ウィル・ナイアー誘拐事件/ももみ視点嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
日暮れに近づく街の中を愛車であるメサ・メリーウェザーで駆け抜ける。一般道も、高速道路も知らない、すぐにたどり着けない位置にある二つの黄色の印に向かってただまっすぐに。
同期であるウィル・ナイアーという人はあたしにとっての目標であり、憧れであり、そして――――
同じ日に入って何でもかんでもすぐにこなせてしまう彼は最初の頃ずっと嫌味に感じていた。あたしの方がずっとずっと街に詳しくて、いろんなことを知ってるのに。でもウィルはその日にあっさり昇進してあたしがヤキモキしているのも知らないで帰っていって。負けたくないって思ったのはしょうがないと思う。あんな出来杉くんなんかに負けないって。救急隊に入ったのは遊びの延長じゃない。あたしだって、みんなの力になるんだって
でも、それからしばらくウィルは救急隊に顔を見せなかった。漸く来たと思ったら出張続きで嫌になりますよね、なんてちょっと疲れた顔をしていて。他の街でもお医者さんをしていたらしいウィルはロスサントスに来た今でも長期出張が入ることが度々あって、そうしている間に、ウィルと同じ階級に昇進して、気づいたらウィルより上の階級になってた。
あたしは何だか納得できなくて、白衣に袖を通せなかった。だって、あたしよりずっと優秀なウィルはまだ救急で仕事をしている時間が長くなって、いろんなことができるようになったあたしがドクターだよ?
だから、出来るだけ、白衣はロッカーの中にしまってた。
そうしているうちに、それだけもまだ出張は多いんだけどウィルがピルボックスにいてくれる日が増えるようになって、やっとやっと白衣を着てくれた日はとっても嬉しくてお祝いしなきゃっていっぱいいっぱい写真を撮らせてもらったり。
かげまる医局長や隊長はあたしのこれを恋愛と結びつけたがるけど決してそんな気持ちじゃない。あたしは同期であるウィルが誇らしくて、彼の素晴らしさをいろんな人に知ってもらいたくて、でもそんな彼が困るようなことはしたくないから変なことをしそうな人には牽制して。
いつかいつか、ウィルの隣に立つのはあたしだって胸を張って言えるようにお仕事だってたくさん頑張って。
みんながあたしがウィルを大好きなことを知ってるから、優しく見守ってくれたり時折揶揄ってきたり。そのせいで救急隊の中でウィルの真似っこしてカルテを読むのが流行ったりしたけどそれを知ったウィルは楽しそうにくすくす笑ってたからあたしも笑って
そんな穏やかな日常が壊された。
他でもない、ウィルの誘拐なんていう事件によって。
無線で隊長と治先輩がやりとりしてる声がずっと聞こえてたのに、治先輩がウィルが撃たれたって叫んですぐダウンの通知が2回とデッドの通知。大切な家族が、他でもない、ウィルが攻撃された。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない
涙が滲んで前が見えにくいはずなのに、体の周囲に漂う黒いモヤのおかげか、視界はクリアで。
自分が自分じゃない生き物になったみたい。メサ・メリーウェザーは飛ぶように高速を駆け抜けて、漸くダウン通知のあった場所に着いたけど、感覚的にここにウィルはもういないってわかったからアクセルを踏んだままの足は離さない。ストレスゲージが真っ赤で酷いことになってるけれどなりふり構ってなんていられない。
ウィルはどこ?どこに連れて行ったの?銃で撃たれて大怪我を負ったまま連れ回すなんて、どうしてそんな酷いことができるの。
ぐんぐん車を追い抜いて高速をまっすぐ走る。対向車線とか中央分離帯とか関係ない。ウィルを攻撃したやつをただただまっすぐ、ひたすらに追いかける。そんなあたしの車とすれ違った奴がいた。真っ黒のエンジンが改造されたスポーツカー。すれ違った瞬間見えたのは忌々しいあのお面と後部座席に寝そべった金色の髪の持ち主。ブレーキを思いっきり踏み込んで全力でハンドルを回した。途中周りの車にぶつかったけどそんなの気にしてられない。
あれだ。あの車だ。よりにもよってあのお面を使って顔を隠すなんて。あのお面をつけた奴が前に救急隊に何をしたのか知らないの?それともわざと?あえてそのお面を選んだっていうの?それならあたし達だって躊躇いはしない。こんなことウィルに言ったらきっとダメですよって怒られちゃうけど、そんな優しいウィルに手をかけたのはあいつだ。
勢いよくブレーキをかけたせいで車が横転したけどなんとか元の位置に戻ってブレーキを踏んでいた足を外して今度は思いっきりアクセルを踏み込む。ギャギャギャギャギャ、なんてタイヤが悲鳴をあげるけど、ごめん、今だけは許して、メサ・メリーウェザーくん。
逃げる犯人の車の向こう側、青く光る車は医局長のものだ。通せんぼするみたいに自分の車と渋滞させた車で道を塞いでいるけれど、運転席の窓から見えたその瞳が一瞬で恐怖に塗り替えられたのが見えて涙が溢れた。
また1人救急隊が犯人のせいで傷ついた。
誘拐されて、デッド状態まで追いやられたウィル
ウィルを追いかけた先で弾丸に倒れた治先輩
治先輩が倒れたのを知って、きっとよつは先生も傷付いた
かげまる医局長は誘拐されたことがあってきっと怖いはずなのに、頑張って来てくれた。それなのにそのお面を見てしまった。
どれだけ救急隊の人を苦しめたら気が済むの?ねぇ、あたしたちを苦しめて楽しいの?何でそんな軽い気持ちであたし達を傷つけるの?
