可愛がっていた子が居りました。
「羂索が子を可愛がるなんて珍しい」
「小猿みたいなモノさ」
可愛がっていた子は、貴族ではなくそこら辺に居る平民の子でした。
屋敷に入れるなど言語道断でしょうが、私は特別に許しておりました。
遊びに来れば食い物くらいはやると言えば、子は嬉しそうに笑ったのです。
貴族同士のいざこざにも、呪術師同士の小競合いにも何一つ愉しく思えず飽きを感じておりました。
だからこそ、小猿の様な子供を可愛がって暇を潰していたのです。
「けんじゃく、さま?」
「畏まられると何か嫌だな。われの事は、羂索で良い」
「けんじゃく!」
「われを呼び捨てで呼んでいいのは、天元とそなただけだ」
名を呼ぶ事を赦し、御簾の中にも入れる事を許容する程には子を可愛がって居たのです。
何事にも愉しむ事が出来ずに居たと言うのに、小猿は居る時だけは愉しむ事が出来たのです。
だからでしょう、小猿が愛らして仕方がなく離し難いと思っていた。
そんな頃でした。
「羂索。そろそろ子を戻しておやり」
「はぁ?嫌だね。この小猿は、われのものだ」
「狙われておるぞ、その子」
貴族からすれば、平民の子はその辺に居る有象無象です。
死のうが生きようが、貴族にとってはどうでも良い事でした。
それは、呪術師についても同じ事が言えるのでした。
何故、われはそれを忘れてしまったのでしょうか。
雨が降りしきる、とても冷たい朝の事でした。
「目障りな小猿をまろめが」
耳障りな声が、雨にかき消されて良かったと思いました。
そうでなければ、私は目の前の男を即座に殺してしまったでしょう。
「うるさし……われを愉しませる事も出来ぬ者が」
愉しませる事も出来ない者が、われから小猿を取り上げる道理等無い。
小猿を抱き上げて、われは屋敷に戻りました。
天元と目が合いましたが、気にすることなく庭へと出ました。
「次にわれに会う時は、術式を持て。そうすれば、かのように死する事はない」
小猿の亡骸は屋敷の庭に埋め、われは果ての無い計画を立てたのです。
遠い遠い千年も昔の記憶、もう既に忘却の彼方へと葬り去った記憶。
「羂索、生きてる?」
パチッと目を開けると、髙羽が私を見下ろしていた。
「……はは、君。首だけになった私をどうするんだい?」
「え、何となく?地面だと痛いかなって思って」
白装束を血に染めながら、髙羽は首だけの私を抱き上げていたらしい。
じわじわと染まっていく着物に、あぁと呟いた。
千年前とは真逆の立場に、思わず笑ってしまう。
「千年もの間、私を待たせた罰だよ。私と一緒に死んでよ、髙羽」
もう眠くて仕方がないし、千年間もの間、私に会いに来なかった君が悪いんだ。
泣きそうな髙羽にもう一度笑って、私は目をゆっくりと閉じた。