「ねぇアーニャちゃん、本当にデズモンドとお付き合いしていないのよね……?」
とある日の昼休み。
食堂でのランチを終えてから、ベッキーはアーニャを中庭まで連れ出して、先客がいなかった四阿の下で、そう質問をした。
訊かれたアーニャは眉をひそめて、
「ベッキーまたその質問? じなんとはそういう関係じゃない」
先日と同じ質問は先日と同じ答えで返された。
「ベッキーにはアーニャが嘘ついているように見える……?」
「ううん! そうじゃないの! でもだからこそ、デズモンドの最近の様子が気になっているのよ……」
ベッキーは嘆息する。
「アイツ、アーニャちゃんにずっとべったりだと思うんだけど、アーニャちゃんはどう感じてる?」
「……うん、確かに、ちょっと、というか結構うっとーしい」
「でしょうね……。デズモンドがああなった心当たりある?」
「……ううん。何もない」
「そう……」
◆◇◆
アーニャ・フォージャーは、親友と言う贔屓目を抜きにしても、とても可愛い子だとベッキーは思っている。
1O年生の後半辺りから、成長が周囲より遅れ気味だった彼女もついに成長期に入った。するとたちまち『女性』へと変貌を遂げる。
小柄だった体躯はすらりと伸び、幼かった顔立ちは年相応の美少女となり、体つきにもメリハリが出てきた。
ベッキーは男子生徒の間で『イーデンのクールビューティー』と言われているらしく、高嶺の花のような見方をされていると言う。そんなベッキーと普段一緒に行動しているアーニャも自然と注目されるようになって、可愛らしい見た目から今や『イーデンのキューティガール』なんて呼ばれているらしい。
そんなアーニャもたちまち男子生徒達の花になった。ベッキーが知る限り、1週間で最高5人の交際申し込みがあったし、そうでなくても月に2、3回は男子生徒から呼び出しを受けている。
呼び出されるアーニャの背中を、毎回不機嫌な表情で見送っているのが、彼のダミアン・デズモンドである。
先々週のある日の放課後、違うクラスの男子生徒に呼び出されて行ったアーニャ。その彼女を階段教室の上部からどす黒いオーラを放って見送るデズモンドがいた。
さすがにそろそろか……と、ベッキーは教室の外にデズモンドを招いて切り出した。
「何だよ?」
「……あのねぇ、毎回そんな怖い顔でアーニャちゃんを見送るのやめなさい」
「あ? 何の事だ?」
「アンタがその禍々しいオーラを放つ度に、クラスのみんなドン引きしているの分からないのかしら?」
「……」
「そんなに嫌なら止めればいいじゃない」
「……俺に止める権限ねーし」
「じゃあとっととその権限を手に入れたらどうなの?」
「……出来ればとっくにやってる」
「へぇ……」
普段は行動力や決断力がある彼に似合わない煮え切らぬ態度に、ベッキーは以前から感じていた疑問をぶつけてみることにした。声をひそめる。
「もしかしてアンタ、親が決めた婚約者でもいるの?」
「……」
「否定しないならやっぱりそういう事ね。だからアーニャちゃんに何も出来ないわけか……」
デズモンド家と言えば、国内屈指の名門一族だ。確か、彼の兄もイーデン在学中には婚約者がいたらしい話を聞いたことがある。ならば17歳になるこの男にもそういう相手がいてもおかしくないと思ったわけだが。
「変なトコロで真面目よね、意外に」
「意外に、って何だ」
「そのままの意味よ。アンタもお相手側も結婚する気が無いなら、お互いに本命とお付き合いして、婚約話はいずれ破談に持ち込めばいいんじゃなくて?」
「そんな事出来ねーよ。それだとこの前フォージャーに二股掛けようとしていたクズ野郎と変わらない」
上流家庭の子息が多く集まるこの学校では、一般家庭のアーニャは残念ながら下に見られがちだ。
アーニャ曰く、『純粋にアーニャを好きって想ってくれている男子もいるけど、アーニャのカラダ目的なのが大半で、二股とか三股のくずやろうもいる』のだそう。(何故それがアーニャに分かるのかがベッキーには分からないが、彼女のそういった勘のようなものは昔からよく当たるので、今回も『そういうもの』と捉えて追及はしていない。)
「……まぁ、嫉妬深そうなアンタが静観している理由も、アーニャちゃんを大事に想う気持ちも分かったわ。
アーニャちゃんも、今のところは恋愛に興味ないから全部お断りするって言っていたけど、いつどうなるか分からないから、身辺整理するならとっととやることね」
「分かってる」
「あと、忠告ついでに特別に一つ教えてあげるわ。
1組の、ウィル・アンシュッツって男子が何回も断っているのにしつこい、ってアーニャちゃん困っているの。『絶賛五股中の超絶くそやろう』だそうよ」
「ほぉ……」
◆◇◆
(もしかして、あの日の忠告が原因かしら……)
アーニャに対して付かず離れずな距離感だったデズモンドが、先週から急に一気に距離を詰めて、番犬のごとく彼女のすぐ横をキープするようになった。授業中も、休憩時間も、昼食も、移動教室も。
常に隣にいて、アーニャに近寄ろうとしてくる男子を、威圧感で牽制するのだ。
「うっとーしいけど、アーニャに近寄ってくる男子がかなり減ったのは助かってる」
「まぁ、あれだけしていればねぇ……」
デズモンドの家柄を考えれば、大概はアーニャに近寄るのをやめるだろう。上流家庭の子息なら尚更、デズモンド家を敵に回すような真似はしない。
「1組の『五股くそやろう』も来なくなったのも、多分じなんのお陰だよね」
アーニャの言うその男子は、ベッキーがデズモンドに教えた次の日から1週間ほど学校を休んでいたらしい。