてもプレゼントだ。
    シスがやってくるとわかっているのに誰かへのプレゼントを出したままにする、グランはそんな男ではない。
    シスも、自分には関係ないプレゼントが置いてあるなと思うほど鈍感ではない。
    「シスに渡したいと思って作ってもらったんだ。受け取ってほしい」
    「ん、重いな。開けてもいいか?」
    細長い形状の箱だ。紙越しの手触りは木製で、金属が中に入っている重さが伝わってくる。
    グランが頷いたのでシスは見た目に反して重たい箱のリボンを丁寧にとって包装紙も綺麗にはがしていく。
    グランの気持ちがこもっているから破きたくない、ぞんざいに扱うなどできない。
    包装紙をとると、出てきたのは長方形の桐箱だ。とても改まった品に見える。
    「今日はなにかあるのか?」
    「ううん、今日はなんでもない日だよ」
    物を貰うときはなにか理由が、旅行のお土産やイベントがある。
    グランサイファーに乗って少しは詳しくなったと思うが見当がつかない。
    蓋を取ると、乳白色の布を下敷きに、一本の短剣が収まっている。
    ランプの灯に照り返して一筋の輝きを放つ。柄から刃まですべてが黒曜色でできており、専用の鞘にも短剣全体にも凝った装飾が施されている。
    シスが服の中に忍ばせている短剣と違い、切っ先まで細工が彫られている。装飾か儀式用の短剣だ。毒を仕込む溝もないし、切れ味をよくするカーブもないまっすぐな刃ではとても人や魔物は刺せない。
    一目でわかるほど上等な一品だ。
    「グラン、お前から貰う物ならなんだって嬉しいが、なぜ、これを俺に?」
    誕生日ではない(そもそも自分の誕生日をシスは知らない)
    白髭の老人がトナカイにソリを引かせて全空を駆けまわる日でもない。
    日常の小さな贈り物にしては高価すぎる。
    「前に寄った島に、旅の息災と戦場での無事を願って短剣を贈る文化があって。それでシスに渡したくて作ってもらったんだ」
    シスは押し黙ってしまった。よくないとわかっているのに、グランへの感謝の言葉は現実にはシスの口元からはシッ……と空気が漏れただけ。
    グランはどう思ったかはわからない。
    「星の島への旅は一緒だけどシスは十天衆の仕事もあるからお守りにいいと思って。シスが……短剣とかたくさん持っているのは知ってるけど……」
    どうしても渡したくて……グランの声はだんだん尻すぼみになっていく。
    シスがうまく返事ができず、嬉しい気持ちを表せないせいでグランに落ち込んで欲しくない。
    「違う!いらないという意味ではない!」
    ぐいぐい押してくる強引さと同じくらいの繊細さをグランは持っている。いつもうまく隠しているそれが垣間見えたら見逃してはならない。
    「俺は貰うことに少しずつ慣れてきているとは思う。が、まだうまく伝えられないことが多い」
    いつだってシスはグランから貰ってばかりいる。
    それは形のないなにか……居場所や思い出、繋いだ手のあたたかさ、共に歩む旅路のすべて。数えきれないくらいある一つ一つが自分には手に入らないと思って諦めていたものばかり。
    形ある物も、同じくらいもらった。
    部屋の鍵、食堂にある名前の書かれたマグカップ、立ち寄った島の土産、季節ごとの贈り物……数えればキリがない。
    自分はいつも貰ってばかり。
    シスなりに考えて手土産を用意しても、全く足りない。
    気の利いた礼の言葉だって贈りたいのに、経験の少ないシスの中にはグランに贈るぴったりの言葉が見つからない。
    前もって考えた台詞は、グランの笑顔を前にすると見惚れて蕩けてどこかに消えてしまう。
    共に眠る日があり、誰にも共有していない秘密を持つ仲になり、多少うぬぼれてもいい仲になってもまだだめだ。気の利いた感謝の言葉をすぐに伝えることができない。そのせいで不安にさせてしまう。
    「違う、こういうことが言いたいんじゃない。グラン。ありがとう、大切にする」
    うじうじ悩みながら、ようやく感謝の気持ちを表せた。
    自分の気持ちを込めるにはシンプル過ぎるがこれが今のシスの精一杯だ。
    「そうだ、大切なことを忘れてた」
    「どうした」
    グランがちょいちょいと手招きするので、シスは首を思いきり傾けて彼の口元に獣耳を近づける。エルーンが内緒話をやると首の角度がえらいことになる。
