最後に頭を撫でられたのはいつのことだったろうか。
目覚めと眠りの間を揺蕩う、ここちよい感覚に満たされていると、ふとそんなことを思った。
ふわふわとした心地の中、浮かんだ疑問は泡のように消えていったのに、消える頃になってあたたかな温もりが頭に触れる。
その心地良さに、息を吐き出すと、頭に触れていた手がゆっくりと髪を撫でていくのを感じ、夢見心地だった意識が急速に現実に引き戻されていくのが分かった。
「……なに、してるんです」
瞼を押し上げると、目の前には秋の湖を思わせるような、榛色が見えた。
感情を押し殺した声は、数時間ぶりに言葉らしきものを発したせいか、酷く不格好に掠れて響く。
「つれないね。ベッドの中ではあんなに素直なのに」
シーツの上で頬杖をついて此方を見詰める彼の言葉は、チープな定型句な筈なのにそれすらも様になって聞こえるのだから質が悪い。
「貴方、俺のこと別に好きじゃないでしょう」
「酷いな。こんなに好意を伝えているのに、信じてくれないんだ?」
眉根を下げて傷ついた表情を浮かべる端正な顔を見詰めていると、胸の奥底に静かに埋火が燻り始めるのを感じる。
「信じて欲しいなんて、思ってないくせに」
突き放す物言いが気に食わなかったのだろうか。
隣にいた筈の彼に、いつの間にか見下ろされていた。
「なら君は、好きだと言われたら誰とでも寝るのかい」
柔らかなもの言いと笑みを浮かべたその顔がまるで作り物のようだった。それ程までに、彼の声は凡そ感情というものを感じられず無機質めいている。
選択を間違えれば、あたたかな温もりのその手が一瞬の躊躇いも無く伸びてくる。そんな馬鹿げた妄想を思い浮かべた自分に小さく笑みを浮かべる。
「好きでもない相手とこんなこと、しません」
断ち切るように寝返りをうつと、彼の唇が背中に触れるのが分かった。
「なら、俺達は両想いじゃないか」
宥めるように、頬を撫でていた長い指先が滑り落ちて、耳元で甘い囁きが落とされる。魔法など必要ない。その言葉に、どれだけ自分が振り回されているのかを、きっと彼は全て分かった上でやっている。
頬から口元を撫でる指先の動きに、埋火がぱちりと小さく爆ぜる。
「貴方のそういう無神経なところ、嫌いです」
夢見心地にも、心地良いと感じてしまった指先に小さく噛みついた。