毎日SS8/14「どういう状況なんだこれはっ!」
買い物から帰ってきたら、ケイゴがリビングに倒れていた。
「ケイゴさんがリビングで何かしてたんですけど、プリントが床に落ちてて、それにボクが滑っちゃって、」
「転びそうになったミハルを助けようとして、ケイゴの生気を吸っちゃって倒れた、ってところか」
「はい……」
しゅんとした表情でミハルが頷く。ミハル一人の力では、ケイゴを動かすことは出来ないから、リビングの床に寝かせているのだろう。仰向けになったケイゴの額には冷却シートが貼られている。
「熱とか出るのか?」
「特に関係はないのですが、少しでも楽になるかなと思って」
生憎、ニコはカンシと出掛けていて、すぐに回復出来ない。
生鮮食品を冷蔵庫にしまい、ケイゴをソファに寝かせた。
「ウルフになったら回復したりしないか」
「それはボクも考えたんですが、とっさのことで結構がっつりいっちゃったんで意識ないんですよね……」
「そうか」
ケイゴの頬を軽く叩く。寝息のような呻き声は聞こえるが、意識はなさそうだ。指で強引に目を開いてみても反応は鈍い。
「死ぬわけじゃないだろ?」
「そのうち回復して起きると思います」
ミハルは、乙木家に来てから定期的に吸魂している。
誤ってケイゴの生気を吸ってしまったのは、モリヒトに食事を用意してサプライズしようとして失敗した時だけだ。
ソファに寝かせたケイゴを見る。普段より少し青白い顔色をしていたが、生気を吸われたのだから仕方ないだろう。
「まぁケイゴはひとまず置いといて、おやつにするか」
回復するなら、それを待つしかない。いつもは猫のように太々しく堂々としているミハルが、珍しく落ち込んでいるから、まずはそれを慰めたかった。他の誰が、仮に吸魂されたケイゴでも同じことを考えただろう。
「でも……」
「……それ、オレの分もある?」
「ケイゴ!」
「ケイゴさん!」
か細い声が聞こえ、二人が一斉に振り返った。
「大丈夫ですか?」
「うん、だいぶ楽になった。ミハルは大丈夫だった?」
「ボクは逆にすごく元気です」
ケイゴが卒倒するほどの生気を吸ったのだ、渇望感はない。少しよろめきながら、ケイゴが起き上がる。
「ウルフに変身したら吸われた分なんて戻るんじゃないか?」
「いや、これくらいなら大丈夫。で、オレの分もある?」
おやつ。起き上がったものの、まだ倦怠感があるのか、ソファにぐったりと寄り掛かった。しかし、そんなことよりも今はモリヒトが買ってきたおやつの方が気になるようだ。
「ケイゴさんってそんな食いしん坊キャラでしたっけ」
「まぁ、今日は二人がいると思ってケイゴの分もあるが」
「食べる」
ニコのように、あんこを摂取すれば魔力が回復するわけではない。吸魂が関係しているかはわからないが、何故か異常に腹が減った。
「準備するから少し待ってろ」
「はーい」
ミハルとケイゴの声が揃う。二人で、キッチンへ向かうモリヒトを見送った。
「すみません……」
「いや、オレが散らかしてたのが悪いから」
「それはそうなんですけど、ご迷惑お掛けしました」
「否定しないのがミハルらしいよなぁ」
「あ、紅茶ならボクが淹れます」
モリヒトもケイゴもコーヒー派だが、今日のおやつは紅茶の方が合うらしい。モリヒトがミハルを呼ぶ。
「わぁ、美味しそう」
ミハルの声と、紅茶の良い香りがリビングに届く。
「いつも行列のケーキ屋が、たまたま空いてたんだ」
トレイに乗せた紅茶とおやつモリヒトがリビングのテーブルに置く。季節のフルーツがたっぷりと乗ったタルトは、見た目も鮮やかで、それだけでも美味しそうだ。
「なんかニコとカンシに悪いなぁ」
「二人にはちゃんと夜のデザートを用意してある」
「じゃあこれは?」
「……三人で食べて証拠隠滅しよう」
真顔でモリヒトがそう言うから、ミハルとケイゴは顔を見合わせて笑った。