「武市って、今は恋はしないの?」
高杉が茶を飲みながら軽い口調で、思い付いた事を武市に問い掛ける。
武市は持っていた湯呑み置いて、表情を変えずに高杉へ言葉を返す。
「今も何も、私の恋は全て妻の富子に渡した」
「つまらない男だな、君は。影法師とは言え、第二の生を受けたなら生前と違った事をすればいいのに」
つまらないと繰り返す高杉に、武市が呆れた様な視線を向けているが高杉は気にする事はなかった。
恋をしないと傲慢を語る武市は、人の心を理解していないと高杉は分かっていた。
そもそも、武市も高杉も出は武士である。
その武士が、位を与えられた武士と義兄弟の契りを交わしているのである。
恋でもない、衆道の意味で契った訳でもない。
ならば、あの男はなんだと高杉は思う。
「私は気が多い人間ではない。そんなものに現を抜かす暇などあるわけない筈だ」
「君の所に、飼い犬居るだろ。薩摩隼人の……田中君と言ったかな。あれ、僕にくれない?念友でもないなら、犬の一匹くらい僕に譲ってくれてもいいだろ?」
高杉は軽い口調で、武市の義弟を犬と呼びあまつさえそれを欲しがってみたのだ。
武市の反応が気になるのが一番らしいが、高杉は自分の挑発にどうなるのかが見たいらしい。
付け加える様に高杉が、僕なら自害よりも上手く使うと言った瞬間だった。
高杉の足の間に突き刺さったのは、武市の刀。
「田中君は犬ではない。私の義弟だ」
「……君さー、傲慢って言われない?あぁ、僕が悪かったって。その義弟、僕に譲れって」
「譲るも何も、義兄弟として契ったのは私だ。お前にやる訳がないだろ」
ぎろりと睨む武市の表情に、高杉は興醒めしたのか足を崩して立ち上がる。
武市も刀を仕舞いつつも、高杉を睨んだままだった。
「恋なんてしないって、君も大分嘘付きだな。その傲慢さが仇にならないといいね」
「高杉!」
高杉は、武知に何かを言われる前にそそくさと部屋を後にする。
一人廊下を歩きながら、外に待たせている武市の義弟へと視線を向けた。
薩摩隼人の人斬り新兵衛。
「君も苦労するね、田中君」
武市が何時自分の恋に気付くのか、それが見物だと思いながら高杉は坂本へと連絡を取ることにした。
後に天逆神の一件で田中の心の中が露見した事で、武市が高杉の言っていた傲慢の意味を理解する事となる。