『異世界に召喚されたけど『適性:孫』ってなんだよ!?』(閑話1)アラタルの街にある、とある商店。
買い物を終えた二人の客を見送った後、店主である老人は
代金として受け取った硬貨を種類ごとに分けて収めていた。
「爺さんがあんな優しく接客するとかめっずらし~、どんな風の吹き回し?」
爺さんと呼ばれた店主は…実際にはダールという名前があるのだが…
声が飛んできた方へ、不機嫌そうな表情で作業の手を止め顔を向けた。
「"爺さん"は止めろといつも言っているだろうが!
オレは店主だぞ!?ちったあ学習しろ、バカ野郎!」
ダールの視線の先には、エプロンを身に着けた若い女性が立っていた。
「はあ~?それを言うならアタシだって"野郎"じゃありません~!
"バカ"でもありません~!ちゃんとドナって名前がありますぅ~!」
「アァ?!名前で呼ばれてえならその可愛げのねえ性格をどうにかするこったな!
つーか今の今までどこで油売ってやがった!?俺ァ店番してろっつっただろうが!」
「アンタが発注ミスって大量に仕入れた薬草を捌いてやってたんだっつーの!
色んな所に売り込みかけて大変だったんだから、マジで反省しろやボケ老人!」
「ふんっ!薬草なら、今の客が大量に仕入れて行ったからもう捌き切ったわ!」
「ハア~!? ふざけんなよ、ジジイ!」
「ジジイは止めろっつってんだろうが!」
「…また喧嘩してるよ…よく飽きないなあ、あの二人…」
罵りあいを続ける二人の姿を、馴染みの客は一瞥しながら呟いた。
先代から店を受け継いだのも既に随分昔の話、店主となった当時はまだ黒く
艶のあったダールの髪の毛も、今では白くパサパサとした状態になっていた。
若い頃から気が強く、客とのトラブルも多かったダールだが…意外にも経営の才はあり
引き継いだこの店を潰すことなくここまで続けられていることがその証左となっていた。
「はあ…もうっ、何の話をしたかったのか忘れちゃったじゃん!
…ああそうだ、爺さんが客に優しいの初めて見たって話だった!」
「張り倒されてえのか!?人を血も涙もないモンスターみたいに言いやがって!!」
「だーって、マジでビビったんですけど!?爺さんあんな柔らかい言葉遣い出来んのかよ!」
「うっせえ!そんなもん、商人なんだから客に合わせて喋り方変えるくらいやって当然だ!」
「ハッ…当然の話なら、普段からアタシ含めた全員に、平等に丁寧な言葉遣いで接しろや!」
「客にはともかく、お前にだけはそんな接し方をする機会は来ねえから安心するこったな!」
「はあ~!?マジでふざけんなよクソジジイ!!」
「そんな感じでどこ行っても長続きしねえ人間を雇ってやってるだけ感謝するんだな!!」
再び罵り合いが始まった辺りで、様子を伺っていた客は選んだ商品をカウンターへ持っていった。
これで言い争いは中断されるだろう…少しの間は。
「…っと、客だ客だ!ほら、さっさと仕事に戻れ!」
「はいはい、分かりましたよー!」
店主に追い払われたドナは、手をヒラヒラと振りながらバックヤードへと戻っていった。
「ドナちゃん、口は悪いし手が出ることもあるけど…本人なりに考えて
一生懸命頑張ってるみたいだし褒めるところはちゃんと褒めてあげなよ。」
「褒めるとすぐ調子に乗るからな…褒めるどころか店の番すら任せられねえ。」
「それでもクビにしないのは、昔の自分とダブって見えてしまうから…かな?」
「…さあな。」
ダールは机の上に置かれた商品を確認し、代金を客に伝えた。
(しかし、我ながらどうしてあんなに肩入れしちまったのか…)
会計を済ませながら、ダールは頭の中で先の二人組のことを思い出していた。
前回、あの祖父と孫が買い物に来た時も妙に気持ちが逸るような感覚に陥った。
精神感応に関しては、魔力耐性の文様が彫られた魔石を所持して対策している。
なのに、あの若者…孫の方と接していると、何故かやたらと心を揺さぶられる。
先程も、祖父に振り回されている孫を見て助け船を出さなければならない様な
気分になり…引き寄せられるように間に割って入ってしまった。
(まさか、魔法耐性を上回るような精神感応系スキルを持ってんのか…?)
ダールはそう考え、先ほどまで店にいた男の顔を思い出した。
若いには若いが美男子というワケでもない、パッとしない顔。
大人しそうな雰囲気に、鍛えている訳でもなさそうな体つき。
(…いや、さすがに考えすぎか。
あの貧弱そうな見た目でそんな強力なスキルを持ってるとは思えねえ。
買い物中も、あの爺さんに完全に振り回されてるみてえだったからな。)
実際には、件の若者は『じじたらし』という
埒外のスキルを保有していたのだが…ダールがそれを知る術はなかったし
若者もそのスキルがこんな風にに悪さをしているとは認識していなかった。
若者が『じじたらし』の危険性に気付くのは、まだまだ先のことである。