    「名前はね、僕が彫ったから」
    「えっ」
    「いいんだ。今はわからなくてもきっといつかわかるときが来るから」
    どういう意味か聞いてもグランは笑ってはぐらかす。
    揶揄っているのではない。きっと何か意味があり、それはそのうちわかることなのだ。
    「グラン、」
    「うん」
    サイドテーブルに贈り物を置いて、シスはグランの袖口を引っ張ってベッドの中にもぐりこんだ。





    貰った短剣はお守りで、実戦には使えない。格闘家のシスが持ち歩く代物ではない。わかってはいるが、対人用の暗器を一つ減らして代わりに短剣を持ち歩けるようホルダーの中に場所をあけた。
    これまでのグランからの形ある贈り物の中で、一番うれしかったのは鍵だ。
    シスの部屋、シスの居場所がここにあると形をもって教えてくれる。
    でも鍵はここの団員みんなが持っている。平等に、団長から貰っている。
    この短剣は違う。順位が変わった。
    もう何度も、懐から取り出しては眺めている。
    柄の中央に、狼の形の彫刻がある。
    誰が言い出したか、シスは狼によく例えられた。さらに三本の鉤爪に似た装飾、うぬぼれていいならグランは意図してこうしたデザインにした。
    自分だけの、特別だ。
    はっきりとそう思った時、体温が急にあがった。
    体の中心からぐんぐん熱があがってきてしまう。嬉しい。照れ臭いけれど嬉しい。
    でもシスはありがとうしか言えなかった。大切にすると伝えたがそんな当たり前以外に、もっと多く自分の気持ちを伝えたいのにうまく言えない。
    しゅんと耳が垂れてしまう。グランがいれば笑いながら撫でてくれただろう。




    なくしたくない、壊したくないから大事にしまっておきたい気持ちと、肌身離さず持ち歩いていたい気持ちがずっと戦っている。
    鍵は持ち歩くためにあるから、迷うことはなかった。
    お守りだから持ち歩くべきだ。いかなる敵にも後れを取るつもりはない。が、万が一戦いの余波で短剣が傷ついたり、欠けたりしてほしくない。もし、ホルダーのベルトが切れて落として失くしてしまったらシスは立ち直れない。
    艇にいる間は持ち歩いて、依頼や仕事で出るときは部屋に置いていくか。泥棒などいないから一番安全だが、ひと時も離したくない。

    貰った夜から数日、悩んでばかりいるシスは食堂でも短剣を取り出して眺めていた。

    「はぁい。前、いいかしら」
    シスがいいという前に、女は椅子を引き、スカートの裾に注意しながら腰をかけた。
    席はいくらでもあいているなか、自分の前に座った理由はわからないが不快ではなく拒否するつもりもないので、シスは頷いた。
    「話すのははじめてよね?」
    「あぁ。だが顔と名前は知っている、ロゼッタ」
    「えぇ、シス。団長さんとひときわ仲がいいあなたにはずっと話しかけたいとおもっていたの」
    でもこの艇って本当に広いからなかなかチャンスがなかったわ。彼女は優雅に微笑んで、カップに口をつける。薔薇と紅茶の香りがこちらまで漂ってくる。
    「俺と?意外だ」
    「そうよね、一緒に依頼を受けたことだってないもの。仲のいいお友達も私とあなたは違っているわ」
    「ラードゥガでも見ないな」
    「お酒は苦手なのよ。でも私とあなたの共通点がひとつあるの。なんだと思う?」
    そんなことわからない。
    質問に答えさせる意志がないとわかって、シスは仮面の奥からロゼッタをじっと見つめた。
    こういう相手は無言を貫くのがいい。
    恐ろしい夜叉の仮面のせいで睨まれていると勘違いされそうだが、ロゼッタはまったく恐れた様子をみせず、美しく華やかな笑みを浮かべたままでいる。
    「あぁ、ごめんなさい。回りくどくするつもりはないの。私とあなたの共通点はね、団長さんのお父さんを知っているってことよ」
    思わず立ち上がりそうになった体を制する。
    ガタっと机が揺れたが、周囲に散らばる団員たちの注目を集めることはなかった。
    「予想外だったかしら?」
    「問題ない、続けろ」
    「私が星晶獣だということは?」
    シスは頷いてみせた。
