WN誘拐事件/治視点さっきまでくだらない話をしていたのに無線が入って気を取られた一瞬の隙に病院の裏手にすごい勢いで走ってきた車にウィルが連れ込まれて。あいつも俺も同じように、え、ってちょっとびっくりした顔をして、その車は瞬く合間に走り去っていった。びっくりしたけど、追いかけなきゃって救急車を出してサイレンを鳴らしながら追いかける。幸いなことに俺もあいつも勤務中だったから公務員に義務付けられてるGPSは表示されていて、それを頼りに高速道路をぶっ飛ばす。走って走って走って走って、たどり着いたのは牧場とか空輸バイトの時にしか来ないようなちょっと開けた場所で、そのど真ん中に犯人とウィルがいた。攫われて地面に伏したウィルが俺を見る心配そうな目。助けなきゃって慌てて救急車から飛び降りた瞬間に俺の目の前で背中から撃ち抜かれたウィルが地面に倒れて。すぐさま響いたダウン通知に、ウィルの名前を叫んで駆け寄ろうとしたところさらに響く銃声が2発。一発は的確に俺の腹を撃ち抜いて、もう一発は、
痛くて悔しくて辛くて、蹲って唸る俺の横を高笑いしてデッド状態のウィルをまた車に乗せて去っていった誘拐犯。腹立たしくて、けれど体は言う事を聞かない。チクショウ、チクショウって、呟くたびにずきずき腹は痛んで目の奥が熱くなって涙がこぼれた。
そうしているうちにばばばばばばばば、と大きな音がして、聞きなれた音にどうにか視線を空に向ければ救急隊のヘリが上空からゆっくりと落りてきた。
「治!!!」
「ッ、守、ウィルが、ウィルがっ」
「ウィルはどうしたんだ、」
「あいつっ、鬼ごっこだとか、ぬかしてッ...倒れたウィルを撃ってそのまま連れて行きやがったっ」
「何だって?!」
中から出てきたのは守で、その手にはファーストエイドキットが握られている。俺のすぐ隣にしゃがみこんだ守は手慣れた様子でキットの中から治療器具を取り出して俺の傷を丁寧に治療した。和らいでいく痛みに浅くしかできていなかった呼吸がしっかりとできるようになって、頭をふらふらさせながらなんとか体を起こす。ようやく動くようになった腕で守の腕を掴んでウィルを助けに言ってくれと言おうとした瞬間耳もとでなった通知に体が震えた。
《ピコン》【市民デッド】
きっとウィルだ。あの状態から命からがら通知を出して俺たちに助けを求めているんだろうことがわかる。
「ここはいい、行ってくれ守、」
「だが、」
「警察だってこっちに向かってる。お前が追わなきゃ、」
ウィルが死んじまう!、そう叫ぼうとした俺の目線の先でピンク色に可愛い絵の描かれたメサ・メリーウェザーが段差を利用したのかまるで飛ぶようにして爆速を出したまま通り抜けていった。俺の記憶が正しければっていうかどう考えたって救急隊のステッカーだらけのあの車は後輩であるももみの愛車だ。多分救急車が止まってたからウィルがいないか確認のために走ってきて、いないってわかったからそのまま走り抜けていったんだろう。そのあとすぐ鳥野のヘリもももみの車を追うように飛び去っていった。呆気に取られていたけれどこのままあの二人が犯人につっ込むつもりならそれはそれで色々まずい気がしてきた。なんて言ってもウィル大好きなももみと楽しいことなら犯罪まがいの事でもやってきた鳥野だ。下手をすれば二人が犯人を殺してしまう事すらあり得るんじゃないかなんて考えて血の気が引いた。
「……ももみが危ないぞ!!」
「クッ、そう…、だな、子供に…ももみに無茶させるわけにはいかないな」
守は俺の言葉に一瞬笑ったけれどそれでちょっと肩の力が抜けたみたいで。よっこいせ、と言って守が立ち上がったのと同時にパトカーのサイレンが聞こえた。事情は俺から説明しておけばいい。とりあえずウィルを助けることが最優先だ。
守が乗ったヘリコプターが離陸した後、パトカーが救急車の横で止まる。中から出てきたのはれむとマヌ太郎のコンビだった。
「こんばんはー」
「あぁ、すまないな。わざわざ」
「ダイジョブよー事件?事故?」
「事件だなぁ、でも、犯人は隊長とかが追ってるから」
「それでも僕らも追いかけないといけないんだけど」
「わかってるんだけどな、俺入院しないといけなくて」
「北の方が近いんだけど」
「すまない、ピルボックスに連れていってほしい。ついでに事件の話もするから」
