この気持ちはなんだか苦くて。放課後、学校での授業を終えた九門は一目散に校門から駆け出した。
慌てて周囲を見渡すと通学路を歩く学生達の中から頭一つ抜けた見慣れた長身を見つける。
九門はその長身でありつつも線が細くて綺麗な背中が好きだった。
目的の人物を見つけられた事に内心ほっとしつつ、後ろから元気良く声をかけた。
「莇!一緒に帰ろ!」
「うわ、九門か。まぁ、いいけど...。」
「やったー!!」
一見無愛想に感じる言葉だが、そうでない事を九門が一番知っている。九門はニコニコしながら莇に並んで歩き出した。
「なぁ、莇。」
「なんだよ。」
数メートル歩いた所で九門が莇を呼ぶ。
「このお菓子、食べるの手伝ってくんない?」
そう言って九門が取り出したのはチョコレートとクッキーが一体になったお菓子の箱だった。
「は?なんで?」
「野球部のマネージャーに貰ったんだけどオレあんまり甘いの好きじゃないからさ...。」
「いや、甘いもの好きな兄貴にやったらいいだろ。」
「オレが貰ったからオレが食べたいの!でも兄ちゃんと一緒に食べたらオレが甘いの好きじゃないって兄ちゃんにバレちゃう...。こんなこと莇にしか頼めないんだ!お願い!!」
「はー、しょうがねーな。半分貸せ。」
「...ありがとう!」
初めは怪訝な顔をしていた莇だったが九門が理由を説明すると呆れながらも了承してくれた。
彼はなんだかんだ優しいのだ。
(...声、震えてなかったかな。)
甘ったるいチョコレートクッキーを口に含みながら九門は思った。
---九門の脳裏に去年のバレンタインデーの事が甦る。
バレンタインデー、放課後九門が種中に向かうと校門前で見慣れた長身が女の子からチョコレートを貰っている所を見つけてしまった。
(...あ。)
莇は断ろうとしたようだが、女の子は九門を見るなりチョコレートを渡すだけ渡して走り去ってしまったのだ。そうして莇の手元にはチョコレートだけが残った。
(いいな...。)
九門はその女の子が羨ましくて堪らなかった。
自分も彼にチョコレートを渡せる側の人間になれたら良かったのに。
...本当はマネージャーに貰ったなんて嘘だ。このチョコレートクッキーは九門が自分で購入した。
バレンタインデーにチョコレートを渡すことは許されなくてもこうやって何でもない日に彼にチョコレートを渡す位は許して欲しい。
(苦...。)
口に含んだチョコレートクッキーは物凄く甘ったるいはずなのに、なんだか苦く感じた。