何もかも楽しいとは思えなくて、今更辞めるには時間を使い過ぎた。
そう掛けた時間が長過ぎて、手放す機会を失ったのだ。
「あぁ、つまらない」
つまらない、退屈と言うのは、私の最大の敵である。
いや六眼の方が厄介ではあるから、それは言い過ぎたかもしれない。
兎にも角にも私は真っ白なキャンバスを目の前にして、何も描けないと言うスランプに陥ったのだ。
確かに描きたい物はあった筈ではあるが、いざそこに描き込もうとしても何も浮かばない。
描いてみても、納得出来ずに破棄してしまう。
ただそれの繰り返しで、暇潰しを兼ねて生き残った受肉体の呪術師を殺していく。
「うーん、やっぱり日車寛見くらいかな。今興味があるのは」
興味のある呪術師は居ても興味があるだけで、面白いとは思えない。
参った事にこのスランプを抜け出す方法が、私には全く浮かばなかったのだ。
そんな矢先に、髙羽が私の前に現れた。
開花させて見たけど、途中でリタイアすると思っていた呪術師の一人でさして気にも掛けていなかった。
「だからこそ、予想外だったんだけどさ」
髙羽の手を引いて、追い掛けてくる呪術師達を一緒に撒きながら私は笑ってた。
「それはもう何百回って聞いたから!羂ちゃんさぁ!追われるの分かってるのに!わざと顔出ししただろ!!」
「その方が楽しいだろ?」
帳を降ろされる前に始末しておきたいが、髙羽の前で人を殺すと怯えられてしまう。
面倒だと思いつつ、適当な呪霊を放って髙羽の目を隠す。
ぐちゃっと肉が潰れる音がして、髙羽に何をしたか気付かれる前に髙羽を連れて呪霊と共に飛び立った。
二人で愛の逃避行なんて笑えないオチを、この髙羽史彦と行ってみたが存外楽しかった。
久々に腹から笑えたし、何より充実した日々だった。
「うん。君がちゃんと私を楽しませてくれるならね」
「そのつもりだけど、俺がつまらなくなったら?」
「殺すよ?」
当たり前の事を聞く髙羽に笑って答えると、髙羽はいい反応を返してくれる。
これで暫く飽きは来ないと思えたし、良い退屈しのぎにはなっていた。
たまに体を重ねてみては、髙羽を焦らせる事で楽しみを覚えていた。
日本全土を津々浦々と巡り、海外ロケだと言って二人で海外にも足を運んだ。
その間、髙羽は私を飽きさせる事はなく私は楽しいままだった。
楽しくて、愉しくて仕方がなくて、終わりが来る事なんて考えてもいなかったんだ。
「羂ちゃん、俺もね。歳な訳ですよ」
「見ればわかるよ、君も老いたね」
時なんてあっという間に過ぎるものだと言う事を、私自身もすっかり忘れてしまっていた。
二人の逃避行は、呆気なく終わりを迎える。
「でもさ、俺。羂索とコンビ組めて楽しかったよ」
「君は約束通り、私を飽きさせなかったからね。でもさ、こんな幕切れで私が満足すると思う?」
痩せ細った手を握れば、そこにはもう温もりはなかった。
人の死なんて飽きる位に見てきたと言うのに、髙羽の死だけは受け入れ難かった。
「ごめんな、羂ちゃん。最期はさ、笑って見送ってよ」
「君は替えが利かないからね。いいよ、おやすみ」
私の最期の言葉はちゃんと届いたののかは分からないが、髙羽と同じ命日になるならそれでも構わない。
「待ってたんだ?」
「邪魔したら悪いじゃないですか、髙羽さんとの別れを」
「はは、本当によく言うよ」
スパンと首を斬られたが、悪くはない日々だった。
私とは違って天国へ逝ってしまうであろう髙羽を地獄へ共にさせるために、どうすればいいか私はそれだけを考えていた。