「しょうがないね~。僕が救急車運転する?」
「オッケ~イ。おれは、パトカー運転するね~」
救急車の中で、警察である後藤れむに今起きている事件の話をする。俺と話していたウィルが目を離した一瞬のスキをついて誘拐されたこと。犯人はさっきの場所までウィルを連れて行って、俺の目の前でウィルを撃ったこと。そして、駆け寄ろうとした俺の腹を撃ってダウンさせた後ウィルにもう一発、銃を撃って、気絶したウィルを担いでそのまま逃げてしまったこと。
れむが警察の無線に報告しているのをぼんやり聞きながら俺を撃って、ウィルを攫って行った犯人について考える。ボイスチェンジャーを使っている可能性もあるが、犯人は女だったような気がする。勿論小柄な男という選択肢も捨てきれないのだけれど、体のラインが女のようにも見えた。そして何より、俺達救急隊にとって忌まわしい記憶に残っているあのお面。ピンクの髪の女の子のお面は、かげまるが誘拐された時に犯人がつけていたものと同じだった。かげまるは俺達に気づかせまいとしているけれどあのお面を未だに怖がっているのを知ってる。長く一緒に働いてるし気づかないほうがおかしいだろう。
だからこそ、わざわざあのお面を使って、救急隊を誘拐する、なんて事件を起こした犯人が許せない。相手は、完全に俺達に悪意も敵意も持ってる人間だってことがよくわかる。
「はいとーちゃーく」
「あぁ、すまない。肩を貸してもらえるか?ちょっと撃たれたところがまだ痛くてよ」
「あぁいいよーマヌちゃ~ん」
「なんダイ?れむ君」
「神崎さんが肩貸してほしいってさ。まだ傷跡が痛むみたい」
「おぉ~そうネじゃあ僕が担いでいこうかナ」
「えぇ、いやちょっと」
担ぎ上げようとしたのか、俺の腰に手を回したマヌ太郎に血の気が引く。患部は腹だ。肩に担ぎあげられたりなんてしたら、傷口が開く可能性だってある。一歩二歩後ずさってその手から逃れようとしていたら病院の中からカテジとましろが出てきてほっと息を吐いた。これで、少なくとも傷跡に直接触るような移動方法を選ばれずに済みそうだ。
「治?!」
「神崎先輩!?」
多分、俺達がウィルを追いかけていた後もピルボックスに残ってくれていたんだろう。二人の服には少しの血の跡が残っていて、病院のロビーの奥の方を見ればてつおとぷら子が二人でロビーのテレビを見ているようだった。よつはの姿が見えないのを不思議に思いながらもとりあえず犯人に腹を撃ち抜かれた事と、隊長に応急処置は頼んだがあくまで応急処置だったから治療してほしいことを伝えれば二つ返事で奥にある診察室に連れていかれた。
「あぁ、そういえばなんだが。治お前無線切れてねぇか?」
「え?」
「あぁ、ダウンしたら切れちまうんですよ、それ」
「そうだったか?すまない。自分の事で精一杯だったんだ」
「いや、俺達は良いんだがな」
無線を起動して救急隊の無線につなぐ。途端に聞こえてくるのは俺を震える声で呼び続けるよつはからの通信だった。
「ねぇさん、ずっとお前の事呼んでたんだぞ。ダウンしてるから気づいてないだけだろって俺達は言ってたんだが。」
「とりあえず、あれですよ。神崎先輩。この後奥の病室開けますんで天羽先輩を安心させてあげてください。」
「勿論だ。俺としたことがよつはの声に気づけずにいたなんて…」
無線のスイッチに手を伸ばす。カテジはさっさと診察台に乗れと言わんばかりに俺を見ていたけれど惚れた女を安心させる方がどう考えたって優先だろ。
「よつは、ごめんな?無線今つないだんだ。」
『…っ、あ、あら、治じゃないの』
「うん」
『仕事中はちゃんとつないでなきゃだめよ』
「そうだな。すまない」
『そうだ、ウィル君はどうしたの?』
「あー、ウィルは隊長と鳥野、あとももみが追っかけてた」
『そうなの…治はこの後どうするの?』
「うーん、それがな、俺だけ先に病院に戻ってこなきゃいけなかったんだ」
『え、それはどういう、』
とん、と肩を押されて診察台の上に寝転ぶ。大きくため息を吐いたカテジの様子に苦笑いを漏らして、降参だという意味で両手を上げた。
よつは、大丈夫だろうか。あんまり沢山泣くと飴玉みたいに綺麗なあの目が溶けだしてしまわないかと少しだけ不安に思いながらいつの間にか刺されていたらしい麻酔にころりと眠りの世界に転げ落ちた。