    あの男を知っている団員。可能性を考えたことなどなかった。
    俺だけではなかったのか。
    無意識に、団長とあの男の、父親の話ができるのは自分だけだと思い込んでいた。
    「私は昔、団長さんのお父さんと一緒に旅をしていたの。色々な島に立ち寄ったし、何人もの仲間ができたわ」
    「俺と会った時、あの男は一人だった」
    「その時よりずっと前よ。あの人が団長さんくらいの頃から立派な青年になった頃まで……団長さんが生まれる少し前に私は艇を降りたの。それっきりよ」
    グランと同じ年頃のあの男。
    言葉ではわかるのに、シスの頭の中でうまく像を結ばない。シスの中であの男は、大きな手のひらで力強く頭を撫でてくれる。抱擁してくれる大人の姿で固定されている。
    無理にイメージを振り絞ってもグランになってしまう。
    「俺は……少しの間だけ面倒をみてもらった。幼い俺の唯一の安寧だった」
    「面倒見がいいところは団長さんと同じよね」
    「あぁ。強引なところも似ている」
    「大雑把なところはあまり受け継がれてないわね」
    シスとロゼッタはお互いが団長の父親と一緒にいたときのことを語り合った。
    グラン以外とこの話題で話すのは不思議な気分だったが嫌ではなかった。
    「ところでそれ」
    「これか?」
    「えぇ、団長さんに貰ったものでしょう?それを見て話しかけたのよ」
    短剣を見やすいように手の中で傾けた。
    「なぜ知っている?」
    「答えは簡単よ、お店を教えたのが私だから。ピカピカね、大事にしている」
    「当たり前だ」
    「でもあまり見せびらかしてはダメよ?嬉しいのはわかるけど、ロマンスは二人だけの時にしなさい」
    「どういう意味だ」
    「その短剣よ。親愛の証は二人でいるときか、一人の時に眺めたほうがいいわ。自慢したい気持ちもわかるけどね」
    「親愛の証?旅の息災と戦場での無事を祈るお守りではないのか?」
    「正解だけど、それだけではないのよ」
    ロゼッタが身を乗り出しながら、小さく手招きする。それだけでも生唾を飲み込むほど妖艶な仕草だ。
    人に聞かれるとマズイ意味もあるのか。シスは逆らわずに少しだけ腰を浮かせる。
    耳はいいので、口元に寄せずとも聞こえる。エルーンと他種族の内緒話は本当に首によくないのだ。
    テーブルの上に乗ったロゼッタのたわわな実りの谷間がくっきり見えてしまいシスは慌てて仮面の奥の目をそらした。
    「その短剣はね、特別な想いを込めた贈り物になるの。だから親愛の証って呼ばれているわ。人の歴史の中で意味が少しずつ変わっていくの。旅の安全を祈るため、戦場での相手の息災を祈る文化から、恋人へのポロポーズや親友、兄弟、家族への感謝の印に贈る文化へね」
    「まっ、待て。家族、兄弟、こいび……⁉」
    「落ち着いて。ほら、お茶どうぞ」
    いつの間にか喉がカラカラになっていた。
    流し込んだ紅茶はもう冷めていて渋みもあったが、おかげで許容量を超えた情報にも落ち着いてきた。
    「……だからロマンスと言ったのか?」
    「えぇ。かつてあの人、団長さんのお父さんも、おく……大切な人に短剣を贈ったの。3つ前の島だったかしら。覚えている?あなたが私の背中に熱烈な視線を送ってくれた島のお店よ」
    「覚えている……だが」
    「えぇ」
    親愛の証、教えてもらった由来を整理する。
    大切な人に贈る。
    家族、兄弟、もしかしたら。ビィが言っていた。あの男がシスを連れてザンクディンゼルに帰っていたらシスとグランは兄弟のように仲良くやれただろう、と。
    恋人に贈るものでもあり、あの男もかつて誰かに贈ったことがある。
    「まだそうと、きまったわけではないと思う。団長はお守りのようなものだと言った」
    「団長さんは親愛の証の意味を知っているわ。お守りと言った理由は本人に聞いてね」
    「その、怖いんだ、そうだったら嬉しいが。お守りの意味も確かなのだろう?違った時にどうすればいいかわからない」
    「団長さんは照れ屋で隠し上手だものね。でも信じていいと思うわ。……あとは、名前を探してみたら。短剣のどこかに名前を彫ることもあるわ」
    名前は僕が彫ったからね。
    「あ、」