あたしたちが、反撃しないとでも思ってるの?
どろりと何かが心から溢れる。見たくないもの、汚いものだってずっと蓋をしていたそれが蓋を押しのけて中から溢れてくる。犯人の車が真横をすれ違うのをぎ、と睨みつけてハンドルを切った。小さく、頭の中でぷつんって音がしたような気がして、目の前が真っ赤に染まる。あの車以外何も見えない。人も、風景も、何もかも。
絶対に、絶対にあいつを捕まえる。
絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に
「え、」
気付いたら、車が空を飛んでた。魔法とか、そういう意味じゃなくて。見えたのは高速道路の下にある谷の中の暗闇。逃げなきゃとか今倒れたらウィルの事助けに行けないってざぁって血の気が引いて無我夢中でシートベルトを外して車の中から飛び出した。
「ももみぱいせん!!!!!」
「ぅ、あぅ…」
眼を開くと鳥野君と鳥野君のヘリが見えた。体をゆっくり起こす。どうやらちょっと頭を打っただけで怪我はそれほどひどくないらしい。ポケットから包帯を出してぐるぐるとまくと少しだけ傷が楽になったような気がして小さく息を吐いた。ペインキラーっていつも持ってるけど効く気がしないなぁって思いながらポケットから出して傷口に振りかける。きょろきょろと視線をさ迷わせて、メサ・メリーウェザー君を探す。暫く探してようやく谷底にピンクの車体を見つけて少しだけ悲しくなってしまったのだけれどそれよりもウィルを追うための手段がなくなってしまったことが悲しかった。
「ももみぱいせん、病院戻ります?」
「やだ」
「でも、怪我しましたよね?」
「平気。巻き巻きしたもん」
「ほんとに?ほんとにへいき?」
「わたしより、ウィルの方がずっと痛いし」
「でも」
「いいの!!!!!」
鳥野君が心配そうな目で見ているけれどあたしの事なんてどうだっていい、ウィルを助けることの方がずっとずっと大事なんだから。
あたしの思いが通じたのか、鳥野君は小さく息を吐いてヘリに戻っていった。その後ろをついて行って助手席ではなく、後ろの座席に座る。マップを確認すれば隊長たちは街の方に向かっているようだった。車だと追いつくのは難しいけれどヘリなら間に合うかもしれない。
隊長だろうマークに誰かが合流したのが見えた。あの場所は前にこの街にいた悪党、ウィリアムズ田中がキャップにC4をつけて爆破し、警察をスナイパーで撃つなんて言うとんでもない事件を起こした現場。あたしがウィルを尊敬するきっかけになった場所。
すぐ手前にマグちゃんの車が煙を上げながら止まってて隊長が乗ってるらしいヘリが犯人の車をけん制している。みんながどうしようって動けなくなっている中、真っ青の車がまっすぐに突っ込んで犯人の車を跳ね上げた。ちょうど奥にある穴の方に落ちそうになって犯人が車から飛び降りたのが見えた。けれどウィルはいなくて、穴の中に落ちた車の中にそのまま残されているんだと気づいたのは多分あたしだけだった。
「鳥野君!!!!下りて!!!!」
「へ、え?!」
「はやく!!!」
ぎりぎり届く高さに降りたタイミングでヘリから飛び降りて穴の中に飛び込む。車からはプスプスと煙が上がっていてもう爆発する寸前ってことが分かった。車の中でぐったりしたままのウィルの腕を掴んで引きずり出す。ウィルの白衣が茶色っぽい赤に染まっていて早く、早く助けなきゃって
「…………ッ、ぃ、る」
『おい、ももみか?どうした?!』
「ウィル、助けだっ、ぅえ゙~~~~~~~~っ……」
涙が止まらない。肩に担いだ体が、まだ暖かいことが嬉しくて、早く病院に帰らなきゃって。それなのに、坂道のせいで足は滑るし、そうしているうちに、ウィルの体も滑るし
『ほんとうですか!!』
『よくやったぞ!!ももみ!!!!』
『ももみ、鳥野!ウィルを連れて早く!病院に!!』
『了解です。ももみパイセン、こっち来てください!』
「どり゙の゙ぐん゙~!!!!!」
まっすぐ登れないのが嫌でわんわん泣いてたら鳥野君がヘリをぎりぎりまで下げて迎えに来てくれた。どうにかヘリに飛び乗って。目指す先はピルボックス病院だ。屋上に止められたヘリ、ダッシュで処置室にウィルを運んでやっと、やっと
ベッドの上で、静かに眠るウィルをじっと見る。部屋の中にはバイタルの音と、時計の音が静かに響いて、それ以外の音は何もない。ウィルって、肌白い方だけど今は血の気が引いてるせいでさらに白く見える。
ウィルが、ウィルが帰ってきてくれてよかった。まだ目を覚まさないけど、あたしの手の届く場所にいてくれることが、本当にうれしい。
ベッドの近くに椅子を持って行って、ウィルが眠るベッドに上半身を寄りかからせて目を閉じる。
ウィル、早く起きてよ。
皆、ウィルの事待ってるから