欲しいモノ「おれがせっかくきてやったのに」
「なんでィ、今日はやたらというじゃねえか」
飯代を懐に忍ばせてバギーに会いに来たのは遡ること三時間ほど前。相も変わらず俺の姿を見た瞬間に嫌そうな顔した男を捕まえて、奢るからと二軒目のおでん屋。一軒目でガバガバと酒を飲んでたくせに、今じゃもうおれの半分ぐらいしか手をつけてない。冒頭の言葉を出会い頭から何度も繰り返していれば、ヘイヘイと適当に流すだけだったバギーも気にはなってくれるらしい。
とはいえ、気になる程度で深掘りしてくるかといえばそうでもない。そりゃあだってとあまりの素っ気なさに勿体ぶってみせたら興味は次のおでんの具へと移っていた。
大根、たまご、がんもどき。
お猪口をぐいと煽ってやれば、徳利を持った片手が飲めと言わんばかりに注いでくる。顔はこっちを見ないくせにこういうことはやってくれる。
「なあおれに何か言うことあるだろ」
「……ごちそうさんです」
心のこもっていないふざけた高い声に、そうじゃないと子どもみたいに拗ねたところでわかってくりれやしない。いやもしかしたらわかってる可能性もある、が、そんなのは望みが薄い。
なんせ二十年ぶりの再会だ。
覚えていないだろう。
しかもバギー曰くおれのことを恨んでいるというから、わざわざ恨み相手の誕生日なんて覚えてくれているはずもない。たとえ見習い時代に何度も誕生日を祝ってもらっていてもだ。
「おれは覚えてるのに」
「なにが」
「気になる?」
「別に」
気になれよとちくわを噛みちぎった。
「四皇の赤髪サマがなァにガキみたいなこと」
「お前だって四皇だろ!」
「おれ様はなりたくてなったんじゃねえ!」
「おれだってそうだよ!」
お前まで四皇になっちまったから会いにいくこともやっとだ。ただの七武海のままでいてくれればもっと堂々と、までいかなくても、少なくとも海軍の目なんて気にせず会いにこれたはずだ。
「いいたいことがありゃァ、はっきり言いやがれってんでィ」
「バギー絶対引くだろ」
「そういうこと言うからだろ、ハデバカ」
おれにとっては大真面目なことだ。
大袈裟にため息をついたところで酒が不味くなるとあしらわれる。
「おれのこと恨んどいて一緒に飯食ってくれるくせに」
「そりゃあてめェ、タダ酒が飲めるからに決まってんだろ」
「おまえのそういうところだよ……」
良い酒と宝がないと相手すらしてくれない。いや、なくても相手はしてくれるが、随分とそっけない。それでも恨んでるやつと同じテーブルで同じ飯と酒を囲むほうがどうかしてるだろ。
「ところで、何時まで飲むつもりだ」
「……朝まで」
「おれ様先に帰っていい?」
いいわけないだろ。なんでそう何も知りませんみたいな顔して残りの酒を飲み干すんだ。
「奢ってるんだから付き合ってくれたっていいだろ」
「二日酔いの相手なんざやだね」
「まだ二日酔いになるとは決まってない」
「飲んだ量もわかってねえヤツが何言ってんだ」
一軒目ではエールとウィスキーとやたら飲んで、ここでは酒を飲んだ。そりゃあ、バギーと飲むんだからいつもより進みは早くはなる。
「それに、おれァ素直じゃねェやつの世話なんかしたくないぜ」
「おれはいつだって素直だろ」
「さいでっか」
相槌の仕方が酔っ払い相手のそれになってきた。適当にあしらわれる。相手をしてくれるだけマシだと思ったほうがいいのか。いや、もうちょっと相手の仕方があるんじゃないか。だって、今日は。
「せっかくきたのに」
「へーへー」
残りのちくわを咀嚼していると、勝手に大根を皿に入れられた。飲むだけじゃなくて、もっと、食えということなのだろう。
視界の端で揺れる徳利に催促されてお猪口を空にすれば、なんだかんだといった割に新しい酒が注がれた。
「テメェこそもっと言うことがあるんじゃねえか。アホシャンクス」
「……」
「おれ様はここで朝まで飲むつもりはねェぜ」
お前のそういうところだよ。お前のそういうところがずるい。気付いてないフリをして、おれが何も言わなければ本当に気付かないことにしようとする。それなのに、おれに言わせようとする。言ったところで結局はバギーの気分次第ということにはなるが、この流れは期待する。もし放置されて帰られそうになったら泣いて縋って引き止めてやろう。どうせこっちは酔っ払いだ。こんなおっさんに泣いて縋られたほうが嫌だろう。最大の嫌がらせになるだろう。その鼻をいじられることより嫌かもしれない。それはわからないが。
「バギー」
名前を呼べば、酒を飲みながら肩肘を付いて振り返ってきた。
まさかこの歳になってもまだ祝われたいと思う時がくるなんて思いもしない。毎年部下からは祝われてはいるが、祝いに乗じて酒を大量に飲む日みたいなもんだ。
それなのに、お前と再会したから一言聞きたいなんて。
確かに、お前が言うようにガキなのかもしれない。