毎日SS8/10 机に頬杖をつき、ノートのページを捲ったまま、目が覚めた。
「アイツ、まだ持ってたんだな」
もちろん、そんなことは知っている。鍵の掛かった机の引き出しの奥に、ずっと仕舞い込まれていた。
茶番のような独り言をこぼし、指にはりついたページを捲る。書いて、消した告白を、ケイゴは知らない。
ウルフ自身、このノートを開くのは久し振りだ。
『オレの中にいるのがウルフでよかった!』
ケイゴの筆跡で残された言葉が最後。少なくとも、三日月を見ればウルフに変身してしまうケイゴは、そう思っている。
実は、気まぐれで始めた二人きりの往復書簡には、続きがあった。
二人のやり取りで埋まる罫線ノートを、一番最後まで捲ると、ウルフの文字が見える。
本人に伝えるつもりはない。見た瞬間、忘れるように、横に三日月を添えた。
ふとケイゴがノートの存在を思い出し、書き足されることもないのに、ページを捲ったのだろう。こうやって変身するのは、今日を入れて三回目だ。
「相変わらず、汚ぇ字」
ふ、と自分でも信じられないほど柔らかな笑みが溢れる。
シャープペンの殴り書きを指で撫で、ペンケースの中から消しゴムを探す。最後に書き足した文字を消すか、三日月を消すか悩むまでもなく、文字を消した。
今回は、久し振りの変身だ。記憶を引き継ぐにも時間が掛かる。
過去のページを捲りながら、ごちゃごちゃと頭の中に記憶が流れてくるのを待つ。ケイゴの記憶が同期されるのが嫌いだ。
ふ、と溜め息を吐く。
オレはお前の悩みの種なんだぞ、そんな穏やかな感情を向けるな。そう思っているのに、胸の奥が暖かいものに包まれる。
部屋の中で静かに変身してしまったから、他にすることがない。今から外に出たところで、開いているのはコンビニだけだろう。
ケイゴが夜更かしをするせいで、今はとにかく眠い。
大きなあくびをこぼし、両腕を上げる。椅子に背中を預け、思いきり伸びをした。
「……」
消しゴムをペンケースに仕舞い、今度はシャープペンを探す。かちかち、と芯を出し、三日月の横に手を添えた。
「あー、もうやめだ、やめ」
書いた文字をぐちゃぐちゃに塗り潰し、シャープペンを放り投げる。
このままノートを放置しておいても良かったが、不用意な三日月にケイゴが変身してしまう。なかなか表に出られないことは不満の一つではあるが、なるべく変身したくない、というケイゴの意志は尊重したい。
悪戯な三日月のせいで、ノートにケイゴの言葉が増えることはないが、ウルフの独り言が、増えては消えていく。
「絶対に言うわけないだろ」
口元が緩む。三日月に塗り潰した告白は、誰も知らなくていい。