    あの夜、グランに言われた言葉の意味、それはもしかしたら。
    「思い当たる節でもあるのかしら。針かピンは持っている?」
    「これでいいか」
    隠している暗器の一つ、対人用の針を懐から出して見せる。
    ロゼッタは渋い顔をした。
    「太すぎるわ。私のを貸してあげる」
    ロゼッタは黒いヘアピンをどこからか取り出してテーブルに乗せ、シスの方に滑らせる。
    「見えない場所に彫るそうよ。そうね、この狼の装飾のあたりから試してみたら」
    「こ、こうか?」
    ヘアピンを受け取って、狼の装飾の凹みに近づける。
    よくよく見ると狼の額に小さな穴が開いている。
    「私には見せないでいいわ。部屋に戻ってやりなさいな。今度会った時にでも結果を教えて頂戴」
    「そうだな。ロゼッタ、世話になった」
    ロゼッタに感謝を告げて、シスは席を立った。



    部屋に帰って恐る恐るピンを手にする。
    怪しいと言っていた狼の装飾、小さな穴の凹みにピンを当ててスライドさせる。
    パズルがずれていく感覚とカチッと何かがハマる音がして、狼の装飾の下から平らな部分が見えた。
    文字が彫ってある。
    職人技の装飾とは不釣り合いのいびつな形をした文字。
    そこにはグランにだけ教えたシスの本当の名前が彫ってあった。
    『名前はね、僕が彫ったから』
    職人には任せず、グランが苦労しながら彫る姿がシスには見えた。
    最期まで共に歩む、だから知っていてほしいと告げた本当の名前。
    短剣が親愛の証だと言わずとも、グランの気持ちはここに全て込められている。
    ぎゅっと短剣を抱きしめてベッドの上に転がる
    嬉しくて大暴れしてしまいそうで、2.3回枕を殴った。
    ドスドスとナイフで刺したような音がしてしまった。隣室が不在かわからないが聞こえたかもしれない。
    ロゼッタ、彼女にこの前の島と店の名前を教えてもらおう。
    彼女は艇を一時的に降りて別行動をすることがなかったと思う。
    いくらでも機会があるが、はやる心が抑えきれない。明日は彼女を探そう。
    グランの名前もシスの手で掘りたいから細工だけ頼もう。
    シスは高揚した気持ちで、あれやこれやと考える。
    短剣のデザインはグランのようにうまくできるか。
    グランに合う色は?青色が似合うけれど好きな色だろうか。
    グランといえばビィだ、彫刻は竜がいいかもしれない。
    悩んでいるのに重苦しい気分にはならない。
    贈り物を考えるのがこれほど楽しいとは
    グランはその場にいなくてもシスに新たな喜びを教えてくれる。





    おまけ
    少女漫画の、気になる彼が女の子と仲良く歩いてるショック!!!えっ彼女じゃなくて、妹さんなオチのグラシス


    自分の部屋に戻った時、先に来ていたシスが自分が渡した短剣を眺めていて、グランは嬉しくなった。
    「ただいま、そんなに気に入った?」
    「おかえり。艇にいるときは持ち歩いている」
    「依頼の時は?」
    「内容による。失くしたくない、壊したくない」
    シスはまた視線を手元に戻す。さきほどから嬉しそうにしながら短剣をみている。
    耳が機嫌よく外側を向いている。
    グランの視線に気づいて照れたのか耳が少し下がった。
    シスにあげた短剣はすべて彼をイメージして細かい装飾を注文した。
    刃の色を彼に合うように黒にしたのは建前で本当は自分の短剣と対になるようにしたかったグランの我儘だ。
    母の、きっと形見であり、父から母に贈られた短剣は純白だ。ジューンブライド、ウェディングドレスの白さから、婚姻を意味する色にしたのか。
    星の島に辿り着いたとき、話を聞けるかな。
    大切な短剣をグランも懐から取り出した。
    白く美しい刃で、よく見ると花や蝶の彫刻が施されている。
    好きな女性に贈るのに相応しい。
    父はどんな気持ちでデザインを考えて、どんな愛の言葉と一緒に贈ったのか。
    その時の団員たちでお祝いをしたとロゼッタから聞いた。みんなの前で贈ったならすごい。自分はまだ照れてしまい覚悟がなくてできない。
    ふと、隣のシスからくら~いどん底オーラが漂ってきた。
    「えっシスどうしたの」
