ウィルガス別れ話「もう別れようぜ、ウィル」
「......え、」
青天の霹靂とはこういうことか、と思った。
理由は、と言いかけて口をつぐむ。
自分のせいだ、とすぐに思った。
思い当たる節ならいくらでもあった。
付き合ってる今でもこいつだけ苗字呼びしていること。
俺の態度がずっと酷かったこと。
それでも、付き合ってからは変わっていったと自分では思っていたのだが。
今となっては相手がどう思っていたのかはわかっていなかったことに気づく。
もっと確認していればよかった。
混乱と後悔でぐるぐる思考が渦巻いて何かを話そうとしても言葉がなかなか出てこなくて、やっと絞り出したのがこれだった。
「...ならなんで、そんな顔してるんだよ」
自分から言い出したくせに、アドラーの方が傷ついた顔をしていた。
側から見たら俺がまるで別れ話を切り出したと思うだろう。
「...悪い」
何を謝っているんだろう。
何に対して謝っているんだろう。
「...もう、だめなのか?」
いくら望んでいても相手の気持ちが途切れたら、付き合い続けることは無理だとは知っていた。
けれど、聞かずにはいられなかった。
何かに縋れるものがあるのなら。
そう思って尋ねた俺を、アドラーが少し目を見開いて見つめ返した。
「はは...まさか引き止められるとはな」
「...お前、俺の諦めの悪さわかってなかったのか?」
それを聞いてアドラーが目を細める。
「そうだよな、知ってたはずなんだけど俺なんかにこだわらないだろ、とどこかで思ってたのかもな」
「なら今、わかったか?」
「......もともと誰かと付き合うつもりなんかさらさらなかったんだよなぁ...」
ひとりごちるようにアドラーが遠くを見て呟く。
なら、なんで。
あの時、俺を。
拒まなかったのか。
「...ウィルだけは、俺のことを好きにならないだろうと思ってたんだよ、あんな態度取られて。だから安心しきって油断しちまったんだろうな...」
「......迷惑だったのか?」
「いや、嬉しかったよ」
ふ、とアドラーが優しい瞳で俺を見る。
手を伸ばしたくなる気持ちを抑えて俺は言う。
「...俺は、まだお前が必要なんだけど」
「......」
「過去のことは変えられないけど、未来のことなら変えられるから」
「......はは」
なぜかアドラーが笑った。
どうして、そんな顔で。
「...ウィルには、幸せになってもらいてえんだよ...」
「俺は、お前と幸せになりたいんだけど」
「......俺じゃ...無理なんだよ...」
「なんでだよ」
「......」
アドラーと付き合いだして気づいたことがあった。
にこやかで人当たりの良い人柄の奥底に隠している、何か陰のある薄暗いものを。
それは不良時代に繋がっているものなのかなんなのか俺にはわからなかったし、別に隠したいのならそれでもいいと思っていた。
それでも、好きだったから。
相手の全てを知りたい、だなんてそんなものを望むほど子供でもなかったし。
徐々に知れるのなら、と。
もっと、こいつの隠しているものを、暴いておくべきだったのだろうか。
アドラーはしばらく俯いた後、俺を見据えた。
不良時代、この目で殺された人間は多いだろう。感情が全く伺えない、奥が見えない、この瞳に。
きっぱりと、自分の感情を切り離してもう何を言っても答えることはないとわかる。
過去の終わっていった恋愛の経験からこれ以上踏み込めば踏み込むほど嫌われるのではないか、という怯えもあった。
だから、俺は。
「...少し考え直してくれ、明日また話そう」
決断を先延ばしをする他に道がなかった。
あいつの照れ臭そうに笑った顔。
少し困ったように俺を見つめる瞳。
抱きしめた時につたわる体温。
もう二度と、あんな顔を見ることも触れることもできないかもしれないという喪失感を抱えて、眠れない夜を過ごした俺に待ち受けていたのは、アドラーの失踪という事実だった。
そういうことか、とまず感じた。
なんで急に言い出したのか。
どうしてこのタイミングで。
.....話をまだ終わっていないのに。
そんな簡単に諦められる気持ちでもないということを、どうしたら思い知ってくれるのだろう。
こうなったら、地獄の果てまで探しに行くよ。
俺のしつこさを、侮ったあいつの負けだった。