振り向かれる事が多く、袖を振られた事もない。
あるとすれば、私が相手を袖にした事位だった。
人間は単純だから、顔の造形が良ければ中身等気にせずに目を向けてくる。
だから私はそれなりの対応をして、私は適当にあしらっていた。
何もせずとも向こうから来ていたから、誰かに振り向いて貰う手段が分からない。
「文を出す?毎日会ってるのに?メール?メッセージ?いや、電話か?」
まずは髙羽と今よりも多く対話する事を考えたが、ほぼ毎日会っているのに今更何をすればいいのか分からない。
千年間、私に気持ちを伝えてきた人間は何をしていただろうか。
思い出そうにも、あまりにも興味が無さすぎて最早記憶にすら残っていない。
「駄目だ、何れも役に立たない」
何をすれば好かれるかなんて、私には分からなかった。
命の弄び方なら知っているのに、人の振り向かせ方は分からない。
分からない事だらけで、投げ出そうとさえ思った。
「駄目だ。そしたら、髙羽は永遠に私の物にならないじゃないか」
投げ出す前に考えなければと思いながら、私は髙羽とピンチャンの仕事をこなしていく。
仕事が終わり、次の舞台のネタ合わせについても話が纏まった。
今日も今日とて、髙羽は先輩に呼ばれたらしく飲み会に行くらしい。
「明日、ネタ合わせだけどさ。羂索も飲みに行く?」
何の気なしに誘ったのだろう髙羽に、一瞬行くと言いかけて辞めた。
私が行った所で楽しめないであろうし、今の私は髙羽の近くに居る人間にすら苛立ちを覚える。
「いや、私はいいよ。君だけで行きな」
「……そっか。じゃ、また」
髙羽は私が断る事を予想していなかったのか、少し驚いた様に目を見開いてから普段の顔に戻っていた。
そんなに私が行かないのは、驚きなのか分からない。
普段だって、必要最低限の飲み会は参加していた。
髙羽の付き合いなら、私は避けた方がいいと思って断る事は多かった。
普段通りだと言うのに、何となく胸がざわついて仕方がない。
スマホを片手に、今から行くと伝えるべきか悩む。
「今から行くって言ってもダサいな」
はぁと溜め息を付くと、マネージャーが楽屋に入ってきた。
「羂索さん、今宜しいですか?」
「ピンの仕事は受けないよ。あとアイドルと女優の誘いも全部無しで。髙羽が居ないなら、私は仕事はしない。下手な仕事受けるなら、分かってるよね」
このマネージャーは、高専側が寄越した窓の一人だ。
だから融通が利くし、仕事についてもこうして我が儘を言っても通る。
「分かってます。……何で、髙羽さんの事フッたんですか?」
「……髙羽から聞いたの?」
ズズっと音を立てながら百足の呪霊を床に巡らせると、マネージャーの表情が固くなった。
別に殺すつもりはないけど、回答次第ではかるーくいじめるかもしれない。
それにこの窓が、私と髙羽の事を何処で知ったのかだけは知っておきたかった。
「相談されていたので。深い事は聞いてませんよ」
「ふーん。で、髙羽の恋人ってどんな人?」
深いことは知らないのは、口からでまかせはなく本当らしい。
マネージャーであり窓であるなら、髙羽の恋人位は把握しているだろう。
次いでだから、どんな女なのかを聞いてみる事にしたのだ。
するとマネージャーは、いやと否定から入る。
「まだ恋人じゃないですよ。お試し期間で、飲みに行ったりしているだけです。女芸人の方からその紹介された一般女性です」
「そう。黒髪の美人だった?」
「いえ、違うかと」
「そう。なら、もう帰っていい?疲れているんだ」
必要な情報は聞き出したし、ここには髙羽も居ないのだから居る意味はない。
髙羽をフッた理由なんて、私だって分からないんだ。
あの時は、髙羽への気持ちは相方としてしかなかった。
だから袖にしたら、胸がチクりと痛くなった。
反転術式を使っても治らなくて、その痛みをナイフに変えたのは髙羽の一言。
「自分の気持ちを自覚しないで、髙羽をフッたなんて言える訳ないだろ」
髙羽の人生の隣を、私以外が歩いて欲しくない。
序でに言えば髙羽に対しては勃起もするから、性愛も伴っているのだ。
それなのに、気付かなかった自分自身が許せなかった。
はぁと深い溜め息を付きながら、エレベーターに乗る。
運悪く共演したアイドルの一人がマネージャーと乗っていて、階段を使うか本気で悩んだがエレベーターに乗り込んだら、
マネージャーが居るにも関わらず、私へ好意を向けて話してくるアイドルを適当にあしらう。
これが髙羽だったら可愛かったのにと、思いつつも目的の階より二つ上で降りた。
「はぁー、飲み会。一緒に行けば良かったな」
呟きながら、階段を降りて一階へと向かった。