    シスの耳はさきほどまで機嫌よく外向きだったが今やべしょっと元気がなく下がり、頭についている。
    照れているときや脅えつつもグランに身をゆだねている時も耳は下がり気味になるが今は完全に落ちこんでいる耳だ。
    前に、グランの部屋で私物を破壊したときとまったく同じ角度だ。
    ベッドの上で言葉だけのだめぇを叫んだシスの腕がちょうどサイドテーブルに当たってしまい立てかけていた剣が倒れた。そのときに脱ぎ散らかしたベルトが引っかかって、引き出しが開いて……ピタゴラスイッチのように雪崩が起きて、最後に団員から旅行のおみやげでもらった動物の陶器が硬い床に落ちて粉々に割れた。
    その時の蒼穹の青さよりも深く落ち込んだシスと同じ雰囲気だ。
    「僕なにか見逃した?」
    「な、なんでもない……」
    シスは黒い短剣をサッとホルダーの中にしまうとグランから顔をそらした。
    そのくせ、ちらりちらりとグランの方を見てくる。仮面が半分しかないからわかりやすい。
    いつも仮面をつけているからかシスはポーカーフェイスが苦手だ。
    う~ん、おもしろい、かわいい。
    でもどうして突然、落ち込んだんだろう?
    ちらちら見てくるシスの視線を追いかけるのは簡単だった。
    グランの持つ白い短剣に釘付けだ。
    右にずらす。
    露になっている右目と仮面の奥の左目が追いかけてくる。
    いや、まさかな。
    「……白くて綺麗でしょ」
    シスはすごく答えづらそうに口籠り、ようやく、うん……と聞き逃しそうな小さな声を出した。
    「……人からもらったものなんだけど……」
    シスの様子を伺いながら、核心をわざと濁す。
    もう下がらないだろうと思ったシスの耳はさらに下がる。このままいけば真ん丸な頭になってしまう。俯き角度は全空記録更新中である。
    「大事にしているのか?」
    「そりゃあね」
    息が詰まって苦しそうにシスが聞いてくるので、とっても大事!とアピールするように布で磨き始めてみせる。
    大事なのは事実で嘘ではない。
    シスは目をぎゅっと閉じる。2・3秒ほど経過して瞼を開いて、グランの手元を見て目をそらす。
    見たくないのに、つい見てしまう。そうして落ち込んでしまう
    すべては感情の裏返しである
    うん、かわいい、でもかわいそうだから、ネタばらししてあげよう。
    「母さんの短剣なんだ」
    「母さん?」
    目が真ん丸に見開かれて、口がぽかんとあいている。
    その表情はこの部屋で僕の前だけにしてね。
    「そう母さん、つまりは父さんの奥さん」
    「奥、さん」
    どれも初めて聞いた言葉のようにシスは幼子のようにおうむ返しする。
    「あの男の、妻。とはつまり団長の母……」
    「シス、あのね。父さんは一人で僕を産んだわけじゃないよ」
    父さんとの思い出はシスの中でとても強い。
    カルムの郷での悲劇の直後に救われたせいか、シスの中でグランの父は美化されている、またはすごい勘違いでも起きているのか。
    父は単体生殖でグランを産んだとか。似ていると何度も言われる。見た目だけではなく気配もそっくりらしい。
    「あ、当たり前だ!ただ想像をしたことがなくて……」
    「父さんから家族の話はなかったでしょ」
    「うん」
    シスは申し訳なさそうだったが。
    この件についてはシスは悪くない。
    「そういう人だよ、僕も母さんの話はあまり聞いたことないけど。これはね、母さんの短剣だけど、父さんからのプレゼント」
    「……あ、あぁそういうことか」
    シスの中で何かが腑に落ちて、納得できたらしい。
    「僕が生まれる前だから、シスが出会った時よりもだいぶ若い時かな」
    「そうか、言われてみれば女の好む……花や蔓草の装飾だな。そうか、母親の、そうか……!」
    シスの耳はあれよあれよという間に元気を取り戻してピーンと立ち上がった。
    健気な耳だ、かわいい。
    父さんが愛の言葉を一緒に贈ったプロポーズの品なんだ。
    とはまだ勇気と覚悟がなくて言えなかった。






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