Forgetful Valentine's Day...本当に忘れてたんだ。
今日が...だったなんて!
『ありがとーございましたぁー。』
休日の昼下がり。なんとなくやる気の無さそうな店員の声を背にコンビニから出た莇の手にはチョコレートとクッキーが一体になったお菓子の箱があった。
(どうすっかな...これ...。)
ピロピロと鳴る独特な退店音が響く中、莇は頭を悩ませていた。
目当ての雑誌の発売日が今日だった為、莇は寮から一番近いコンビニに来ていた。
普段雑誌の購入は大体学校帰りに本屋で済ませているのだが、 今日は休日なので寮から近いコンビニで済ませる事にしたのだ。
その際に500円につき一回くじが引けるというキャンペーンを行っていて、莇が当てたのが今手元にあるチョコレートクッキーだった。
莇はそこまで甘いものが好きではない。
食べられない訳ではないが、進んで食べたい訳でもない。
半分ならまだしも一箱全部食べるのは肌の健康も含め勘弁願いたかった。
(十座さんにでもやるか...)
十座は脅威の甘党だから甘いものならなんでも受け取るだろう。
(いや、あの人は甘ぇもん食いすぎ。)
莇はそこまで考えてその思考を打ち消した。
甘いものの食べ過ぎは肌に良くないのだ。
寮に足を向けつつ、パッケージを見ながらあれこれ考えていると後ろから背中にドンと衝撃があった。
ケンカの強い莇にわざわざ体当たりをしてくる命知らずを莇は一人しか知らない。
「なんだよ、九門。」
ほぼほぼ確信を持って莇が振り返ると眼下に見慣れた紫色があった。
(やっぱりそうだ。)
予想通りすぎて莇の口元は無意識に小さく緩む。
「え!なんで分かったんだよ!驚かせたかったのに!」
九門はそう言うと、莇が微塵も驚かなかったのが気に入らなかったのか「ぶー」と口をすぼめてぶーたれていた。ガキ臭い。
「ハハ、残念だったな。」
「くそー!」
九門の様子に気を良くした莇が少し馬鹿にしながら笑い飛ばすと九門は今にもぶーぶー言いそうな感じでなおも悔しがっていた。
九門はランニングの帰りで、どこかぼんやりしている莇の背中を見つけたから驚かせようと思ったらしい。
丁度寮に帰る所だった九門はそのままの流れで莇と並んで歩き出した。
「莇その箱何?」
「あー、なんかコンビニのくじで当たった。」
莇の手元にある箱が気になるのか興味津々で尋ねてきた九門に莇は淡々と状況を説明した。
そうだ。コイツと半分にすれば解決する。
コイツも別段甘いものが好きではないが、食べられない訳ではなかったはずだ。
「半分やる。」
「え。」
莇が半分あげると言うと九門は面食らったような顔をした。どうしたと言うのだろう。
「なんだよ。」
「...莇、今日何の日か知ってる?」
予想外の九門の反応に莇が怪訝になっていると、九門は箱を受け取りながら上目遣いで莇の様子を伺うように尋ねてきた。
「え、今日?今日ってー」
九門に言われて莇はスマホで日付を確認する。
---2月14日。今日は"バレンタインデー"だ。
莇が九門に渡したのは"チョコレート"クッキー。
これじゃあまるで。
九門の言わんとしている事が全て分かった莇はぼんっと音が鳴りそうな程顔を真っ赤にした。
断じて違う。そんなつもりは無かったんだ。
「まっ、ちがっ!...やっぱりそれ返せ!」
「え!絶対やだ...!オレが食べる...!」
莇が慌てて箱を取り返そうとすると九門は相当嫌だったのか莇から逃げるように全速力で寮の方へ走り出した。
「おい九門!待て...!」
莇はそれを全速力で追いかけながら独りごちる。
...本当に忘れてたんだ。
今日が"バレンタインデー"だったなんて!