カチリ、と無機質な音が響いた。
そちらを見ると、彼女の華奢な身体には不釣り合いな、ごつい首輪、もとい爆弾がつけられていた。残り時間、60秒。
『デズモンド家に、鉄槌を』
どこからかそんな機械音声が聞こえて来たが、そんなのはどうでもいい。
「フォージャー」
「そんな顔をするな、じなん」
「だってお前っ、今首にっ――」
「分かってる」
「何がだよ なんでそんな微笑んでいるんだよ しかも俺のせいでっ――」
「じなんのせいじゃない」
「んなわけあるか! 俺がお前のそばに居たいって願ったばっかりに、お前を巻き込んじまった!」
「あのねじなん、アーニャ、こうなるのなんとなく予想してた」
「はぁ じゃあ尚更何で――」
「アーニャがこうなれば、じなんの婚約者さんは守られるでしょ?」
「」
「テロリストがアーニャをじなんの婚約者って勘違いしている今がチャンス。犯人全員捕まえろ」
「何を――」
「そして婚約者さんと幸せになれ。もう2度と悪いヤツらに利用されるなよ」
「違う! 俺はお前とじゃないと幸せになれない!」
「あぁ、もう時間だね。バイバイ、じなん」
「うぁああああああっ」
◆◇◆
「――っ」
目を開ける。身体を起こす。
薄暗い。掛け布団。ベッドの上。寮の自分の個室。
「……っ、はぁっ……夢……」
ダミアンは大きく息を吐いた。胸が痛いほど心臓が鼓動し、こめかみが痛いほど脈が波打っている。そして頬から顎に伝う脂汗。
「――くそっ、またかよっ……」
小さく悪態をついて、項垂れた。
「んだよ……もうすぐ10年経つってのに……」
もうあれから10年経つと言うのに、未だに時々見る悪夢。
1年生の時に課外授業で起こったバスジャック事件。あの時、犯人に目を付けられたアーニャは、首に爆弾を装着された。
事件は無事解決したものの、相当にショッキングだったあの事件は、巻き込まれた生徒達の心に深い傷を残した。
バーリント総合病院の精神科医であり、当事者の一人でもあるアーニャの父、ロイド・フォージャーが中心となって、市内外の精神科医達が生徒達の心のケアに努めた。その甲斐あってか、事件直後はバスが怖くて乗れなくなった生徒が多数出たが、今はそれを訴える生徒はほぼいなくなったと聞く。
ダミアンはと言うと、事件はやはりショックだったが、それよりも『アーニャに爆弾をつけられた事』の方が何倍も深く心を抉られた。
カウンセリングを受けた当時、アーニャの件がショックだった事を正直に言わなかったのが悪かったのか、さっきのように夢となって時々フラッシュバックを起こす。事件そのものは遠い記憶の一部となったのに。
◆◇◆(場面は飛んで)
「また夢見たの?」
「……まぁな。」
「ねぇじなん」
「ん?」
「じなんが今も苦しんでいるのは、ひょっとしてアーニャがそばにいるから?」
「……は?」
「アーニャがそばにいるから、ずっとあの事忘れられなくて辛い思いしてる?」
「そ、そんな事ない!」
「強がらなくていい。アーニャの事見たくないなら、なるべくじなんの視界に入らないようにする。教室でもじなんの前に座らないようにするし」
「だから! 違う! むしろ――」
「『むしろ』?」
「その……俺の視界に入ってて欲しい。その方が……安心出来る……」
「……じなん?」
「いない方が、気になるんだよ……。俺の知らないところで危ない目に遭っていないか、心配になる……」
「……」
「なぁ、あれからお前、俺の知らないところで危ない目に遭っていないか……?」
「……何でそれを訊く?」