髙羽は私を誘う時、一緒に行こうとは言わない。
最初の頃はそう言って誘っていたが、ある時から言わなくなった。
代わりに言うのは、自分の現状。
「すげー腹減ったなぁ」
「何か食べに行こうか、何食べたい?」
丁度仕事も終わったのだから、食事に行くのもありだろう。
だから、いいよと言う代わりに何がいいか聞いてみた。
すると嬉しそうに微笑みながら、髙羽はこの店とスマホを見せる。
「決まってたなら、普通に誘えばいいのに」
「え、いや、何か腹減ったなぁって思って」
眉を下げて答える髙羽に、どうしてそうなったのか察した。
私がどうしても外せない用事があって、一度だけ断ってしまった事がある。
それ以来、髙羽が私を誘う言葉が変化していった。
私の予定は、基本的に髙羽の為だけに空けているつもりだ。
「そう?なら、君が飢える前に行った方がいいかな」
伝わっていないのならば、それは私の力不足だろう。
髙羽がまた普通に誘える様に、私は髙羽の誘いは断らない様にしなければならない。
「定期報告の場にも連れて行くとして」
「何か言った?」
「ん?今度、二人で呪術高専行こうね」
「何で!?羂索、また何かやったの!?」
「君の中で、私の信用はどれだけ低いのか気になってきたよ。んー……やってないよ、まだ何も」
「まだって言ったよね!?」
「それは君次第だよ」
君が私を飽きさせなければ、私は何もしないつもりではある。
それに今はやることが出来たから、高専側に睨まれる事は避けたい。
まだ何か言っている髙羽に、笑ってやればもうと言って付いてくる。
「君か行きたい店に行こうか」
髙羽を先に歩かせながら、私はどうすればいいのかを考えていた。
◆◆◆
誘って断られるのが、羂索に対しては異様に怖かった。
「今日、飯行かない?」
「今日はダメだね。明日ならいいよ」
その日はたまたま、羂索に予定があっただけ。
考えれば、羂索も一人の人間?だから予定の一つや二つあってもおかしくはない。
なのに、俺はそれを拒絶として受け取ってしまった。
嘗ての相方だった奴等とは違うのに、どうしても恐怖感が勝ってしまう。
だからその日から、俺は羂索を普通に誘えなくなってしまった。
でも羂索はあの日以来、俺の誘いを断る事はなかった。
食事も終わって明日は休みで、銭湯にも行った帰り道。
俺は家に帰るから右で、羂索は駅に向かうから左に行ってしまう。
ここでお別れかと思うと、少し寂しくて目を伏せながらぼそっと呟く。
「さみしい」
「さみしいの?」
隣に居た羂索には聞こえていたらしく、あーと短く声を出してから首を横に振った。
「忘れてくれると嬉しい、です」
すると羂索は、外なのに俺には抱き付いてのし掛かってくる。
羂索のファンが多いせいか、たまに週刊誌の記者っぽいのが居るから場所的にもまずい。
「ちょ、羂索っ!」
「私もさみしいよ。髙羽に還りたいなぁ」
するりと服の中に入れられた手を、思わず掴んで羂索を制止させた。
「ここじゃ、まずいから」
「髙羽の家に行ってもいい?」
「……掃除してないけど」
「構わないよ。それに君が初めてだよ、私にさみしいって言わせたのは」
流し込まれる様に囁かれて、耳を押さえて羂索を睨む。
何かこれはまずい気がするから、深入りしない方が良さそうな気がした。
「髙羽、さみしいね」
「さみしくないってば」
「ふーん?」
他愛ない話をしていた気もするけど、家に着いた瞬間、玄関先で押し倒された。
せめて煎餅布団でと思ったけど、羂索に口を塞がれるようにキスされて何も言えない。
「んーっ!」
ぬるりと入ってくる羂索の舌が、逃げる俺の舌を追う。
絡め取られて深い口付けを交わしながら、服を脱がされていく。
風呂に入ったばっかりなのにと片隅で考えている内に、羂索が口を離して俺を見下ろす。
捕食者の目をした羂索の手が俺の頬を撫でて、甘い囁きを残していく。
「初めてだなぁ。人を愛おしく思ったのは」
甘い毒は、きっと飲み込んだ事にすら気付かずに体を侵していく。
飲み込んだらいけないと分かっていても、この甘美な毒を拒むことは出来なかった。
◆◆◆
「羂索」
「何かな、髙羽」
「これ、俺が羂索の初めて?」
「ん?あぁ、君が初めてだよ。私の初めては、君に捧げるって決めているからね。また、初めてをくれると嬉しいな」