一番近く【ポチデン】 あれはいつのことであったか。初老の木こりに混ざって樹木を斬っているときに、聞いた気がする。あのぼうずくらいが花だ、若いというだけで女は飛びついてくるぞ――と。
「飛びつかれるどころか、嫌われたことしかねえっつーの」
「くぅん」
学はねえ、金がねえ、風呂に入らねえから臭え。女を抱くなんて夢を見てるが、金玉が片方ない野郎にそんなことは可能なのだろうか。
顎に手を当て、らしくもなく考え込むデンジの足元にポチタは座る。ポチタは悪魔だが、触れている部分は温かい。
「わん?」
「そもそも、女の胸ってどんな感触なんだろうな?」
突如、デンジは服の上から自身の胸を掴んだ。掴む、というよりは触ると言ったほうが正しいだろうか。過酷な肉体労働で引き締まった身体も、碌な食事を口にしていないために弾力や肉感に乏しい。
側からみれば、皮を引っ張っているだけの行為だ。ポチタはまん丸の瞳を心配方に三分の一ほど閉じ、デンジの様子を見守っている。
「こっちか?」
デンジは仰向けの状態から上半身を起こす。足元から膝まで移動して座ったポチタを乗せたまま、前屈みになって尻を浮かす。肉付きの悪い尻をニ、三回揉むが、すぐにデンジは元の体勢に戻った。
「多分、違う気がする」
「きゅぅん……」
「何やってるんだろうな」
ごろん。昨日の仕事で廃屋で拾った雑誌を枕に、デンジは再び横になる。寝心地は最悪だが、成人向けのグラビアを敷いて寝たら、夢でこんな女を抱けるかもしれない。
「ポチタぁ……」
デンジは寝ぐずりする子どものようにポチタを腕に閉じ込め、すぐに寝入ってしまった。若者にしては弱々しい寝息を立て、でも腕の中のポチタは離さないようにしっかりと抱き締めている。
一緒に寝ることは欠かさないが、ポチタは正面からデンジの顔を見ることが叶わない。少年だった彼の血が繋いだ縁は、今や契約をこえて、二人を強く結びつけていた。
叶うかわからない夢を支えに、厳しいその日暮らしを送る青年。いったい、彼はどんな顔をして、夢を見ているのだろうか。一番近くから見たい欲が、ポチタの中にふつふつと湧き上がる――が、頭部のチェンソーでデンジの頭を切り裂いてしまうのを厭い、顔を逸らす。
「……わふっ?!」
ふいに、ポチタの背を、デンジがふにふにと掴んだ。もしかしたら、本当に胸を触る夢を見ているのかもしれない。
安堵するかのように、ポチタはふうと一息つくと、デンジの腕の中で眠ってしまった。